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ファーストキル

 目が覚めると、裕也は最初に来た時と同じ部屋で寝かされていた。リンとシスターが不安げな顔で彼を覗き込んでいる。彼が意識を取り戻した事に気付くとほっ、と息を吐く。

「…結局ここか…」

「そんなに帰りたがる人は初めて…」

 リンが裕也のつぶやきに反応する。まあ、今はいい。

「あのガキ…」

「…薫の事ね」

 リンが忌々しげに名前を口にする。そう、そんな女みたいな名前の奴だ。

「上着は……っ! 時計! 腕時計はどこだ!?」

 裕也は自分の状況を確認して慌てふためく。左手につけていた時計がない。シスターは驚いた顔をしながら、近くに置いてあった時計を裕也に渡した。

「これ…ですよね?」

「そうだ…。これは外すな…」

 裕也はそうつぶやくと腕時計をつけた。だが、時計は動いていない。止まったままだ。

「それ、壊れているんじゃ?」

「気にするな」

 裕也はそれ以上は言わなかった。彼は、気を取り直して、薫について訊いた。

「あいつも…救済とやらでここへ?」

「はい。彼が来たのは一年前。聞いた所によると、いじめによる自殺…だそうです」

「それは可哀想だな」

 裕也の中に同情が渦巻く。それが事実なら確かに同情に値するだろう。だが…。

「右腕を治せないか? そいつは殺す」

「何を言って…」

 シスターが驚愕する。これは裕也に関係がないことだ。それだけでなく、平然と殺すと言った。

「…そいつは罪もない人を殺した。違うか?」

「それは…」

「事実よ」

 言いにくそうなシスターに代わり、リンが肯定する。なら、もう動機は十分だ。

「気兼ねするな。俺が殺したいから殺す。君は何も関係ない」

「…それでも…」

 シスターは躊躇する。まあ、当然の反応だろう。狂っているとしたらば、裕也の方だ。

「アリス。もう無理よ。あの男は救えない」

「……」

 シスター…アリスは、苦虫を噛み潰したかのような顔でしばらく考えこむと、テーブルに置いてあった、薬を持ち、彼の捲られた右腕に塗り始めた。

「…これは?」

「薬草を磨り潰した物です。…三日もあれば、完治します」

「…ぎりぎりか…」

 裕也は歯噛みする。とはいえ、今ある武器はベレッタM92Fと、ナイフだけだ。特にすることもないだろう。あるとすればあの衝撃波のような物への対策だ。

「あれは何だったんだ?」

「あれって何です?」

「…衝撃波…みたいな奴だ」

 リンの問いに裕也は言いづらそうに答える。アリスが、彼に説明を始めた。

「…あれは、加護の一つである、聖者の怒りです。…暴力に対する拒絶…から来ています」

「それで?」

 裕也は眉一つ動かさず、続きを促した。

「対抗策は…ありません。彼の力はそれだけではないのです」

「…他に何が…?」

「…無敵、です」

「何?」

 裕也は思わず聞き返した。いくらなんでもそれは…。

「…本当です。基本的にこちらへ来るものは皆、その力がついています」

「通りで最強か。なるほど、好き勝手したくなるのも当然だ」

 その言葉を聞いてリンが裕也を睨み、エリーが息を呑む。そして、リンが彼を怒鳴った。

「ふざけないで!! いくら強いからって…していいことと悪いことがあるでしょ!?」

「ああ。全くだ」

 そのつぶやきにリンは声のトーンを落とした。

「…もう何人も死んだの。この世界の人だけじゃない。…渡り人も」

 裕也はそこで初めて眉を動かした。意外だったからだ。

「てっきり皆暴れていると思っていたが」

「バカ言わないで。あなただってわかるでしょ? 良い人だっていっぱいこっちに来た。でも…」

「反抗して殺された、か」

 リンが顔を俯かせる。だとすれば、あの男は裕也以上の殺人鬼となる。とはいえ、あの男一人だけではあるまい。

「…一人で、か?」

「いいえ。…四年前、渡ってきた男を発端に、虐殺が始まりました」

「…四年前…」

 裕也はリンの顔をみつめた。リンがきょとん、と顔を傾げる。だが、裕也が見ていたのはリンであってリンではない。鈴の顔だった。四年前…裕也の妹が殺された年だ。

「…そいつは?」

「高崎。高崎貴弘」

 裕也はそこで、ひどく取り乱した。アリスの肩を左手で、掴み、揺さぶる。

「…今何て言った!?」

 裕也は思いっきりアリスを掴んだ為、彼女が嫌がる顔をする。その様子を見たリンがちょっと! と言って制した。

「何してるの!?」

「うるさい! お前には…くっ!」

 裕也には言葉を続けられなかった。どうしても…どうしても、リンが鈴に見えてしまう。そして、すぐあの男の顔が浮かんだ。裕也はリンの手を退かして、部屋を出て行った。

「大丈夫?」

「私は…大丈夫です」

「結局あいつも…」

 リンのつぶやきをアリスは即座に否定する。

「たぶん違います。…悲しそうな目でしたから」

 リンはふん! と鼻を鳴らして、気付けのお茶を取りに行った。アリスは落ち着いているが、既に父親を殺されている。それに今の仕打ちだ。温かいものが必要だろう。

「わけわかんない…」

 リンはつぶやきながら、食器棚からカップを取り出し、紅茶を注いだ。



 


 ストーカーにあってるの。その言葉に裕也は最初、取り合わなかった。

 まだ、中学校に入ったばかりの妹にストーカー。裕也は鼻で笑って一蹴した。

「お前、自意識過剰なんじゃないか?」

「もう! 本当に困ってるの…ねえ」

 上目使いでこちらを見上げてくる妹に、恐怖の感情を感じた裕也は、とりあえず警察に相談することにした。本当は親がするべき所だろう。だが、兄妹にその世話をするべき親はいなかった。その為、裕也は、緊張しながら、妹と共に警察署へ向かった。

 話は割とスムーズに進んだ。担当は気さくな中年の男性で、見事に鈴から、ストーカーの情報を引き出していた。

「もう大丈夫。後はおじさん達に任せて」

「はい! …よかったぁ」

「…全く。せっかくの休みが…」

 裕也は警察署の自動ドアから出ながらぼやいた。そこで、一人の男がじっとこちらを見ている事に気付く。妹が彼の後ろに隠れた。

「…どうした?」

「あれ。前の人…ストーカー」

「帰らないのかい?」

 見送っていた警察官が入り口から出てきて、彼らを不思議がった。丁度いい。そう思った裕也は事情を説明した。

「今前にいる…あ、あれ?」

 警察官に振り返った僅かな時間に、男は消えていた。


 結局、その後、鈴はストーカーに付きまとわれることはなかった。警察からの警告が届き、ストーカー行為を止めたのだろう。当時の裕也はそう思い、楽観視していた。妹は、暗い顔一つ見せず、学校生活を謳歌していた。何を心配する必要がある。

 だが、それが彼の、人生で一度目の過ちだった。ストーカー騒動からしばらくして、鈴は殺されたのだから。

 犯人は例のストーカー男。名を高崎貴弘、という。後々わかったことだが、あの男は鈴の部屋を盗聴すらしていたらしい。

 誕生日の電話。妹と最後の会話にノイズが入ったのは、そのためだ。

 四年たった今も、貴弘は逮捕されていない。



(あいつが救済を受けてこの世界に来た…。なるほど、通りで見つからなかったはずだ)

 裕也は息を吐いて、激昂した。

「ふざけるな! 何が救済だ! そんな都合のいいものがあるなら、なぜ妹を救済しなかった! 何で…あいつなんだ!! おかしいだろ!!」

 有り得ないだろう。相手を間違っているだろう。そもそも、自分がこの世界に来たことさえ、裕也は驚きを隠せない。なぜ、自分みたいなクズを救済したのか。救われるべき命は、もっと世界に溢れているはずだ。

「…だが…僥倖と言うべきか…」

 貴弘がこの世界の欠陥で来たのならば。同じ欠陥である俺に、殺されるべきだ。

「よし…目標は定まった…」

 だが、直後に何かに背中を抱き着かれて、裕也は目を見開いた。見ると、リンが彼に抱き着いている。 

「どうした?」

「…よくわかんない。でも、あなた可哀想…」

 可哀想…。その言葉を裕也に言ったのは二人目だ。今の言葉も、幼馴染の言葉も、どちらも、彼を案じての言葉だ。そして、彼は、瑠璃に言った時と同じように、その暖かさを拒絶する。

「…問題ない。いつも通りだ」

「…いつもって何? 私知らないよ…」

「そうだ。お前は俺の妹じゃない」

 裕也はそう言ってリンを振り払う。

「…ちょっと空気を吸ってくる」

 裕也は、リンに背中を向けたまま、歩き出した。



「……無敵か」

 裕也は小学生が考え付きそうなデタラメな加護に呆れた。都会とは違う、美しい森。ただ歩くだけで癒されそうだが、彼の心はちっとも安らがなかった。

(どうやって殺す? あの薫という男だけじゃない。貴弘も同じ力を持っているはずだ。待て、皆持っている…?)

 裕也は一つの矛盾に気が付いた。ならばなぜ、反抗した渡り人達は殺されたのだろうか。無敵ならば、攻撃が通らないのではないのか?

 裕也はそこに一つの活路を見出した気がした。問題ない。万事滞りなく、一切の躊躇なく、奴らを殺せる。

「…上手くいく。そうだろ? リチャード」

 裕也は師の名前を口にして、ほくそ笑んだ。



 裕也はしばらく散歩した後、リンの家へと戻った。リンは彼とあまり目を合わせず、食事を用意した。裕也はそれを口にしながら、考えをまとめる。

「後もう二日か。それまで対策を練らなければ」

「…本当に勝てるの?」

「いや…勝つ必要はない。殺すだけだ」

「どうやって?」

 そこで裕也は言葉に詰まった。今彼がわかっているのは、殺す方法がある、ということだけだ。

「……私達の攻撃は彼には届きません。ですが…加護の攻撃…渡り人同士の攻撃ならば効く、と聞いたことがあります」

 そこで裕也はため息をついた。何だ。それならばあっさり殺せる。俺の加護…。

「…結局俺の能力は何だったんだ?」

「…わかりません。ただこれだけは言えます」

 アリスは改まって裕也に伝えた。

「あなたは無敵ではない」

「…そうか…」

 裕也は不思議と驚かなかった。

「…それって…」

「はい。裕也さんは、普通の攻撃を喰らえば死にます」

「それくらいの緊張感がないとな。それに渡り人同士の攻撃は効くんだろう? そこに無敵も何もないはずだ」

「…そうとも言えないわ」

 リンは伏目がちに話した。

「無敵っていうのは、攻撃が効かないわけじゃなくて、体力の回復能力もあるのよ。唯一の救いがあるとすれば、不死身じゃないってことだけ」

「それで十分だ。あいつが来る前に見つけ出さないと…」

 裕也は急いで食事を取り、自分の能力を見極める為、庭に出て模索し始めた。



「くそ…結局分からず仕舞いか」

「…どうするのよ…」

 リンが呆れた。期限までの時間を、能力の模索に費やしたが、結局発見できなかった。つまり、今の裕也の武器は、拳銃とナイフしかない。効き目があるか分からない武器で、戦いに臨むしかなかった。

「…いいのです。私が身を捧げれば…」

「ダメ!!」「ダメだ」

 裕也とリンが同時に言う。リンは気まずそうな顔をするが、裕也はそのまま話を続けた。

「いいか? お前が死んだら、父親は悲しむだろう。それは絶対にダメだ」

「…なぜです? なぜあなたはそこまで」

「…知り合いに、娘の死を嘆く男がいた」

「…いた?」

 リンの疑問に裕也は取り合わず、治った右腕を確かめながら拳銃を握った。

「残弾数は残り…予備を含めて、29発か…」

「…? 何の事?」

「私にも…」

「何か他に武器はないか?」

 すると、アリスは思い出したように剣を取り出した。

「これは?」

「無銘の剣です。加護を受けた者の攻撃ならば、恐らく効くはず…です」

「…本当に大丈夫なんだろうな…」

 裕也は不審がりながらも剣を受け取った。まあ、何にせよ、実際に戦ってみればわかるはずだ。

「そろそろ…あの男が来るわ…」 

「そうか」

 裕也は剣を振って、使い心地を確かめた後、鞘にしまった。無敵に、攻撃の無効化だけでなく、治癒能力があるのならば、決め手になるのは格闘戦による、脳の破壊が有効なはずだ。それには、この剣が役に立つはず。裕也はまず、剣による格闘戦をしかけることに決めた。

「でも本当にだいじょう…」

「ハニーちゃーん! 薫様が現れたぞー!」

 アリスの裕也を気遣う声は喧しい声に遮られた。裕也は無言で、その方向を睨み付ける。

「おっいたいた。…くそ野郎もセットだな…」

「確かに俺はクズだが、同じクズに言われたくないな」

 すると、薫は突然激昂した。どうやら、煽りに対する耐性は全くないらしい。彼の身の上を考えれば致し方のないことかもしれないが。

「俺がクズだと! クズってのは他人を集団でしか、倒せない奴の事を言うんだ!」

「かもな。お前はここに怒りに来たのか?」

「…くそ。むかつくわ。殺してやる。…お前を殺したらここの村人も全員な…」

 薫は赤い甲冑から剣を抜き、メガネをかけた顔を醜く歪ませた。裕也はその顔を見て思わず失笑した。ここに来たときはともかく、今目の前にいるこの男は確実にくそ野郎だ。

「あ? 何笑ってんだよっ!」

 薫は、教会で裕也を吹き飛ばした衝撃波を怒りの形相のまま、放った。近くにあった小屋が半壊する。

「村の中で…!!」

「気にする事ねーよ。どうせ全部壊すんだし」

「……」

 裕也は剣を抜き、走り出した。どうすればいいか。これが裕也がいた現実ならば、方法はいくらでもあった。射殺、毒殺、刺殺、爆殺。他にも様々な手がある。だが、このファンタジックな世界では何が通用するのか。

 ただ真っ直ぐ突っ込んでくる裕也に薫は大声で笑った。

「バカかてめえ。薫様にんなもん通用するか!」

 再び放たれた衝撃波に裕也は吹き飛ばされてしまった。裕也は、このふざけた状況に毒づく。くそ、これなら現実で、デブと追いかけっこしてた方がマシだ。

「結局、力も使えてねーじゃねーか」

 地面に這いつくばってる裕也を薫が見下す。裕也は、薫が近づいてくることを祈ったが、彼は剣の間合いからぎりぎり外れた所で止まった。くそ、チキン野郎め。

「どうした? 最強のくせに、そんな所で止まって。男なら正々堂々剣で勝負したらどうだ? それとも、その名の通り、女か!?」

 裕也は薫に向かって挑発した。薫は顔を真っ赤にしたが、挑発には乗らなかった。

「くそ…お前もバカにすんのか…俺の名前を…」

 挑発にこそ乗らなかったが、奴のご機嫌を斜めにすることには成功したようだ。裕也はぷるぷると小刻みに震える薫を見ながら、立ち上がった。体中が痛い。だが、それがどうした。

「何が女みたいな名前だ! んなもん、知らねえよ! 勝手に親がつけたんだよ!」

 裕也の言葉は薫の古傷を抉ったらしい。だが、彼が攻撃するべきは、心ではなく、人の体をコントロールする脳だ。それが通用しなければ裕也に勝ち目はない。

 剣を構えて、怒りに震える薫に近づくが、薫は怒気をあげると、先程とは比べ物にならない威力の衝撃を放った。その波動は裕也だけでなく、近くにいたリンとアリスも吹き飛ばし、さらに半壊していた家屋のいくつかを破壊した。

 裕也は地面を転がって、這いつくばった。近くに、リンが顔を歪ませて倒れている。エリーも少し離れた所で痛みに顔をしかめていた。

「何だよ…弱すぎだろ。つまんねえ」

 裕也は歯噛みした。殺すだなどと言っておきながら手も足も出ないではないか。気づくと剣もない。慌ててナイフを探したが、それもどこかへ行ってしまった。銃は? 裕也の愛銃は彼から少し離れた所に落ちていた。

「あれ? お前…よく見ると可愛いな…」

「な…何よ!」

 薫はゆっくりとリンに近づき始めた。標的をリンに変えたらしい。不気味な笑みを浮かべて、一歩、また一歩とリンに足を近づける。

「ふざけんなよ…チクショウ…」

 裕也は拳銃を求めて這って行った。足が痛い。折れてこそはないものの、痛めてしまったようだ。これでは這った方が速い。

「ちょっと…来ないで!」

「強気な子か…。あいつと被るがまあ…」

 薫が、リンの前で止まった。同時に裕也も拳銃を取る。薫の手がリンに伸びる。そのおびえる表情にリンの顔が鈴と重なった。

「こっちだ! 女男!」

「ああっ!?」

 薫が怒りを隠しもせず、こちらに振り向く。裕也は銃を構え、薫の脳…ではなく肩に、リンの顔を触ろうとした右腕の肩に向けて撃った。

 9mmの人を殺すのには十分な、しかし最低限の火力が薫の肩に吸い込まれる。裕也はしくじったと思った。見事奴の体に直撃はし、鮮血が飛びちったが、それでは致命傷になりえない。すぐさま衝撃波が来る。裕也は身構えて、すぐにその必要がなかった事に気付いた。

「あああああああ!! いてえええ!!」

 薫は地面をのたうち回っていた。当然といえば当然だ。健全な社会に住む人間に、銃弾への耐性があるはずもない。裕也はてっきり、痛みも防がれるものかと思ったが違ったようだ。

「くそ! 殺してやる! お前なんかあ!」

 裕也は立ち上がると、おぼつかない足取りで黙って薫に近づき、その首を掴んだ。薫がうっ、と声を詰まらせる。

「…お前はくそだ。少なくとも今は」

「は…離せ…」

 薫はかろうじで声を捻り出す。裕也は首をがっちり掴んで離さない。もし仮に衝撃波が来たら裕也はただでは済まないが、それは薫もいっしょだ。吹き飛ばされようと、その首を放してやるものか。

「何だ…何なんだ…。天国で暴れて何が悪いんだ…」

「…よくわからないが、ここはお前みたいに、現実で何か嫌なことがあった奴が来るらしいな」

「…聞いたのか…。くそ…」

「ああ。聞いた。お前が犯そうとしたアリスは、そんなお前に同情して、お前を殺すのに躊躇したよ。だが…」

 裕也はぐっと力を込める。このまま絞め殺すか。そこで…裕也は、自分が何を出来るか気付いた。天啓が降りたというべきか。ただ漠然と…自分の能力について理解した。

「いや…止めた…。俺はお前を殺さない」

 リンは咳き込みながら裕也を睨んだ。

「どういう…こと? この人は反省…なんか…」

「ぐぎゅ…?」

「ああ…元の世界に返してやる…」

 その言葉を聞いて薫が暴れ始めた。声を捻りだし、大声で捲し立てる。

「何言ってる!? お前…まさか…。ダメだ! あの世界は…」

「そうだ。お前が人生をやり直すべき世界だ」

「何言ってる!? くそ離せ! 離せよ! …殺す! …ぶっ殺して…がっ!」

 裕也はその怨嗟を正面から受け止めた。憎しみを持つその瞳を見据えて、出会って間もない、少年に語りかける。

「いいとも。お前にはその資格がある。俺を憎み、恨み、呪う資格が。だがな…なぜここの人を殺した? お前は差し伸べられた手を強引に振り払ったあげく、罪もない人間をただ気の赴くままに殺したんだ。…もし、何らかの奇跡でお前が俺の前に現れた時は」

 薫は最初こそ息巻いていたが、その暗い瞳…何か、どす黒い感情が渦巻くその目の中を除いて、恐怖した。何だコイツは。なぜこんな奴がここにいる。

「俺だけを狙え。俺だけを殺せ。関係のない人間を巻き込むな。…さて…そろそろ、夢から覚める時間だ…」

「よせ…よせ! 俺を…僕を…」

 裕也は手に力を込めて念じた。その願いはただ一つ。薫を元いた世界に還す…転移させること。

「あの地獄へ戻すな!」

 それが薫の、異世界での最後の言葉だった。

 

 リンは、最初薫が消えたのを見て呆けていた。これが裕也に宿った加護の力なのだろうか? だが、途端に裕也が苦しげに息を吐いたのを見て、痛みに耐えながら立ち上がり、彼に近づいた。

「ちょっと! どうしたの!?」

「…妙な感覚…だ…力を使うってのは…苦しいんだな…」

「そんな…大丈夫!? アリス! こっち来て! 早く!」

 裕也はその、妹によく似た顔を見ながら、気絶した。



「結局、何が起こったの? わかる?」

「待って…今…。上手くいきました」

 リンとアリスは一旦教会に裕也を運び、彼を水晶で占うことにした。まだ、未熟なシスターだったアリスはちゃんと占えるか不安だったが、どうにかなった。

「で?」

「はい。裕也さんに宿ったのは、転移、ですね。どうも、何か…誰か…を探し求めていた事に起因するようです」

「…もしかして…」

 その誰かとは、高崎ではないだろうか。リンは気になったが、今は裕也の事が先決だ。なぜ彼が倒れたのか。その原因を突き止めなければ。

「他には? 転移だけじゃないでしょ?」

「…もう一つ…これは…」

 なかなかエリーは結論を言わない。リンはそんなエリーを急かした。

「早く! もったいぶらないで教えてよ!」

「…救済を拒む者…」

「…それは何? 初めて聞くけど…」

「私もです。効果は…」

 その効果を聞いてリンは驚きと…同情…いやこれは…。

「そんな…悲しすぎるじゃない…」

 リンは裕也の寝顔を見ながら、思わず涙がこぼれる。なぜだ? この人とはまだ出会ったばかりだ。それでも、なぜか涙が…悲しみが止まらない。

 裕也に宿ったもう一つの加護。それはあらゆる加護の、保護や身体に関する魔法を拒絶する能力だった。力を使ってなぜ気絶したか。理由は簡単だ。本来、加護により供給されるはずの魔力が彼には一切注がれていなかった。彼が、薫を還す為に使った魔力は自身のモノ。故に、異界を渡るなどと言う大規模な魔法に体が耐え切れず、意識を失ってしまったのだった。

「リン? どうしました? リン?」

 アリスがあまりに嗚咽を漏らすリンを心配する。だが、その気遣いを受けても、彼女の涙は、しばらく止まる事はなかった。



 ここは…。そうだ。懐かしく、忌まわしい場所。幸福な思い出と残酷な記憶が入り混じる場所だ。

 メガネをかけた少年はその簡素な部屋でしばらく呆然としていたが、すぐにやるべきことを思い出した。

「はー。…決まってるよな…」

 そう。決まっている。もう一度還るのだ。あの天国へ。

 少年は以前行ったと同じように、淡々と準備を始めた。たった一度しか行ったことはないが、あの時の記憶を鮮明に思い出すことが出来る。

「自殺を二度も経験することになるなんて」

 薫はぼやく。だが、口調とは裏腹にその声は震えていた。確かに以前は、救済とかいうモノで一度異世界へ旅立つことが出来た。だが、二度目はあるのか? 薫にはわからない。

 そもそも、なぜ自分は自殺したのか? それはいじめがあったからだ。 では、なぜいじめられたのか? ああ…ダメだ。肝心な部分が思い出せない。

「でも…天国に行けば…あがっ!?」

 薫が、椅子を足場にし、ロープに首を欠けようとした所で、大きな音と共にドアが開いた。そして、すぐ何かに抱き着かれる。

 震えながら、命を絶とうとした薫は、バランスを失い、なすすべもなく後ろへ倒れた。

「あいたー!!」

 自分に抱き着いた強気の声の、少女の悲鳴が聞こえた。そこで彼は、自分の肝心な…いじめられた理由を思い出す。そうだ…僕は…。

「あ…や、やっぱり薫だ…。今までどこ行ってたの!? 私…ずっと…心配で…」

 少女の涙声を聞きながら、薫は、思い出に浸っていた。自分はこの子を…庇っていじめられたのではなかったか。勝気なこの幼馴染の悲しむ顔を見たくなくて。ただそれだけの、純粋な想いで。

「俺…いや、僕は…」

 自分は何をしていたのか。天国などと言って、ただ暴れ回って…。

「薫…?」

「…いや、なんでもない…」

 少女の温かみを感じながら、薫は自分のした事について振り返り、あの忌まわしい男を思い出し…。一度、前を向いてみることにした。

 天国には、まだ行けそうにない。

 裕也は結果的に…最強の薫を殺して、ただの薫を生かした。





なかなか重い話…を書いてるつもりですが、伝わっているでしょうか。

文字で表現するのは難しいですね。

読んで下さった方、ありがとうございました。

銃の名称は使ってもいいものだろうか…。

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