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太陽の化シン  作者: 直弥
第二章「親友」
14/30

その4

 背はカチューシャよりもずっと低く、一五〇センチメートルちょうど。ポニーテール、少しツリ目、八重歯、Gカップ。それが、今現在の北条由孝。仰野陽介の幼なじみ。

「しかしお前も、もう少し頻繁に来てくれてもいいのによ。夏休みだっていうのに、こっちは暇で暇で仕方ないんだから」 

 陽介らを居間に通し、大きめな卓袱台の周りに座らせるなり、由孝が愚痴る。

「これでも俺、結構忙しいんだよ」

「嘘つけ、お前は単なる引き篭もりだ」

「ひどい言い草だ。……当たってるけどな。そうだ、幸人さんからお土産もらってんだよ。ういろうだけど、一緒に食うか?」

「おう、食う食う! でもその前に、ちゃんと二人を紹介してくれよ」

「それもそうだな。ほら、二人とも」

 陽介が促す。

「あ、はい! カチューシャといいます」

「ターニャよ。洗礼名はタチアナ。どっちでも好きに呼んでくれればいいわ。よろしく」

 ビクッと身体を震わせてから返事をしたカチューシャ。対照的に、優雅に余裕を持って答えたターニャ。そんな二人を交互に見つめながら、由孝は頷く。それぞれの人間性(と言っても吸血鬼だが)について、少しでも把握しようと試みているように。

 そして一息置いてから、今度は自己紹介に移った。

「二人のことは分かった。ターニャさんはターニャさんって呼ばせてもらうよ。で、アタシの名前は由孝。よろしく」

「よ、よろしくお願いします。由孝さん」

 カチューシャは恭しく由孝に頭を下げる。そんな彼女の様子を見た由孝が、自分の頭を掻きながら、乱暴な口調で捲し立てる。

「あー、ダメ、ダメ。カチューシャは陽介と同い年なんだろ? つまり、アタシとも同い年ってわけだ。お互い呼び捨てで行こう。はい、決定!」

 それはもはや命令で、脅しで、恫喝なのだが、本人としては普通に要求しているつもりなのだから性質が悪い。これでは余計に呼び捨てしにくくなるのが普通である。

 しかしそれでもカチューシャは、

「あ、はい。由孝、よろしくお願いします」

 と平気の平左で答えた。

「うーん、本当は敬語も勘弁してもらいたいところだけど。まあ、いいや。〝キャラ付け〟っていうのもあるしな」

「そこはせめて〝文化の違い〟とかにしろよ」

 陽介、カチューシャ、由孝が盛り上がってる中、随分と静かな女性が一人。

「……(じー)」

 ターニャは由孝をじーっと睨みつけている。但し、その視線は由孝の顔ではなく胸に注がれていた。その視線に、由孝ではなく陽介が気付く。

 ――嫉妬、じゃないよな。ターニャさんも同じぐらいだし。しかしそうなると、思いつく理由は一つぐらいしかないわけで……。

『ターニャって、私が眠ってるベッドによく裸で潜り込んでくるんですけどね』

 陽介の脳裏に、昨夜カチューシャから聞かされた話が蘇る。

 ――いや、まさかな。

 陽介は左右に首を振りながら、碌でもない想像を振り払った。その様子を不思議そうに眺めていた由孝も、そろそろ今の話題を切り上げようと提案する。

「さーて、色々と積もる話もある、と言いたいところだけど、大体の話は陽介からもう聞いてるんだよな。でさ、アタシとしては、陽介と二人っきりの話がしたいわけなんだよ。ってことで、悪いんだけど、ちょっとだけ二人には席を外して欲しいんだ。丁度、風呂も沸かしてるからさ。入ってきなよ」

「えっと、私たちは吸血鬼だからお風呂はあんまり意味が……」

「あるね」カチューシャの台詞に途中で割り込んだ由孝が続ける。「吸血鬼だろうがゾンビだろうが風呂は大切だよ。汚れたり疲れたりするのは体だけじゃないんだからね。そういうことだから、入ってきなさい、入ってこい、入れ、入ろうぜ!」

「何でお前も一緒に入るみたいになってんだよ」

 陽介の冷静な突っ込みが飛ぶ。

 由孝が『てへ』と言いながら自分の頭を小突いて舌を出す。

「そのリアクションはお前に似合わないぞ」

「うっさいな! 自分でも分かってるよ! どうも悪うござんした!」

 二人のやり取りを微笑ましそうに見つめながら、ターニャが立ち上がる。

「ふふふ。折角、ああ言ってくれているんだし、入らせてもらいましょうよ。陽介くんたちは陽介くんたちで、私たちは私たちで、それぞれ二人っきりのお話もあるでしょ?」

 ターニャはそう言いながら立ち上がり、カチューシャの手を引いた。それでようやく納得したカチューシャも、素直に立ち上がり、

「じゃあ、入らせていただきます」

 と告げた。

「おう。あ、着替え忘れるなよ? ほれ」

 由孝は、陽介が持ってきたカチューシャの着替え入り紙袋を、ひょいと投げる。カチューシャはそれを上手くキャッチした。

 着替え、という言葉で、陽介は問題に一つ気付いた。

「ターニャさんの着替え、どうしようか」

「なんだ? それ、カチューシャの分しか入ってないのか?」

「そりゃそうだろ。事情はちゃんと電話で話したじゃないか。ターニャさんは幸人さんが連れてきたわけじゃないんだから、着替えなんてないんだよ」

「む? 言われてみればその通りだ。しかし、どうするかね。下着はとりあえず、アタシのを

貸しましょうか?」

 由孝は、ごく自然で、そして唯一と思われる打開策を提案するが、それをターニャは、

「いいえ、その心配には及ばないわ」

 と、あっさりとそれを拒否する。

「? どうして?」

 理解できない由孝は首を捻って訊ねる。

「だって、穿いてないし」

 さらりと言い放ったターニャの言葉で、場の空気が凍った。正確に言えば、凍り付いたのは陽介と由孝の二人の思考だけであるが。

「――マジっすか?」

 間を置いて、陽介より僅かに復活の早かった由孝が訊ねる。

「あんなものは飾りよ」

 間を置かず、ターニャが答える。

「いや、それは違うでしょ」

 由孝とターニャの問答中に、思わず陽介が突っ込んだ。

 しかし突っ込んだ直後、陽介がある可能性に気付く。

 ――ちょっと待てよ? つい、考えなしに突っ込んじゃったけど、冷静に考えてみたらターニャさんは昨日まで囚われの身だったわけで。ということは、下着を着けていないってのは、もしかして自分の意思によるものじゃないってことか?

 もしかして自分と由孝はとんでもない地雷を踏んでしまったのではないかという不安に駆られ、陽介はターニャと目を合わせられずに俯く。

 するとターニャは珍しく慌てて彼をフォローし始めた。

「あー、心配はしないで。捕まった時に没収されたとか、強要されたわけじゃないから。それどころか、洗濯する時間も与えられていたし。もっとも『汚れた服のままいられると、悪臭を放って不愉快だから』っていう、あっち側の勝手な理由だけどね。二人目の親に至っては、洗濯中、代わりに着る服まで与えてくれていたわ。あ、話がずれたわね。私は元々下着を着けない派なのよ。要は捕まる前からこうなの。流石に修道女の時はパンツぐらい穿いていたけど、この服装は、山に登った時のものだから」

「ああ、そうですか……」

 陽介はホッと胸を撫で下ろしながら――撫で下ろせるほど納得のいく説明でもなかったのだが――、あることを思い出した。

 ――そういや、昨日この人を背負った時、背中に妙に生々しい感触があった気が……。

 そこまで思い出し掛けて、陽介の顔が赤く染まり始めた。それを悟られないよう、彼は急いで話を元に戻そうとする。

「まあ、下着はともかくとして……服はどうするんですか? 魔力を練られた服じゃないんだから、今着てるヤツは汚れてるんでしょ? 由孝の服じゃ、ちょっと小さ過ぎるし」

「失敬だな、こら」

 陽介の一言に、由孝は不服そうに口を尖らせる。

 しかしこの場合は明らかに陽介の主張が正当で、彼を不謹慎と呼ぶには、余りに客観的事実が大き過ぎた。何せ、由孝とターニャでは身長が三十センチ近く離れているのだ。

「とりあえずは、私のを着たらいいんじゃないかな?」

 カチューシャが提案する。 

「それでもまだ小さい気がするけど、由孝の服よりはマシか。少なくとも、着れないってことはないだろうし」

「ちくしょう!」

 とうとう由孝は畳に拳を打ち付けて、悔しさを露わにした。

 そんな彼女に、カチューシャはおろおろと狼狽する。陽介は慣れたもので、まったく気にしていない。ターニャに至っては興味すら無さそうに、

「そうね。それじゃ、ちょっと借りようかしら。ありがとう(スパシィーバ)、カチューシャ」

 と、カチューシャの提案にだけ答えた。

「――よし! じゃあ、行ってらっしゃい。風呂の場所は、そこの襖から出て、廊下の突き当りにある戸の中だから」

 不意に復活した由孝は、陽介たちがこの部屋に入ってきたものとは別の襖を指差す。

「分かったわ。行きましょ、カチューシャ」

「うん」

 二人は由孝が示した襖から、部屋を出ていった。

 それを見送った後、由孝は陽介の方に向き直ってにやりと笑いながら一言。

「さて、〝話し合い〟といこうか、陽介?」

「ああ……」

 急に声色と目つきを豹変させた由孝に、陽介は何か覚悟を決めたように頷いた。

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