不安
<登場人物>
リンダ・・・16歳。初級魔術師。宝石商の娘。
マリアンヌ・・・16歳。初級魔術師。名門貴族のご令嬢。
ナタリー・・・16歳。見習い魔術師。マリアンヌの取り巻き。
キャプシーヌ・・・14歳。見習い魔術師。マリアンヌの取り巻き。
ロジーナ・・・12歳。初級魔術師。内弟子。
カルロス・・・22歳。上級魔術師。一番弟子。内弟子。
クレメンス・・・師範魔術師。師匠。
マリアンヌが意気揚々と自習室から出て行くと、リンダはこっそりと息をついた。
リンダとマリアンヌはともに16歳。
リンダの方がちょっぴり先輩だが、入門時期も同時といっていいくらい近い。
マリアンヌは貴族のご令嬢、片やリンダは商家の娘、身分に大きな隔たりがある。
しかも、マリアンヌの家は、宝石商を営むリンダの家の取引先でもあった。
リンダは常日頃から、親に「お嬢様のご機嫌を損ねてはならない」と言い含められていた。
だから、リンダはマリアンヌの取り巻きにならざるをえなかった。
マリアンヌは気位が高く、常に自分が一番でないと我慢できない性分だった。
リンダがちょっとでもマリアンヌよりも上手くできてしまうと、マリアンヌはたちまち癇癪をおこす。
さすがに、師匠や先輩の前では自重しているようだったが、その姿が見えなくなれば、露骨に嫌味を言ったり嫌がらせをしてくる。
マリアンヌの取り巻きたちもそれに加勢して、大変なことになる。
それが怖くて、リンダは魔術の訓練に打ち込むことができなかった。
結局、マリアンヌに媚びへつらう日々を送っていた。
今だってそうだった。
他の取り巻きたちと争うように、マリアンヌにとって耳触りの良いことを並べ立て、これでもかというくらい褒めちぎった。
結果、マリアンヌは上機嫌で師匠の元に向かった。
「うまく行くと思う?」
ナタリーが護符を編む手を休めて言った。
「マリアンヌ様なら、絶対大丈夫に決まってるわよ。ねぇ、リンダ先輩」
突然キャプシーヌ に話をふられたリンダは魔術書から顔をあげた。
どう考えても上手くいくとは思えない。
そう思ったが、リンダには本心を言う勇気がなかった。
「当然よ。マリアンヌ様はお綺麗だし、家柄もいいし、才能もあるし、非の打ちどころがないもの」
ニッコリと、そしてちょっぴりうっとりした表情をつくりながらリンダはこたえる。
我ながらよくやるわな、と思いながら。
「クスッ」
聞こえてきた笑い声に、リンダは自分の心を見透かされたような気がしてドキリとした。
声のした方を見ると、ロジーナが資料集を読んでいた。
ロジーナはなにやら楽しそうに「クスクス」と笑いながらページをめっくっている。
ロジーナが何に対して笑っているか、リンダには判断ができなかった。
リンダには、データーが羅列されただけの資料集に、そんなにクスクスとするような記述があるとは思えない。
が、ロジーナが資料集の記述に笑い声をあげることも有りえる事だった。
ロジーナは少し変わっていた。
表情に乏しく、いつも何を考えているかよくわからない子だ。
基本的には大人しく、普段はじっと静かに本を読んだり、黙々と魔術の訓練をしたりしている。
だが、突然笑い出したり、突然怒りだしたりする事がある。
とくに、いったん怒り出すと手が付けられなくなるくらい大暴れする。
つい先日もそうだった。
マリアンヌとブルーノの口喧嘩にいきなり参戦してきたあげく、最後にはまるで別人のようになってしまった。
あの時、リンダは本気で殺されると感じた。
それくらい、ロジーナの様子は異様だった。
ロジーナが何に対して反応するか、リンダには全然わからない。
それはリンダだけでなく、他の者たちもそう思っているようで、みんなロジーナからは少し距離をおいていた。
ロジーナにあれこれ話しかけるのは、師匠の他には一番弟子のカルロスくらいだ。
そんなロジーナだったから、ナタリーもキャプシーヌも、ロジーナが突然笑い出したことに対して、さして気にも留めていないようだ。
「クスクス」
ロジーナはまだ楽しそうな笑い声をたてている。
リンダはなぜかその笑い声が妙に気にかかった。
聞いていると、なんだかとてもぞわぞわしてくる。
嫌な感じとは少し違う、得体のしれない不安。
なにか忘れているような感じとも似ている。
ロジーナは笑い声をやめると、嬉々としながらメモをとりはじめた。
笑い声が止んだにも関わらず、リンダの不安感はどんどん大きくなっていく。
気のせいだ。
リンダはそう思うことにした。