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遭遇

「話とはなんだ?」

クレメンスは腕を組みながら、探るようにマリアンヌの瞳を窺う。

「師匠。好きです。ずっとお慕いしておりました」

表情こそ変えなかったものの、クレメンスは自分の予想が当たってしまったことに、軽い脱力感をおぼえた。


 先日の令嬢といい、目の前に居るマリアンヌといい、貴族の娘というのは、どうしてこうも色恋沙汰を好むのだろうか。

他人に好意を寄せること自体は悪いことではない。

だが、お嬢様という生き物は、肝心なことを知ろうとしない。

自分がどのような立場の人間なのかを、全く理解しようとしない。

相手の立場や都合を考えようともせず、一方的に自分の想いだけを押しつけてくる。


いつもそうだ。

深刻な顔で「話がある」と言われれば、こちらは聞かないわけにはいかない。

忙しいなか、わざわざ時間を割いてやった結果がこれだ。

しかも、大抵はこれですまない。

自分の気持ちを伝えるだけではあきたらず、こちらの気持ちも聞きたがる。


こちらの気持ちを聞いて一体どうするつもりなのだろうか。

受け入れろとでも言いたいのだろうか。

貴族の令嬢に手を出すなど、そのようなリスキーなことをする愚かな魔術師など居ない。

居るとすれば、それは身分や財産を手に入れたいと考えている者ぐらいだ。

残念ながら、クレメンスは身分や財産には全く興味がない。

特に身分には厄介な付属品ももれなくついてくると相場が決まっている。

冗談ではない。


 マリアンヌは軽く握った手を下唇に当ててはにかみ、艶を含んだ瞳を潤ませて、上目使いにクレメンスを見つめている。

その大人びた媚びる仕草に、クレメンスの心はますます冷えていった。


 恋する乙女と言うより、娼婦と言ったほうが似つかわしい。

マリアンヌは、どのようにしたら自分が一番魅力的に映るかを熟知している。

おそらくは自分の研究に余念がないのだろう。

その探究心の幾ばくかでも魔術に向けてくれれば、少しはましな使い手になるはずだ。


 クレメンスは心の中を悟られないように、いつもの営業用の穏やかな笑みを浮かべた。

マリアンヌの顔が艶を増す。

その瞳の奥に、勝ち誇った自己陶酔を見つけ、クレメンスは心を決めた。


「悪いが、私がお前の気持ちに応えることはない」

クレメンスは微笑みながら、穏やかに言った。

「え?」

信じられないとでもいいたげに、マリアンヌは目を見開く。

クレメンスは笑みをたたえながら続けた。


「私がお前に目をかけるのは、お前が私の弟子だからだ。私にとってお前は弟子以外の何者でもない」

マリアンヌは瞬きもせず、ポカンと口を開けて、じっとクレメンスを見つめている。

年相応のまぬけ顔に、クレメンスの口元は冷笑にゆがんだ。


「お前をひとりの女性としてみることは」

クレメンスそこまで言うと、嘲笑するかのように「フフフフフ」と嗤った。

「ないな」

凍てつくような視線をマリアンヌに浴びせ、きっぱりと言い放つ。

マリアンヌはみるみる耳まで真っ赤になり、唇を噛みしめ、手を力いっぱい握りしめながら、羞恥にわなわなと震えた。


「しばらく訓練を休みなさい。己の気持ちにケリをつけるまで戻って来る必要はない。他の師を希望するなら紹介しよう」

クレメンスは表情を消してそういい残すと、その場を立ち去った。


*****


 カルロスは前方から師匠のクレメンスが歩いてくるのに気がついた。

サッと道をあけ頭を下げる。

クレメンスはカルロスの横で一旦止まった。

カルロスはそのままの体勢で、目だけを動かしクレメンスをチラリと見る。

クレメンスは口元に笑みをたたえた。

その笑みはいつもの穏やかな微笑とは全く違う、ゾッとするような壮絶な冷笑だ。


カルロスは息を止め、身を固くした。

クレメンスはそのまま何事もなかったかのように行ってしまった。

「やっべー」

クレメンスの姿が見えなくなると、カルロスは首をすくめ身震いし、再び歩き出した。


 しばらく行くと、うつむいたマリアンヌが肩を震わせながら立っている姿が見えた。

カルロスはギクリとしたが、ここで引き返すのも不自然なので、気がつかない風をよそおいながらも、静かにソロリソロリとマリアンヌの横を通り抜けようとした。

マリアンヌが顔をあげた。

カルロスは見てはいけないと思いながらも、好奇心に負けて見てしまった。


 マリアンヌは全身を真っ赤に染め、目を吊り上げ、口を真一文字に結んでいた。

その形相に、さすがのカルロスもたじろぐ。

マリアンヌの真っ赤に染まった目がカルロスをジロリと睨んだ。

カルロスは息を止め、警戒態勢になる。

マリアンヌは無言でカルロスを一瞥すると、ノシノシと大股で行ってしまった。


「おっかねー。師匠、何言っちゃったんだよ~」

カルロスは肩をすくめ、思わず笑いながら独り言をつぶやいた。

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