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光る道を捉まえて  作者: 相上園
7/17

6-1 ◇


     ◇


 この学校では、一年生だけで四月下旬にオリエンテーションという一泊二日のキャンプがある。早く学校やクラスメイトに慣れさせてしまおうといった目的のもの。そのキャンプ食事は自炊なため、班ごとに作ることになっている。今日はそのために、帰る前のホームルームの時間を使って一緒に行動する班を決める。

 そう言って、先生は定位置である教壇をこーちゃんに譲った。

 その性格からこーちゃんはこの短期間のうちに多くのクラスメイトから慕われ、そしてその人望の厚さを先生に買われクラスの委員長に選ばれた。とんとん拍子だ。それに引き換え私は……。

 比べちゃいけないことは分かってる。こーちゃんと私じゃ何もかもが違いすぎる。でも、どうしても考えてしまう。

 なぜ、私にはできないのだろう……。

 こーちゃんは教卓に手をついて、クラス全体にいきわたるように大きく、はきはきした調子で話し始めた。

 「じゃあ、これからオリエンテーションの班の決め方を、決めていこうと思うんだけど……まあ、やっぱりと言っていい程圧倒的だな」

 こーちゃんは後ろの黒板を見る。黒板には大きく「班決めの方法」と書かれ、その隣に少し小さく「自由」と「クジ」の二択があって、その下に人数を表す「正」の漢字が書いてあるのだけれど、さっき全員が匿名で自分の希望を書いた紙を出してそれを集計した結果、「クジ」の方には「正」の文字が一つすらもできない結果となった。

 もはやある程度仲良しでまとまってしまうようになってしまった今、この結果はまさに火を見るよりも明らかだった。みんなそうなることを望んでいるし、きっとそうなると思った。

 でも、そうはならなかった。そうさせない人がいた。

 「う~ん、でもな、それってどうよ?」

 こーちゃんは自由案を選択した人に向けて言った。

 「は? どゆこと?」

 その漠然とした問いに加藤君が応じた。しかし声に出さずとも加藤君に限らずクラスのほとんどもそう思っていたと思う。

  その質問に対して、こーちゃんはまたしても「自由」案を選択した人に向けて言った。

 「つまりさ、それじゃいつもと変わんないじゃん、仲良いヤツで集まってさ。いつもと違うことしに行くんでしょ? ならよりいつもと違う環境にしようぜ」

 「でも仲良いやつと一緒の方が楽しいに決まってんじゃん」

 加藤君の意見ももっともだな、と私も思った。

 すると、こーちゃんの顔が一気に意地悪そうに笑った。

 「何? 加藤はもう仲悪いやつができたの?」

 「いや……そういうわけじゃないけど」思わず口ごもる加藤君。なんて意地の悪い質問だろうか。

 「だろ? まだ他のやつのことよく知らないだけだろ? ならいつ知るのよ? そういう目的の行事なんじゃないの? これ」

 そう言うとこーちゃんは先生に目をやった、それにつられて他の生徒たちも一斉に先生を見る。

 思わぬ無言の問いかけに、すっかり油断していた先生は一瞬たじろいでいたけど、すぐに「そうだな」と答えた。

 「ということで、悪いけど班の決め方はくじ引きにさせてもらっていいかな?」

 反論する人は誰もいなかった。正確には、したくてもできるような空気ではなかった。

 「……よし。じゃあ早速クジを回すからみんな一枚ずつ取ってくれ。その紙に書いてある番号と同じ番号が書かれた人が同じ班になる人だから」

 こーちゃんはきっとこうなるとこうなることが分かっていた、というか、こうするつもりでいたのだろう。用意していたクジの入ったビニール袋を教壇の下から取り出すと廊下側の人から回し始めた。

 ――まるで暴君だ。

 「やっぱクジはワクワクすんな」

 教壇からその光景を眺めていたこーちゃんが呟いた。その顔にはまだ意地悪そうな笑みが残っている。


 「もう、喧嘩になるんじゃないかってハラハラしちゃったよ」

 「ハハハ、そんなわけないだろ? ちょっとした余興ってやつ?」

 「加藤君きっとまだ怒ってるよー」

 「んにゃ、それは心配ない」

 「どうして?」

 「んー……そういうことになってるから、かな」

 「何それ?」

 「じゃあ、加藤が怒ったとこなんて見たことあるか?」

 「……ない」

 「そーゆーことだ」

 「ええ? なんだか答えになってないような……」

 帰り道、こーちゃんと並んで帰りながらさっきのホームルームのことを話していた。あの後みんなは素直に、むしろ楽しんでクジを引いてくれたおかげで、いともあっさり班が決まりホームルームは終了した。

 全部で六つの班に分けられ、一班男女混合の五人構成。

 「加奈は三班だっけか?」

 「うん、山根さんと一緒」

 「そっか、よかったな、話せる人がいて」

 「うん」

 私は男子二人女子三人の三班。運よく教室で隣の席に座っている山根さんが一緒だった。彼女は誰に対してでもわけ隔てなく接することができる人で、私が話せる数少ないクラスメイトの一人だった。

 「こーちゃんは何班になったの?」

 「俺は六班だ、みんないつも一緒にいるヤツらで何も変わり映えしないの、これじゃせっかくクジ引きにした意味がない」つまんねー、とこーちゃんはつぶやいた。

 でもこのクラスにこーちゃんと一度も話したことが無い人なんてほとんどいないんだから、それなのにその望みはちょっと無理があるような……。

 「クジ引きをごり押し死した張本人がそんなこと言ったら、今度こそ反乱が起きるだろうね」

 「そうなったら後悔することになるのはやつらだ。学級委員って肩書は伊達じゃあないんだぜ。へっへっへ」

 その状況を想像しているのだろう、こーちゃんの顔にはさっき見せた意地悪そうな笑みが浮かんでいる。こーちゃんはもともと賢いというか、頭の回転が速い方なのだとは思う。ただなぜかそれをこういう場面でしか生かせない――と、これは余計なお世話かな。

 それにしても、今更ながら一つ疑問に思うことがある。

 「そもそも、そんなにクジが良かったの?」

 かくいう私もクジに票を入れた数少ない人間の一人なんだけれど。確かに私のような人間にとってはクジであることはありがたいにだけれど、こーちゃんにとってそれはまさか多数派の意見をひっくり返してまですることだったのかな。何か、もっと別の事情がある気がする。

 「そりゃさ……なんてったってクジには――いったい誰と一緒になるんだろ~ってドキドキワクワクがあるからに決まってんだろ!」

 でも、どうやらそれは考えすぎだったみたいだ。

 「こーちゃんの楽天的というか、能天気というか、そんなところは小学校の時から一向に変わらないね」

 「おいおい、まるで俺が何も考えずに行動してるみたいな言い方だな」

 「え? 違ったの?」

 「加奈、お前俺とはこんな小さい時おむつをしていた頃からの仲だってのに……まだ俺のこと全然分かってないな」

 「嘘つかないでよ、初めて会ったのは小学校でしょ? 私が転校してきたときだから……三年生の時だよ、そう、クラスで一番最初に声かけてくれたんだよね?」

 小学三年生、その言葉でいろいろな思い出が甦ってきた。パパとママが死んで、おばさんとおじさんが私を引き取ってくれることになって、転校して始めてクラスに入った時、うまく自己紹介できず、先生が代わりにほとんど話してくれたこと。席に座ると、隣に座っていた子が話しかけてきたけど、何も答えられずただうつむいていた私に、その子はそれからもずっと、毎日毎日話しかけてくれたこと。何日も何日も、飽きずにめげずに話しかけてくれたその子は今、こうして隣を歩いている。

 そんな思い出に浸っているうちに、体の底の方から嬉しさがこみあげてきた。思わず口元がほころぶ。

 「小三? そうだったか?」

 でも、こーちゃんのその一言はあまりにも残酷で、私の胸に深く鋭く突き刺さった。それまで幸せ色に染まっていた視界が荒々しく引き裂かれて現実の世界に裸のまま引っ張り出されたみたい。残酷で、恥ずかしくて、いたたまれなくなる。

 「……ひどい、忘れちゃったの?」

 私が大切にしていた思い出は、彼にとっては記憶の片隅に積まれた沢山のものの一つでしかなかった……それは、すごく悲しかった。

 こぶしを強く握る。

 「……ホントにそうだったっけ?」

 「うん」

 私はそんなことを言うこーちゃんの顔が見れなくて、見たくなくて、うつむいて答える。

 「……そっか。なら、ごめん。忘れてた」

 こーちゃんはそう言って頭を差し出す。ペシッ、私の小さな手がその頭をはたいた。いつもこうしていた。こーちゃんが悪かった時はいつも。それで許していた、許せていた。

 今日は、駄目だった。

 「ごめんな」

 「…………」

 私は何も言わずに歩き始めた。その後をこーちゃんも追って来ているけど、一度空いてしまった二人の距離は縮まらなかった。いや、私が縮めようとしていなかった。

 「ホントごめんな! もう絶対忘れたりしないから、じゃあまた明日学校でな」

 ずっと黙って歩いてきたが、私の家の前に着いた時、こーちゃんは後ろから大きな声で言った。でも私は振り向きもせずに門を開けて、玄関のほうに行ってしまった。今振り向いて、こーちゃんの笑顔を見たら、許してしまいそうな自分がいたから。

 家に入るとそのまま自分の部屋まで行き、制服のままベッドに倒れこんだ。自分でも驚くほどに、ショックを受けていた。二人のつながりが、弱くなっている気がしたから。

 「何でよ……」

 どうしてこーちゃんは忘れてちゃったの? それに、私はどうしてこんなに落ち込んでいるの? その理由が私には分からなかった。感じたことのない、苦痛だった。

 「加奈ちゃん? 帰ったの?」

 下からおばさんの声がした。おばさんたちに心配をかけるわけにはいかない。それに短く答えると一度深呼吸をして、下に降りた。


 「おう、おはよ」

 次の日も、こーちゃんは一階で朝ごはんを食べていた。昨日のことなど何も気にしていないように。私はそれが少し腹立たしくもあり、ありがたくもあった。変に気を遣われるのは嫌だし、おばさんたちにも気付かれたくはなかった。

 「おはよ」

 なるべくいつも通りにふるまうように気をつけながら、テーブルに座って朝ごはんを食べ始めた。

 家を出てから通学路を歩いている間、二人の間に会話らしい会話はなかった。

 車道を通る車のエンジン音、同じく学校に向かう生徒の話声、雀の鳴き声、風に揺らされてこすれる葉の音、今までもそこにあった音なのに、今まで全く気が付かなかった音が、この道にはたくさんあった。

 そっと隣にいるこーちゃんの様子を横目で見ると、何かを考えてるのか、ずっと空を見ていた。

 私も同じように空を見る、水色をした空にはうすい雲がまばらにあった。

 同じ景色を見ながら、私はこーちゃんのことを考えている。こーちゃんは、いったい何を考えているのかな。分からない、それが、少し怖い。

 「昨日はごめんな」

 「うん、もう、いいよ」

 そう言うと二人はお互いの顔を見て笑った。

 同じ景色を見ながら、私はこーちゃんのことを考えている。こーちゃんは、いったい何を考えているのかな。分からない、それが、少し怖い。

 でも、信じている。

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