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太陽の化シン  作者: 直弥
序章
1/30

プロローグ

『復讐と因果応報って何が違うんですか?』 

『実行者が神か否かだよ』


   ◇2004.08.13/北半球の中でも更に北方にある某国の某山にて

 

 下は十歳にも満たない子どもから、上は二十代半ばの成人まで。総勢二十二名の団体が、真夏でも雪の残る山を、列をなして登っていた。彼らは世界最大の宗教派閥の一教会、聖マクシム教会で育った孤児たちである。中には二十歳を超え、既にシスターとして務めている者もいた。そんな彼らが人里を離れてこんな山を登っていたのは、同教会の司祭たちから提案されてのことであった。

『遊びたい盛りの子どもが年がら年中を教会で過ごしていては、心身に不健康だろう』

 多忙を理由に、件の司祭たちは参加していなかったが、その代わりとして、三人のシスターが付き添いに当たっていた。彼女たちもまた、幼少期を教会で過ごした孤児であった。

「ターニャ、頑張って! もうすぐだよ」

 先頭を歩く銀髪の少女が、そのすぐ後ろに付いてきている長身の女性に声を掛ける。

「元気ね、カチューシャは。私はもうへとへとだわ。何だか息も苦しいし……。これが高山病なのかしら」

 長い黒髪を一括りにした、見目二十四、五歳ほどの女性は、息も絶え絶えになんとか歩を進めている。実際に彼女らが今昇っている山は、普通なら高山病を心配するほどの標高はないのだが、素人ばかりが集まったこの登山は、その行程にそもそも無理があった。ほぼ休みなく登り続けの上、強い日差しが体力と水分を奪う。子どもたちやシスターの顔には疲労の色が浮かんでいた。とはいえ、その表情は苦痛に塗れているというわけでもなく、どことなく晴れやかにも見える。中でも一際明るい顔を見せているのが、カチューシャと呼ばれた少女であった。

「私、その(高山病の)心配はないみたい。それでも十分、疲れてはいるけど」

「ふうん……。それにしてもカチューシャ……あなた、まだその髪留めを使ってるのね」

「うん! 私の宝物だもの」

 言って、カチューシャは自らの頭――正確には頭に付けた髪留めに手を伸ばす。日本においては一般的に『カチューシャ』と呼ばれる形状のそれは、黄桃色で、何の飾り気もないシンプルなものであった。その上、あちこちに傷みが見られ、あまり新しいものではないようだ。しかし、彼女はそれを自分の宝物だと主張する。無邪気な笑顔で。そしてそんな彼女を見て、ターニャと呼ばれた女性は、

「そう……」

 と、寂しそうに微笑んだ。

「とにかく、もう後ほんの少しで頂上だからね。頑張ら――」

 再びターニャを励まそうとしたカチューシャの言葉が中断される。不審に思ったターニャが彼女に向かって声を掛けようとするが、それも、形になる前に霧消した。

 彼女らの視線の先。山の頂上に、十人の男たちが立っていた。

 内九人は二十歳を過ぎた成人に見えるが、一人だけ随分と若い、いや、幼い男の子がいた。背丈も顔立ちも、まだまるで子ども。つい二か月前に十三歳になったばかりのカチューシャと同程度に見える。そんな彼が、屈強とは言えなくとも背の高い男たちの中心に立っていた。

「今日って、私たち以外には誰もこの山を登ってないんじゃなかったっけ?」

 カチューシャが怪訝な顔でそう言うと、ターニャは

「そのはずだけど」

 と、これまた不可解そうな顔で答える。そしてそれは後続する子どもとシスターたちにも伝播していき、やがてざわめきが起こり出す。カチューシャはターニャ以外の友人たちとも顔を見合わせ、ターニャは後方にいた少年と顔を見合わせている。

 そんなことは意にも介さず、男の子は何やら呟いている。

「分かっているとは思うが、この場で血を吸うなよ。純血であるボクらと違って、次代のヴァンパイアは太陽の光で灰になってしまうからな。今はあくまで攫うだけ。攫った後、住処でじっくり吸血すればいい。それから……」どこか罪悪感を湛えているようにも思わせる……そんな目が、まっすぐにカチューシャを捉える。「アイツに関しては、怪我を負わせるのも元気だ」

「え?」

 状況はまったく分からないものの、指名されたのが自分である、ということは理解したカチューシャの思考が凍る。混乱で、不思議で、不可解で。そしてその凍結が溶けるより早く、

「やれ」

 という男の子の命令が飛んだ。

 

 それから僅かに数秒後、山からは誰もいなくなっていた。無惨な少年の死体を、ただ一つだけ残して。


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