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太陽の化シン  作者: 直弥
第二章「親友」
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その2

 話を終えると、ターニャは『夕方まで寝る』と言い、ベッドの上の布団だけを持って、押し入れに入ってしまった。眠気など感じないはずのヴァンパイアである彼女であるが、短期間に色々あり過ぎた心の疲れがまだ取れ切っていなかった。彼女はその心労から、〝眠気めいたもの〟を感じていたのだ。もっとも、そうでなくとも吸血鬼として年季の浅い彼女は、太陽が出ている間は、たとえ〝眠たく〟なくとも〝眠りたく〟なるもの。これは、公園で中学生たちが野球をしているのを見た小学生が『うわ、またいるよ。中学生がいなくなるまで公園に近付くの止めようぜ』と言い出す時の心境に極めて近い。

 一方、すっかり昼型生活に適応したカチューシャは元気そのものであった。

 時刻は正午を少し回ったところ。

 陽介は昼食(オムライス)の用意をしながらカチューシャの話を聞いている。押し入れの中で眠っているターニャを気遣ってか、彼女の声は普段より小さめだった。そして、それに返答する陽介の声も。もっとも、そんな声よりも調理の音の方がよっぽどうるさかったが。

「ターニャと陽介がすぐ仲良しになって良かったです。ターニャって、初対面の人にはいつも喧嘩腰になるところがありますから」

「仲良くなったのか? あれで」陽介は腑に落ちない表情を浮かべる。当たり前である。「でも、ターニャさんが思ったより元気そうだったのは良かったよ」

 ――たとえ、それが空元気でも。

「本当にその通りです。よかった、ターニャが生きてて。ターニャとまた会えて」

「あ……」

 陽介はカチューシャの言葉にハッとする。たとえ人間でなくなっていても、親友と再会することが出来たから嬉しい――そんなカチューシャの言葉に。

「……すけ、陽介!」

「え?」

「どうしたんですか? さっきから固まったまんまでしたよ」

「ああ、そうだった? ゴメン、ゴメン。ボーっとしてたよ。ところで、カチューシャ。少し話、というか相談があるんだ」

「相談ですか? 私に?」

「君に、というより、君らにだな。ターニャさんも含めてだよ。実はね、この辺りにはもう一人、俺たちの仲間、ナインズのメンバーが住んでるんだよ。って言っても、ほとんど形式上のメンバーで、実質的な活動はしてないんだけど」

「そうなんですか? それで、その人がなにか?」

「晩飯を食った後、君らをその人の家に連れて行きたいと思う。連れて行くというか、預けに行きたいと思う」

「ど、どうしてですか!? やっぱり私が邪魔になったんですか!?」

「違う、違う。というか、君は割とネガティブ思考だな」(普通に喋ってる時は全然そんな感じしないのに)「預けるのは、あくまで君らのためだよ。俺はさ、早けりゃ今夜にでもこの事件の片を付けたいと思っているんだ。被害が街の人にまで及ぶ可能性がある以上、なるべく早く解決した方がいいのは当然だろ? だからさ、今夜は最初からその男を探す目的で外に繰り出したいと思う。でも、その時、君らを連れては行けないだろ? そんな危なっかしいことは出来ない。かといって、ここに置き去りにするのも危険だ。俺の留守中に襲われたら洒落にならないから。だから、君らをその人のところに預けたいと思ってね」

「あ、そういうことですか! びっくりしましたよぉ。勘当されたのかと思いましたよ」

「それはちょっとニュアンスが違わないか?」

 陽介は、カチューシャの父親になったつもりはなかった。

「それで、その人はどんな人なんですか? やっぱり、かなり強いんですか?」

「いや、全然。戦闘能力は皆無に等しい。でも、それは心配するべき点じゃないよ。問題は人よりも場所だからね」

「? どういうことですか?」

「その人の家には、冗談みたいに強力な領域結界が張ってあるんだ。幸人さんお手製のね」

 領域結界――術者及び術者が指定した人物にのみ効果が発生しない、空間支配型の結界。結界の形状としては文句なしに最高位のもの。

 陽介の言う、件の場所に張られているという結界は――幸人の実家を覆っているものほどではないが――相当な代物である。ここ(=陽介の部屋)に置き去りにするよりは、二人をそこに連れて行った方が遥かに安全だと判断するのは当然であった。

「単に守りや騙しに長ける結界なら、もっと強力なものが張られた場所も近くにあるけど、あれは一人用の緊急避難所だからな」

 そちらもまた幸人のお手製であったが、彼にだって限界がある。最高級の領域結界を三重掛け(トリプル)したもの(精神感応系の『認識阻害』+魔術的干渉を禁じる『絶魔』+物理的干渉を禁じる『絶現』)を、術者不在で半永久的に張ろうとすると、どうしても小規模なものになってしまうのだ。

「一人用ですか……。それじゃ、ダメですね。陽介のお知り合いのところなら、私たち全員が行っても大丈夫なんでしょう? じゃあ、そちらに行くしかないですね。折角、陽介と仲良くなれたところで新しい人のところに行くのは、少し残念で、不安もありますけれど」

 カチューシャはそう言って目を伏せた。彼女からしてみれば、まるで盥回しにされている感じもして、あんまりいい気分ではないのだ。そんな彼女の気持ちを察し、陽介は補足する。

「その点は心配しなくていいよ。今夜中に片付けることが出来れば、それこそ本当に一時的なものだし。もし今夜が上手くいかなくても、俺も一緒に泊まり込むから」

「それなら、安心ですけど」陽介の補足で、カチューシャの不安は少し解消された。が。「それにしても、どうしてわざわざ自分から戦いに行こうとするんですか? 幸人さんが帰って来るまで隠れていたらダメなんですか?」

 彼女は突然、真面目な口調になって、陽介に訊ねる。というよりは、詰め寄る。

 その剣幕の激しさに、陽介は思わず三歩後退さってから答える。カチューシャが幸人に対して抱いている勘違いをひとつ正すことも忘れずに。

「い、いや、俺も最初はそのつもりだったけど、事態は結構、急を要するみたいだからさ。朝の話じゃ、相手は慎重な吸血鬼だ、ってことになったけど。だからって楽観は出来ない。いつ痺れを切らすかどうかも分からない。そうなったら、一般人を巻き込むんじゃう可能性すらあるし。それと……カチューシャ、幸人さんは俺より弱いよ?」

「え、マジ?」 

「誰だ君は」

 驚きのあまりキャラの変わったカチューシャに、陽介は逆に落ち着きを取り戻した。

「幸人さんが長けているのは〝守ること〟と〝癒すこと〟。ハッキリ言って、戦闘に関してはからっきしダメな人なんだ。俺と幸人さんが戦えば、幸人さんが勝つことはない。まあ、その逆はもっとあり得ないけど。守ることに長けているから」

 ――自分のことも、他人のことも。

「はぁー。それで幸人さんは守護者なんて呼ばれているわけですね」

「まあ、そういう解釈もあるのかな。他にも理由は色々あるみたいだけど。今でこそ古今東西の術を使うあの人だけど、家系的には陰陽師の一派『呪禁師』の一族らしいんだ。式神で影武者を作ったり、風水で結界を張ったりするのはお手の物なんだよ。――あ」

「どうかしましたか?」

「喋ってたら焦がしちまった」

 フライパンの上で、黒い物体が煙を上げていた。

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