羽鋼の星痕者
半径十メートルほどを飲み込むその閃光は、さながら星の終わりに訪れる超新星爆発を思わせた。
「これで五つ! そして!」
双刀を順手に直し、エルステルは背後へと振り返った。
爆風に晒されて上昇していくエルステルに、鈍色の翼が急速に追い縋る。
「ここでの追撃は呼んでいるぞ! ナツヒコ・サンジョウ!」
「ならばその予測ごと、斬り裂くのみだ!」
それは翼を背負ったマキナだった。鋼の翼が起こす風に揺らぐ髪は、夜に焚かれる篝火の紅黒の切っ先に鋭い白銀を閃かせ、鴉の翼よりもなお黒く艶やかな瞳は斬撃の威圧を以てエルステルに突き刺さる。シャープな顔立ちに、肩口で袖と胴部が分かれた白いローブに包まれた体付きも洗練されている。
その姿を一言で纏めるならば、機械仕掛けの天使と言えるだろうか。
神国の特殊組織コンステレイションズで部隊長を務めるナツヒコ・サンジョウは、飛翔の勢いを緩めず手にした大剣を真っ直ぐに構えて、エルステルに激突する。
それに対し、エルステルは双星を重ねて切っ先を捉えた。空気を貫く剣圧に、エルステルの前髪が数ミリ散らされる。
「うおおおおお!」
ナツヒコの背負う翼に、星の輝きが灯る。その光はナツヒコの体を押し出し、刃にまで包み込んだ。
「星痕が貴様だけの力と思うなよ、羽鋼!」
エルステルの叫びに、両手の甲に刻まれた傷が、ナツヒコの翼と同じく輝きだした。手が焦げるような熱を振り払うように、双星が振り抜かれる。
ナツヒコの大剣が一回りも小さい双刀に競り負けた。
互いに距離を取り、屋上へと二人は着地する。体に宿る輝きは、先ほどの激しさは弱めているが、気迫の高ぶりを表すように明滅を繰り返す。
「やはりその力、神国に――コンステレイションズに相応しいものだな」
「ハッ。悪いが、自分の星座も分からぬ半端者の上に、規則に縛られるのは苦手なんでな」
神国の内部組織コンステレイションズは、特殊な人間が集められた軍属だ。
その入隊条件は、体に星座の力を宿した傷痕――星痕を持つことだ。
星痕を持つ者は、高い魔力と星座に対応した能力を宿している。
例えば、ナツヒコの星痕は羽鋼座の並びにあり、あらゆる刃を操ることが出来る。その刃が舞う姿は、まさしく鋼の刃を翼として伝説の霊鳥アシエルを再現している。
神国は星痕者を匿うことで、軍事力を強めようとしているのは公然の秘密だ。
「ならばその星宿、お前の命から解き放つ」
ナツヒコの手にする大剣が、二つに分かれる。片刃二剣となったそれは、本気の証だ。
「何度生まれ変わろうと、俺は同じ道を選ぶさ、確実にな」
エルステルは不敵に笑う。余裕を見せるのも、重要な駆け引きだ。
背後にいるピカの気配を探れば、彼女は自分の役割を自覚し、彗星で降下部隊を順調に相手している。
それでいいと、エルステルは心の中で頷く。彼がナツヒコさえ抑えれば、撤退に不安要素はなくなる。
エルステルは感覚を広げる。
ピカが天へ上げる彗星が空気を裂く音、空へ放たれる銃火の一発、降りてくる敵の乱す空気の流れ、そして自分とナツヒコの呼吸の一息まで、戦場の全てを把握する。
ナツヒコが手にするのは、大剣から別れた二本の剣。さらに腰には四本の剣を差している。余裕のあるあのローブ――東洋でいう式服を改良した衣装の袖が踊ることもなく、隙のない構えが崩れるのを待つ。
ナツヒコも同じ心境なのだろう。その目は、エルステルを、そしてその後ろで降下部隊を阻んでいるピカを鋭くねめつけるばかりだ。
刹那か、永遠か。その意味も問わない二人の間に、ウィンボードが落ちてきた。
盾はその底部をエルステルに晒し、二人を分断するように落ちてくる。
その頂角が床に触れ、衝撃で跳ねるその前に。
二人の剣士が全く同じ動きで駆け出した。
地を這うような低姿勢での疾走に、しかしエルステルはさらに身を屈め、ナツヒコは伸びるように右手の剣を上気味に突き出した。
大剣から別れた切っ先の半分が、容赦なく盾を貫き、破片を散らす。
ナツヒコよりも頭一つ分高いエルステルを捉えるには、絶好の角度だったはずだ。
だが盾に隠されたせいで、ナツヒコはエルステルが低く屈んでいるのに気付けなかった。
ニューセラミックの破片が頬に触れるのを感じながら、エルステルは大きく広げた腕を引き寄せ双星を交錯させる。
光の軌跡が尾を引きながら、二振りの刃は何の感触もないかのようにあっさりと、鉄を超える高度を誇る盾を両断した。
さらにエルステルは踏み込む。
先程の逆回しの動きで外へと放たれる双星は、その出逢いの場所にナツヒコの首を捉えていた。
だが、その最高の出逢いに、ナツヒコは左手に持つ大剣のもう半分を差し込み、阻む。
エルステルは踏み切り、双星を押し込む反動で後ろへ跳ぶ。
開いた空間を、頭上へと上り詰めていたナツヒコの切っ先が切り裂いた。
エルステルは右手は順手のまま、左手を逆手に返す。
未だナツヒコを守るように刃をこちらへ向ける左手の半分に、エルステルも逆手に持った一振りを当てた。
ワルツのように華麗に、ストリートダンスのようなキレを見せて、体を一転させるエルステルは、その加速を全て左手に集中させた。
捻りと体重の重圧に、利き手でないナツヒコは耐えられなかった。
守りは弾かれ、左下後方へと流されていく。
押さえを取り払ったエルステルの体はさらに加速する。
右手に宿る星痕が紅く滾り、刃を走らせる。
この速度に、大剣から別れた二本の重みでは対応出来ないだろう。
ナツヒコは右手を剣の柄から放した。
勢いよく手首を利かせて腕を振り抜けば、遊びのある袖の内より短剣が翻る。
銀光が紅火を散らした。
エルステルの輪舞はまだ止まらない。
振り払われ、上へ舞い上がった刃を追うように、右足が回される。
それはナツヒコの右手首を蹴り上げ、短剣が宙に舞って銀光を振りまき、地面に落ちて消えた。
さらにエルステルは開いたナツヒコの右肩に左足を乗せて、足場代わりに飛び上がった。
ナツヒコは体勢の大きく崩された。
「もらったぞ! 夜を切り裂け、流星!」
エルステルの右足に沿うように、一振りの刃が現れる。
上空から蹴り落とし、体重を乗せられた刃がナツヒコに迫る。
やけに耳障りな金属音を鳴らして、ナツヒコの背負う鋼の翼が身を守ろうと包み込む。星痕の輝きが、一際強く目を焼いた。
「でええい!」
防がれるのも構わず、エルステルは蹴り斬る。
その足首からは淡く仄かに青い白星の煌きが溢れ出す。
それはナツヒコの翼を包む鈍銀の星光を斬り裂き、羽の一枚一枚を散らし、そして羽鋼の翼を砕き壊す。
ナツヒコの胸板に届く瞬間、エルステルは足を捻じ込み衝撃を加速させる。
吹き飛ばされたナツヒコの顔には、しかし、笑みが浮かんでいた。
「うぅ――」
背後からの弱々しい呻きに、エルステルは舌打ちした。
振り返れば、頭を抑えながら彗星を構えるピカと、ピカに一人の兵士が迫っていた。
考える間も置かず、エルステルが疾走する。
兵士の首が飛び、エルステルはピカを背にして立つ。時間にして半秒も立たないその動きで絶命した兵士は、自分が死んだことを理解する間もなかったに違いない。
「すみません、隊長」
ピカの謝罪を、エルステルは自嘲するように鼻で笑った。
「人形を過信し過ぎたか」
先程の時間を置いていったエルステルとナツヒコの攻防、その合間に武器の転送を――コンマ二桁の秒単位で位置が変わる相手の行動予測と一ミリの狂いも許されない座標特定を要求され、さらに降下する敵兵の対処までするのは、ピカの処理能力も超えていた。
そのオーバーロードによる緊急措置で、ピカは激しい頭痛と思考力の低下に襲われているはずだ。
一人を守りつつ、星痕者と降下部隊を相手する。エルステルでも生死を賭けるような状況に、笑いしか起こらない。
どうするか、と考えるエルステルの思考へ直接囁かれたかのように、ピカの声が割って入った。
(隊長)
(撤退準備が出来たか?)
エルステルも口は動かさずに思念する。
それだけで通じるのは、ピカが人の意識に入り込む能力を持っているからだ。黙っていてもこちらに合わせて動いてくれるというのは、なかなか便利なものだとエルステルは評価している。
(はい。スペクト様、デシレ様を始め、私たち以外の全ての人員が退去しました。開発データについては、この施設を爆破して消去することになりました。爆破タイミングは、こちらに任せると)
ならば、とエルステルは答える。
(お前の思考制限が解除されるのと同時に爆破しろ。基地の崩壊に紛れてずらかるぞ)
ピカが目を見開く。
危険と不確定要素が多過ぎるとでも言いたいのだろう。
だが、それを進言するのを待つほど、状況は緩やかなものでない。
「この状況だ。どちらにしろ、命の危険を冒さずに逃げられん、確実にな」
まだ何か言いたげなピカを無視し、エルステルはこの隙に降り立っていた兵士を切り捨てる。
その奥ではナツヒコが立ち上がり、二剣を構えていた。
「タフだな、全く」
行きがけ駄賃に二人の兵士の頚動脈と心臓を切り開いた。
「二度も死んでいるお前には言われたくない!」
闘志揺るがず、ナツヒコが二剣を揃えて振り上げた。
それを、こちらも二刀を平行に並べ、左下から切り上げ、弾く。
「そうだな。一度目の生を奪われた恨み、ここで晴らしておくか!」
エルステルは振り上げた二刀を即座に返し、振り下ろす。
「もう一度、泰山府君の前へ送ってくれる!」
ナツヒコはその一撃を下がって避けた。残った羽鋼の翼の半分が、震えだして金切り声を上げている。
これがナツヒコの切り札、宙を自在に舞い踊る十四の刃の翼だ。その背から解き放たれた羽鋼は、一つ一つに星痕の輝きを携えている。
(隊長、いけます!)
その殺意にエルステルの危険を感じたのか、それとも指示通りに動いたのか、ピカがエルステルに準備の完了を告げた。
(よし、やれ!)
この攻撃を捌く身としても絶妙なタイミングだ。止める道理もない。
「了解。コード・スーパーノヴァ発動」
ピカが爆破コードを入力した瞬間、基地が崩れ、爆炎が噴き出した。
「なんだと!?」
足場が崩れたことにより、ナツヒコの集中が散らされた瞬間を、エルステルは見逃さない。
「安心しろ、貴様の相手はしてやるさ!」
吹き飛んだ建材を渡り、エルステルはナツヒコへと向かう。
「隊長!?」
ピカの驚きも置き去りにされる。
双星が逆手に返り、紅と青の明星が舞い上がった土煙の中で煌く。
「暁に舞い踊れ、双星!」
真っ直ぐに飛んでくる羽鋼の一枚を、左手に握る青き星が弾く。
反転。横合いから迫る一枚を、右手に携えた紅の星が砕いた。
紅の小太刀が順手に返される。
目前に迫った羽鋼を、刺突が受け流し、捌ききる直前に手首を返して根元から叩き切る。
逆手に構えた青の小太刀が走る。
一枚を切り上げ、切り落として床に突き刺し、一枚の切っ先に切っ先を合わせて滑らせる。順手に返し、一枚を上下左右からの斬撃を重ねて弾く。
二刀が交錯する一点に飛んできた羽鋼は、砕け散った。
二刀が逆手に翻る。
「うおおおお!」
ナツヒコが叫ぶ。
右上から降ろされる大剣の半分に向かって、エルステルは青の軌跡を滑り込ませる。
ナツヒコの降りた右手が振り下ろした片刃を手放さずに腰の剣を引き抜いた。逆手に握られた剣が振り上げられたのを、エルステルは頭を反らして交わした。
切り落とされた毛先が視界から消えるまで待たず、エルステルは小太刀を握る右手をナツヒコの右手にぶつけ、そこに握られた二本の剣を封じた。
拳をストレートに叩き込むように、左手の小太刀が走る。
それを迎え撃つのは背中まで振り上げられた剣だ。身動きが取れない中で最大の速度まで上げる距離を稼ぐには、最もいい太刀筋だ。
エルステルが、自分の右手よりも速く体を捻り、ナツヒコの右手を弾き飛ばす。
捻りを解けば、バネの如くエルステルの右手に握られた紅の刃が弾かれる。
振り下ろされた斬撃を紅の星が受け止め、砕く。
しかし砕かれてもなお、ナツヒコは剣を振るい、その衝撃がエルステルの右腕を喰らった。
ベキベキと、骨と肉が皮の中で掻き回る感触を認識しながら、エルステルは左手を振り切る。痛みを感じる状態など、疾うの昔に通り過ぎていた。
拳はナツヒコの顔を吹き飛ばし、滑る刃はその勢いで胸を斬り裂いた。
思い出したかのように、周囲の熱がエルステルの肌を炙り出し、爆発の衝撃に床が崩れ出した。
「隊長ぉぉお!」
腰に飛びついてきたピカの叫びが耳元で叩き付けられる中、エルステルは青の星をナツヒコに向かって投げつける。
体が横に流れたせいで、心臓を狙うはずの輝きはナツヒコが引き戻した右手の剣に弾かれた。
ピカに抱えられてその場を後にするエルステルは、爆炎の中でこちらを睨むナツヒコと、炎の中で回りながら消えていく小太刀を見ていた。
全く、大事なところで余計なことをする癖に、どうでもいいところで役に立つ人形だと、エルステルはぼやこうとして、右腕の痛みで喉が掠れた。
次回予告
雪に抱かれて眠る魔術都市ヴィシェリアで怪我の治療を行っていたエルステルだが、完治を待たずに立ち上がってしまう。
そんな彼が暴走しないように、ブルックルはヴィシェリアで起こる『神隠し』について語る。
人々を浚う時に見え隠れする小さな影の正体は、悪魔。
星に願いを・第二話
『人と触れ合えない存在』