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衝撃

 カチャ。


 小さな音がし、扉がゆっくりと少しだけ開いた。

リンダは思わず数歩後退する。

 扉の隙間から、ひょっこりと角ばった顔の青年が顔をだした。


 一番弟子のカルロスだ。

カルロスは上級魔術師で、現在師範魔術師を目指して修行中。

忙しい師匠に代わって他の弟子たちに稽古をつけることも多い。


 大先輩の登場に、リンダは扉の真ん前から、サッと退いた。

カルロスは首を動かし、キョロキョロと室内を見渡す。


「お、いたいた」

 ささやき声で言うと、扉をすーっと開け、滑り込むように自習室内に入る。

そして静かに扉を閉め、大きな体躯を縮めながらこそこそ移動し、するりとロジーナの隣の席に座った。


「おいロジーナ。マリアンヌどうしたんだ?」

 まるで内緒話をするかのように、ロジーナの耳元で尋ねる。


「さぁ?」

 ロジーナは資料から目を離す素振りもせず、かったるそうに冷たくあしらう。


 内弟子同士のカルロスとロジーナはまるで年の離れた兄妹のように仲がいい。

しょっちゅうカルロスはなんやかやとロジーナに話しかけては、冷たくあしらわれている。

一番弟子で体格も大きなカルロスに、そんな邪険な態度をとることができるのはロジーナくらいだ。


「とぼけんなよ。師匠と何かあったんだろ?」

 カルロスは横目でニヤニヤしながら肘でロジーナを軽くつつく。

ロジーナは薄い目でカルロスをチラリとみると、視線をリンダに向けた。


 リンダとカルロスの目が合った。

カルロスの瞳の奥が輝き、「見つけた」とでもいうように、口元に笑みが浮かんだ。

リンダは慌てて部屋を出て行こうとドアノブに手をかけた。


 バン


 背後からリンダの頭上に太い腕が伸びてきて、扉の上部を押さえつけた。

リンダは懸命に両手でドアノブを引っ張ったが、扉はびくともしない。

リンダのような非力な小娘が、大柄のカルロスに、力で勝てっこなかった。


「リンダ。おめぇなら知ってるよなー」

 カルロスの声が上から降ってくる。


 相手は大先輩のカルロスだ。

しかもこの状況では逃げられない。

リンダは観念した。



「で、師匠とマリアンヌの間に何があったんだ?」

 カルロスは背もたれを前にして椅子またがると、ニコニコしながら尋ねた。


「詳しくは知りませんけど、マリアンヌは師匠に、あの……告白、したみたいで……」

 リンダは視線を落とし、口ごもる。


「告ったぁ!! まじか!!」

 カルロスは椅子を大きく揺らしながら叫んだ。

椅子がキシキシと悲鳴をあげるような音を立てる。

リンダはビクッと身を引く。


「うひょー。あいつすげーな。勇者だ」

 カルロスは大きくのけぞりながら感嘆の声を上げた。

リンダはとりあえず笑みを浮かべる。


 突然、カルロスはピタッと動きを止めた。

「で、撃沈したと」

 静かな声で言う。


「たぶん……。ここを辞めるっていってました」

 リンダはうつむきながら返事をした。


「師匠になんて言われたって?」

 カルロスはリンダ顔を覗き込んできた。

リンダは首を横に振った。


「さすがにそこまでは言わねーよなぁ。ちえっ、もう少しはやく知ってたらなぁ~」

 カルロスは背もたれにのせた手に、顎を置きながら残念そうにぼやいた。


 もう少し早く知っていたら、一体どうするつもりだったのだろうか。

リンダはカ軽く引きつりながら、カルロスの様子を眺めていた。


「で、めたくそ言ってただろ? 師匠の事」

 カルロスはニヤニヤとしながら尋ねるてくる。

リンダは、どう答えていいか戸惑い、頷くような、うつむくような曖昧な動きをする。


「なんて言ってた?」

 カルロスは興味津々とばかりに身を乗り出してきた。

リンダは慌てて首を横に振った。


「気にすんなよ。大丈夫だって。師匠には黙っといてやるからよぉ。それに、おめぇが言ったわけじゃねーだろ?」

 うつむき口をギュッと引き結んで首を横にふり続けるリンダに向かって、カルロスはさらに続ける。


「いいじゃねーかよ。俺とおめぇの仲じゃねーか」

 カルロスは太い腕を伸ばし、リンダの肩をバシッと叩く。

その衝撃にリンダの身体は沈み込んだ。


 そんな親しい間柄ではない。

ロジーナなら平気でそう主張するだろうが、リンダにはそんなことを言う勇気はなかった。


「なぁ、ごにょごにょでいいからよぉ」

 カルロスはリンダの前に耳を差し出す。


 言うわけにはいかなかった。

いくら振られたからといって、あんなひどいことを言うなんて許されない。

事実を聞いたら、カルロスはきっと激怒するにちがいない。

 リンダは肩をさすりながら、必死に首を横に振り続けた。


「微笑みながら平気で人の気持ちを踏みにじる冷血漢。人間の皮をかぶった悪魔」

 ロジーナの抑揚のない声が、静かな室内に響く。


「マジか?」

 カルロスは目を輝かせてリンダを覗き込んだ。

リンダは思わず顔をそむけた。


「ぶっ。こりゃいいや。たまんねぇ」

 カルロスは大声で「ガハハハ」と楽しそうに笑い出した。

予想外の反応に、リンダは目をむいた。


「あいつ、けっこう鋭いよなぁ」

 カルロスは感心するように腕を組み、「うんうん」と頷いている。

リンダはきょとんと首をかしげる。


 カルロスはまるで肯定するような態度だ。

尊敬する師匠のことをあんなふうに、悪く言われて平気なのだろうか。

マリアンヌが師匠の悪口を言ったとき、リンダはとても嫌な気持ちになった。

それなのに、カルロスは怒り出すどころか、喜んでいるようにすら見える。

あまりの暴言に、怒りを通り越してしまったのだろうか。


「ただ……」

 カルロスはそう言うと笑いを止めた。


「気づくのがちょっと遅すぎたな」

 ポツリとそう言うと、「フッ」と鼻を鳴らして立ち上がった。


「なぁ、リンダ。まさかおめぇ、一緒に辞めるつもりじゃねぇよな?」

「え?」

 リンダはカルロスの質問に、一気に現実に引き戻されたような気分になった。


「いい加減、あのお嬢様の顔色うかがうの、やめたらどうなんだ?」

 カルロスはリンダをじっと見ながら言った。

リンダは驚き、すぐに言葉がでない。


 誰にも気づかれていないと思っていた。

リンダは誰にも気がつかれないように細心の注意を払ってきたのだ。

しかし、カルロスは知っている。

カルロスにはバレていたのだ。

リンダがマリアンヌに遠慮していたことを。

魔術の稽古に真剣に取り組んでいなかったことを。


「おめぇ、一生、あのお嬢様に遠慮しながら生きてくのか?」

「それは……」

 リンダだって好きこのんで、マリアンヌにおべっかを使っているわけじゃない。

一生マリアンヌの取り巻きとして生きていくなんて絶対にイヤだ。

でも、今は仕方ない。

マリアンヌは取り引き先のお嬢様なのだから、逆らうわけにはいかない。


「一生誰かの顔色をうかがいながら生きていくつもりなのかよ」

 カルロスは語気を強めた。

リンダは、まるで全てを見透かしているようなカルロスの視線にたえらず、うつむき、黙り込んだ。


「おい。おめぇには自分ってものがないのかよ!!」

 カルロスのイラついた大声に、反射的にリンダはビクッとする。


「もういい。馬鹿馬鹿しい」

 カルロスは吐き捨てるように言うと、ロジーナの方をチラリと見た。


「おいロジーナ。今日の夕飯はおめぇが当番だろ」

「そうですけど」

 資料集に目を落としたままロジーナが答える。


「さっさと買い出しに行きやがれ」

 カルロスは怒鳴る。

ロジーナはジロリとカルロスを睨んだあと、「はぁぁぁい」と低く不満げな声で返事をしながら自習室を出て行った。


「ったく、可愛げの欠片もねぇ」

 カルロスはそう毒づきながら大股で自習室を出て行った。


「自分がない……」

リンダはしばらくその場から動けなかった。


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