『君』と『僕』が出会った時の物語
君と出会ったとき、僕は天涯孤独になった。
君が助けたから、僕は家族と離れた。
君が助けてくれなかったら、僕は――死んでいた。
「なんで、助けたの」
濡れた地面に、だらしなくへたり込んだまま……恨みがましく尋ねた。
君は、意外そうに僕を見下ろして視線を巡らせた。
壊れた荷台の下から、場違いな果物の甘い香りが風に乗って鼻を擽った。
「間に合わなかった」
返ってきた言葉に意味が分からないと、首を振った。
君が辿り着くよりもずっと前に、お父さんが死んだ。
走る御者台から引き摺り下ろされたから。
君が辿り着くより前に、弟が死んだ。
荷台に飛び乗られて、運悪くその下にいたから。
君が辿り着く前に、お母さんが死んだ。
手綱を掴もうとした時、弾んだ拍子に落ちたから。
全部、君が辿り着く前の事だ。
僕だけが――
「どうして」
涙が勝手にあふれてきた。
拭っても、擦っても、両手で目を強く押さえても……勝手に後からあとから、あふれ出てくる。
「なぜ泣く」
目の前にしゃがみ込み、静かに言われた言葉に僕は思わず顔を上げた。
「生きているのに」
「僕は死にたかった」
答えた瞬間、また涙があふれていた。
「死にたかった……」
君は悲しい表情を浮かべた。
「だって!」
悲しい顔をさせたのは僕なのに、叫んでいた。
「お父さんも、お母さんも、弟も! みんな死んじゃったんだよ!」
僕一人でどうすれば良いのかわからない。
続けたかった言葉が、肺に空気が足りなくて、ひっくとしゃくりあげて続かなかった。
「君が、来なかったら、みんな、一緒に逝けたのに」
しゃくりあげながら言った言葉を聞きながら、君は僕の目をじっと見つめてきた。
あまりにじっと、長く見つめられて……視線を逸らした。
急にぐしゃぐしゃになった顔が、恥ずかしくなって、涙を拭いた。
「そんなに、死にたかった」
真っ直ぐに見つめられた瞳に、険が混じってた。
助けてくれた時と同じ目。
頷けばきっと、君は僕を殺してくれるだろう。
それが僕を助ける事になると思ったのかもしれない。
「――ぼ、僕は」
言いながら、頷く事なんか出来なかった。
嘘だと分かっていたから。僕の言った言葉を僕自身が嘘だと分かっていたから。
真っ直ぐ向けられる瞳が真剣で、怖くなった。
僕が視線を逸らしても、ずっと君は視線を逸らさなかった。
「死にたかった」
問い掛けられた言葉も、向けられる瞳も春風みたいに柔らかかった。
「死にたく――ない」
答えた途端、声を上げて泣いた。
わんわん、わんわんと、たくさん涙が溢れて、声も勝手に出てきた。
どれほど時間が経ったのかなんて分からない。
「行こうか」
しゃくりあげるしか出来なくなったころ、君が立ち上がった。
「ど、こに?」
街道なんて当の昔に外れている。馬もいなくなっている。
歩くしかないと分かった時、ほんの少しイヤだって思った。
僕のそんな考えを見抜いたのか、君は困ったように手を差し伸べてきた。
「死にたくないから」
言いわけの様に呟いた言葉で、君の手が僕の腕を掴んだ。
思いのほか強い力に、僕は顔を顰めて立ち上がらされた。
「行こう」
優しい言い方だけど、周りに向けた目は厳しくなっていた。
僕は気が付かなかったけど、空は茜色を遠くに押しやっていた。
「うん」
急激に怖くなった。
夜は怖いオバケが出るって、いつもお母さんが言ってたから。
弟と何時も一緒に、抱き合って震えてベッドに潜り込んでいた。
朝になるとお父さんが僕の隣で、僕と弟を守ってくれるように寝ていた。
それも、もう無いと気が付いた時、また涙が零れていて、君が驚いた顔で僕を覗き込んできた。
「どこか痛い」
心配して涙を擦る僕の体の回りをおろおろと確かめてくれた姿に、ちょっぴり笑った。
「ん、行こう」
手を握って歩き出した君に、僕は一歩踏み出した。
くうぅぅ……
踏み出した途端に鳴ったお腹の音に、君は歩く事は止めないままで果物を一つ僕に見せた。
「あっ――」
土に汚れて、潰れた跡もある果物を見て思わず後ろを振り返った。
散乱してまだ地面に残っているけど、僕たちが運んでいた果物だった。
「美味しい」
果汁を吸う音に、僕はまた君の方を見た。
一口齧った果物を差し出だされて、受け取った。
齧れば、甘い果肉と汁が口の中にふんわりと広がって――また、涙が溢れた。
「おいしい……」
「うん。美味しいよ」
続いた言葉に、僕はようやく君に「ありがとう」って言えた。
「ねえ、君の名前は? 僕は――」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「いや、あの頃は本当に可愛かった!」
麦酒が入ったジョッキを片手に君が笑いを堪えて言う。
「もう! その話しはやめてよ!」
僕は抱えていた荷物をドンッと音を立ててテーブルの上に置いた。
「こらこら、大事な商品を乱暴に扱ったらダメだって何時も言ってるのは誰だったっけ?」
「う……だ、だって、君がまた変な話しをするから」
クックックと肩を震わせながら笑われている。こうなると暫くは笑いっぱなしだ。
その間に釘打ちされた木箱の蓋を開けたいため、バールを探す。
「あ、持ってるよ」
笑いの波は思ったより早く引いたみたいで、手早く釘を抜き去ってくれた。
開いた箱から一層の甘く柔らかな香りが辺りを包む。
「一個もらうよ」
「あぁっ!」
止める間もなく、齧られて美味しそうに瞳が細くなったのが見えた。
「うん。美味しい」
その表情を見せる君だって――
「間に合ってよかった」
僕は子供だった。『君』は――
男か女か子供か大人か、何に奪われたのか、何を齧ったのか。
その全てを想像は皆様次第に。
ついでに『僕』と書いていても、男の子とも限りません。
性別が分かるのは『僕』の家族だけ。