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その日の放課後、帰り道、朝来た道を戻る。
今日は授業らしいものはなくて、教科書を配るだとか、これからの授業内容の説明だとか、先生や生徒の自己紹介で終わった。
「まあ、だろうね」
こーちゃんが言う言葉に、私は何も言い返せなかった。
結局、今日私は同じクラスの人はおろか、前後左右の席に座る人にすら話しかけられなかった。自己紹介でもすっかりあがってしまって、先生に助け船を出してもらっても、うまくしゃべることができず、結局はこーちゃんに助けてもらった。
「でもまあ、チャンスは今日しかないわけじゃないし、明日頑張ろうぜ」
そうは言っても、今までダメだったものが明日突然できるようになるはずなんかない。
「……やっぱ、ダメだよ。私にはやっぱり友達なんて作れないよ」
朝決心を固めていただけに、被ったダメージは思いのほか深かった。
「おいおい、不幸オーラが目に見えるほど漂ってるぞ」
手をふわふわと、あたかもそこに見えない何かがあるように動かして、無理やりおどけて見せるこーちゃんは、やっぱり優しい。それに引き替え、そんなことをさせてしまっている自分が情けない。今の私には、もうこーちゃんのそんなくだらない冗談につい合うほどの気力も残されてはいなかった。
「……こーちゃんはどうだったの?」と、とりあえず話題を変えることにした。
「ん? 俺か? まあ俺の席の周りのやつとはだいたい打ち解けたかなあ。そうそう、隣の加藤ってやつが変な奴でさ。頼むから友達になってくれって言ってくんの。頼まれてなるもんでもないだろってな? ははは……あ」
こーちゃんがこのタイミングでの自分の発言の失態に気付いた時にはもはや遅すぎた。隣にいる私は、さっきとは比較にならないほど落ち込んでしまっていた。それこそちょっと指でつついただけで崩れてしまう位に。
「人がこんなに落ち込んでいるのにさ、さらに追い打ちかけること無いじゃんか」
声も涙声になってしまっている。まだ、涙だけは流すまいと堪えている。でもたぶん、それは時間の問題。
「いやいや! 聞いたのそっちだろ!」
こーちゃんは見るからに動揺している。でも言っていることは正論だった。
「でも普通思慮がある人ならそこは察してくれるよ」
すると、今まであたふたしていたこーちゃんの動きが急に止まって、私と同じように肩を落としてしまった。
「……加奈、お前俺にそんなものを求めたのか?」
「……ごめん、私が間違ってた」
二人して、はあ、と大きくため息。今、この二人を後ろから見たらきっとなんとも年寄りくさい後ろ姿だろーな。その姿を想像すると、少し元気が出た。それがまた顔に出たんだろう、こーちゃんが安心したように笑った。
「じゃまた明日飯食いに行くから」
「ご飯食べに来るんじゃなくて迎えに来てよ」
責めるように言うと、こーちゃんはまたおかしそうに笑った。「ついでにな」
私は手を上げて殴りかかるしぐさをした。こーちゃんは大げさに飛びのいて、そして二人して笑いあう。
また明日――一緒にそう言って、家の前で別れた。
「ただいま~」
「あ、おかえり~」
キッチンのほうからおばさんの声が迎えてくれた。どうやらもう夕食の準備を始めているらしい。パチパチと何かを油で揚げている音が聞こえる。「ご飯出来たら呼ぶから」
「はーい」
そう返事して二階の自分の部屋に上がった。着替えを済ませると、新しい教科書に落丁がないかを調べたり、名前を書いたりして時間をつぶした。ぱらぱらめくる教科書からは、新しい匂いがする。
一通り見終わって、することが無くなってしまったから一階に下りた。リビングにはいつの間にか帰って来ていたおじさんが、今朝私が座っていたソファに座ってテレビを観ていた。
「あ、おじさん、お帰りなさい」
すると、おじさんは私にいつもの柔らかい笑顔を浮かべて「ただいま」と答えると、またテレビに向き合った。私も近くのソファに座ってテレビを見る。テレビのニュースによると、何やら近々数年ぶりに流星群が接近するのだとか。これはぜひ願い事をしないと、と思って、ふと、流星群は流れ星と同じで願い事をしてもいいものなのかな? という疑問がわいた。まあ、多分一緒だろう。ちょっと数が多いかどうかの違いだ。今度、こーちゃんを誘って見に行こう。
「ご飯出来たわよ~」おばさんがテーブルに料理を並べている。私もソファから立ち上がってそれを手伝った。
「いただきまーす」
から揚げを一個まるまる口に入れた。溢れる肉汁が口の中に広がる。やっぱりおばさんのから揚げが一番おいしい。
私がから揚げに舌鼓を打っていると、キッチンからおばさんが話しかけてきた。
「加奈ちゃん、どうだった?」
「うん、このから揚げおいしいね!」
おばさんが自分の作った料理についての感想を求めているのではないことくらい分かっている。話題を変えるためにあえて勘違いしたふりをして答えた。
「そうじゃなくって、学校よ」
しかしそうは問屋がおろさなかった。
「ああ、学校ね、うん、まあ……まあ?」あまりウソをつくのはうまくないけど、真実をそのまま伝えることも憚られた結果、なんとも曖昧な感じの答え方になってしまった。
「なんだか、曖昧ね」おばさんは笑った。「まあ最初は大変かもしれないけど、すぐになれるわよ」
「……うん」
「加奈なら、大丈夫だよ」
急に後ろから声がした。おじさんはテレビを見たまま言っていた。おじさんが何を根拠にそう言ったのかは分からない、それでも、なんだか嬉しかった。
「ありがと」
私は自然と笑っていた。やっぱりこの人たちは良い人たちだ。いつも支えてくれてる。
だから、私も頑張らなくちゃ。




