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本業

リンダの話を聞き終ると、エスタークは妻のジャネットに目配せをした。

ジャネットは立ち上がると、壁にかかっている絵画の裏に手を入れた。

リンダの正面の棚がスーッとスライドし、壁と同色の扉が現れる。


ジャネットは扉の前に立ち、何やらつぶやくと手をかざす。

扉が淡い光に包まれ、ゆっくりと開いた。


「リンダ、来なさい」

燭台をもったエスタークが手招きする。

リンダは言われるままに、エスタークに続いて扉を潜り抜ける。


薄暗い廊下の先に錠前のかかった格子戸が現れた。

エスタークは燭台をリンダに預けると、腰につけた鍵の束から一本の鍵をとりだし、錠前に差し込む。

カチャリと音がして、錠前が外れる。

格子戸の先には薄暗い階段が続いていた。


階段を降りたところで、リンダは思わず声をあげそうになった。

目の前に立派な蔵が現れたからだ。

「リンダ、分かる?」

ジャネットが嬉しそうに声をかける。

リンダは大きく頷いた。


その蔵は普通の蔵ではなかった。

魔術が施されている魔法蔵。

初級魔術師のリンダですらわかるくらい、強力な魔術が施されている。

その魔術の完璧な美しさに、リンダは見惚れていた。


ジャネットは蔵の扉の前に立つと、呪文の詠唱をはじめた。

蔵全体がそれに呼応して輝きだす。

ジャネットの動かす手に合わせて揺らめく。


ゴゴゴゴゴ

蔵の扉が重い音を立てながら、ゆっくりと開く。

中からあふれ出てきた魔力の気配に、リンダはめまいを覚えた。

エスタークに手をひかれ、リンダはフラフラしながら蔵の中に入った。

リンダは様々な魔力の気配に、酔ってしまっていた。

慣れるまで、リンダはしばらく椅子に腰かけていなければならないくらいだった。


「これがうちの本業だ」

エスタークは燭台であたりを照らしながら言った。

蔵の中には魔術の施された物品であふれていた。


「リンダ、うちは代々、魔具や魔石を専門に取り扱ってきたの。こう見えても、母様は上級魔術師なのよ」

ジャネットはそういうと、ニコッと笑った。

リンダは目を丸くしてじっとジャネットを見つめていた。

「この人は、商才はあるけど、魔術はからきし……。ね?」

ジャネットはエスタークの方をチラリとみると、ちょっぴり悪戯っぽく笑った。

エスタークは肯定するかのように無言でうなずいた。


そういえば、父のエスタークは入婿だったということを、リンダは思い出した。

ジャネットは普段はそんなことはおくびにも出さない。

だから、リンダはすっかり忘れていたのだ。


「ずっと待っていたのよ、この日が来るのを。リンダ、うちの店を継ぎなさい」

「へ?」

ジャネットの言葉にリンダは間抜けな声を出した。


まさかジャネットの口から「店を継げ」などという言葉がとびだすなんて、思いもよらなかった。

普段のジャネットは商売にはまったく関心がないように見えた。

商売はエスタークに完全にまかせっきりで、一切口を挟まない。

いつも気ままにふらふらと遊び歩いている奥様というふうにしか、リンダの目には映ってなかった。


「でも、母様。跡継ぎはディーノがいるから」

「ディーノ? あの子はダメよ。魔力の才能はないし、石にも興味を示さない。それに、商売には向いてない。ね?」

ジャネットは同意を求めるようにエスタークを見る。

エスタークは無言でうなずく。

リンダは弟のディーノの、頭にお花が咲いていそうな顔を思い浮かべる。

人が良くてのんびりとしたディーノは、とてもいい子ではあったが、確かに商売には向いてない。


「リンダ。本当は父様みたいな商才のある人を婿に迎えられたら、それが一番いいんだけど、あなたが嫌なら、どうしてもって言わないわ。あなたが気に入ったのなら、どんなのでもいいわよ。たとえヒモでも構わない。商売の方は、優秀なのを雇えば何とかなる。うちには政府も協会もついてるんだから」

そうまくしたてるジャネットの話をリンダは訳もわからずポカンと訊いていた。

「でもね、これは握ってないと。この蔵のモノは私達が握ってないとね。ここの価値は分かるわね?」

「でも、私……」

この蔵の凄さは肌身で感じてはいたが、リンダは戸惑っていた。

急展開に心も頭もついていかない。


「父様」

リンダはすがるような思いで、視線を移す。

エスタークはリンダの視線から逃れれるように、目を逸らした。

「父様」

リンダは少しなじるよな甘えた声でエスタークを呼ぶ。


「無駄な投資はしたくない」

エスタークの一言にリンダは凍りついた。

「良かったわね、リンダ。店を継いでくれるのなら、父様は何でもしてくださるって」

ジャネットは満面の笑みを浮かべ、はずむ声でそう言った。

リンダは驚愕に目を見開いた。


エスタークに突き放されたのはショックだったが、ジャネットの解釈がよくわからなかった。

もしかしたら、この夫婦はとんだ食わせ物なのかもしれない。

どんなに頑張っても、絶対に勝てない。

そんな気がした。


「リンダ。早く上級魔術師になって、父様と母様を安心させてちょうだい。明日から、週一回とはいわず、毎日クレメンス先生の所に通いなさい。他のお稽古事なんか、もうこの際、辞めちゃってもいいのよ」

リンダはもはや逃れられない気分になっていた。


「私からもクレメンス先生に、もう一度しっかりお願いしておこう」

エスタークはそう言うと、蔵の奥にある金庫の前にしゃがみこんだ。

「リンダ。うちのとっておきの品を見せてあげるわ。非売品よ」

ジャネットはニコニコしながらエスタークの隣にしゃがみこむ。

リンダは楽しそうな両親の後ろ姿をただただ眺めていた。

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