決心
リンダはさっきからずっと考え込んでいた。
ロジーナはなぜあんなことを言ったのだろうか。
リンダはやっと初級魔術師になれたばかりだ。
中級魔術師ならまだしも、上級魔術師なんて、想像すらできない。
ロジーナはリンダをからかったのだろうか。
いや、ロジーナはそんなことをするタイプには思えない。
リンダを辞めさせないように、作り話をしたのだろうか。
それも考えにくい。
ロジーナはそんなことができる子ではない。
そんな器用なことができるような子だったら、あんなにしょっちゅうトラブルなんて起こすはずがない。
ということは、師匠とカルロスが話していたということは事実ということになる。
リンダの脳裏に自習室でのやり取りが浮かんだ。
カルロスは、リンダが手を抜いていることを見抜いていた。
カルロスが見抜いていたということは、おそらく師匠も見抜いていたはずだ。
リンダは背筋がヒヤリとした。
と、同時に嬉しかった。
師匠もカルロスも、そしてロジーナも、ちゃんとリンダを見ていてくれたのだ。
リンダはマリアンヌの付属品。
オマケみたいな存在だ。
陰で「マリアンヌの手下、その一」と呼ばれていると知っていた。
リンダの名前すら覚えていない者もいる。
それでいいと諦めていた。
でも、本当は悔しかった。
リンダはマリアンヌの付属品なんかじゃない。
意思を持った一人の人間だ。
一個人として認めてほしかった。
リンダはハッとして顔をあげた。
カルロスの言っていた言葉の意味がなんとなく分かった気がした。
リンダには自分がない、とカルロスは言った。
確かにその通りだ。
いつもマリアンヌの顔色をうかがってばかりいた。
マリアンヌといるときは、自分の意思なんて無かった。
違う。
そうじゃない。
入門する前から、ずっとそうだった。
リンダはずっと親の言う通りに生きてきた。
親の言いつけさえ守っていれば、それでいいんだと思っていた。
リンダには、生れた時から自分の意思なんてなかった。
自分……。
自分ってなんだろう?
自分の意思って、一体どういう事なのだろうか?
どうすれば「自分がある」って胸を張って言えるのだろう。
カチャ
イルゼが机の上に紅茶とクッキーをおいた。
リンダは顔をあげた。
「イルゼ。『自分』ってなんだと思う?」
突拍子もない質問に、イルゼは目を丸くした。
「私、自分がないの……」
悲しげに視線を落とすリンダをみて、イルゼは顔を上気させた。
「どこのどなたがそんなひどいことをお嬢様におっしゃったんですか!! このイルゼが抗議してまいります!!」
今にも飛び出して行きそうな剣幕のイルゼの腕を、リンダは慌てて掴んだ。
「違うの。イルゼ、落ち着いて」
リンダは懸命になだめる。
イルゼはリンダが生まれた時からずっと世話をしてくれている女中だ。
リンダにとっては第二の母のような姉のような存在だった。
いつもリンダの事を第一に考えてくれている。
「私がいけないの。私、どうすればいいか分からないの」
振り向いたイルゼの顔を見た途端、リンダの目から涙がこぼれた。
「お嬢様。何があったのでございます?」
イルゼは横に跪くと、リンダの手を両手で包み込んだ。
リンダはポツリポツリと今日の出来事を語りはじめた。
イルゼはリンダの話を聞き終ると、しばらく考えこんでいた。
「お嬢様は、お辞めになりたいんですか?」
リンダは首をゆっくりと横に振った。
「続けたいのでございますか?」
イルゼの言葉に頷く。
「どうしても?」
そう問われて、リンダははっと顔をあげた。
続けたい。
見込みがないのなら諦めもつく。
だけど、「リンダなら上級魔術師になれる」と言われたのだ。
「このまま終わりにしたくない」
リンダはイルゼの顔をじっと見つめながら言った。
「それならば、旦那様と奥様にそうおっしゃいなさいましな」
「でも……」
自信なさげにうつむくリンダを元気づけるように、イルゼはリンダの手をポンと軽く叩いた。
「旦那様も奥様も、お嬢様が本気でお願いなすったら、きっとお分かりになってくださいます。それに、何もなさらないで諦めてしまうなんて、イルゼはもったいないと思います」
リンダは顔をあげた。
「そうね。何もしないより、ダメもとでも話してみたほうが後悔しないわよね」
「そうでございますよ。あたって砕けろでございます」
イルゼはリンダの両手をにギュッと握り、微笑みかけた。
リンダは力強く、大きくうなずいた