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星に願いを  作者: 奈月遥
第一話 忘れてしまった世界
2/4

未来のために、過去へ

 ***


 エルステルが会議室の扉を開けば、もうそこに開いている席は二つだけだった。埋まっているのは、三つ。

「エルステル、新しいVDシリーズの様子はどうじゃった?」

  五芒星に配された席のうち、扉に最も近い位置に座っていた老人がエルステルに振り返る。

 席の配置に魔術的な意味はなく、単純に話しやすい状況にしただけなのだが、エルステルはデシレとのやり取りを思い出してしまい、舌打ちを必死に堪えた。

 白衣に袖を通し白い髭を伸ばした彼、ブロックル・シンドリは、今でこそ一線を退いたが、優秀な武器開発者だった。その生産ラインは今でも組織で最も優秀な兵器軍だと言われる。今は開発時に培った物資流通と輸送機の知識から、補給と輸送を一手に引き受けている優秀な人材だ。二度生まれ変わってもなお顔を合わせるほどの古参である彼に、エルステルは無礼を働く気にはならない。

 ハルモニィという人種は、修復可能なマキナや転生後も記憶が受け継がれるフェアリーとは違い、年齢による身体能力低下が著しいのに、それでもこうして共に戦ってくれているのだ。

「調整にもう少し時間がかかるようだ。デシレは遅れる」

 エルステルは必要なことを端的に告げて、ブロックルの対辺であり、残りの二人に挟まれる自分の席に腰掛けた。

「なんか、機嫌悪い?」

 ほぼ確信しているというニュアンスで言葉尻を上げて、エルステルの右手に座る男が声を掛けてきた。三角の長耳は頭の上に乗り、ゆらゆらとしっぽを振る彼は獣人種ベアストであり、僅かな『違和感』にも聡い。

 無数にあるリングタイプのイヤリングは全て貴金属、さらに宝石が散りばめられた腕輪や指輪を光らせ、気障ったく髪を跳ねさせたその人物――イクス・アーチは、だがしかし、見た目ほど軽くもなければ、仲間想いでもある。

 探索部隊を率いる彼は、組織がすぐに手助け出来ないほどの奥地までも遺跡を巡り歩く。全ての文化が失われたこの忘暦では、貨幣経済など言葉でも存在しない場所など珍しくない。もしもの時に生き残る食料を買うためには、質量の存在しない電子マネーなどでなく、このような鉱石や宝石の方が信頼できるのだ。

「そんなことはない」

 だが、それでも見た目が見た目で、性格もそこそこそれに準じているため、エルステルもブロックルに比べれば遥かに邪険にしやすい。

「では、会議を始めるか」

 目の前で起きた寸劇を無視して、最後の一人が口を開いた。

 彼こそが、この場に集まった者が属する組織であるカルチャー・ヴァルチャーを取りまとめるスペクト・アウスグレーベだ。ハルモニィらしい特徴のない外見だが、理知的な顔立ちから醸し出される存在感は組織トップに相応しい。

「ブルックル老、文化の再生は現状どの程度の進み具合だ?」

 文化の再生――それこそがカルチャーヴァルチャーの最大の目的だ。文化を失った忘暦で、かつて人々が築き上げた栄光を復元し取り戻す。現在の世界で起こっている問題の多くはかつての失われた技術で解決でき、そうでないものも対処が大きく前進する。

「過去に跳躍したVDシリーズの情報収集は想定よりも進んでおる。まっこと、デシレさまさまじゃな。それでも、ミッシングリングが多くての、復元の効率は良いとは言えん。一万を超えた年月で積み重ねられた文化を取り戻すのは、そう容易ではないということじゃな」

 ブルックルの返答は重苦しいものだった。

 文化・技術発展は生物の進化と同じく連続的なものだ。最新の技術がそれまでの技術を前提としている以上、ある一時期の情報があっても、それまでの積み重ねがなければ基礎となる部分が解析不能となる。特に画期的な発想――ブレイクスルーと呼ばれる技術は、それこそ時代を変えていく。

 ブルックルがミッシングリングと称した技術の空白が埋められない以上、どんなに革新的な知識があってもそれが再現できないことになる。

「まぁ、儂よりデシレの方が現状には詳しいよ。後で聞いとくれ」

 スペクトは静かに頷いた。

「イクス、この時代の遺跡探索はどうだ?」

 時代の空白を打破する手の一つが、現在は機能していない過去の建造物群――すなわち遺跡と呼ばれるものの調査だ。そこで発掘した物から再生された技術も多い。ただし、その九割以上が外れであるのだが。

「VDからのデータを参照して調べてるけど、マシンのテリトリーにあるのが多くって、なんとも。つーか、あいつらの縄張り広すぎて」

 イクスはひらひらと手を振って降参のポーズを取った。

 マシンとは、かつて最も人間が多く住んでいたという最大の大陸であるこのセンテル大陸の大部分を支配している存在だ。支配のやり方は単純で、自分の『領域』に踏み込んだ人間を見境なく抹殺するだけだ。このせいで、センテル大陸で人間が住める土地は二割にも満たないと言われ、マシンのテリトリーは人の手が入らないために、樹木が繁茂したり、逆に砂漠化進んだりしていて、通り抜けることすらも困難になっている。

「やはり、思うようには進まんか」

 ここまで無表情を貫いていたスペクトも流石に嘆息した。

 彼の手により、組織内部は安定して反乱やスパイの心配は限りなく低くなり、確かな前進もしている。だが、先が全く見えない。

 終わりの見えないマラソンは、どうしたって人の意欲を殺ぐ。トップがどれだけ決意固くとも、組織を動かすのは多くの一般人員なのだ。

 そしてスペクト以上に、エルステルの胸の内は重かった。カルチャー・ヴァルチャーが発足してから、離れていた時期もあるとはいえ、五十年以上を転生を繰り替えして守ってきたエルステルは、過去にどれだけの苦労があったのかと、つい思い返してしまう。

「これまでの苦難に比べれば、道は平坦になった。あとは走り抜くだけだ。確実にな」

 それでも、エルステルの言葉は、歩み続けるというものだった。ここでトップが少しでも諦めを持ってしまったら、それこそ組織が瓦解してしまう。

「そうだな。あとは、VDシリーズをこれからどう運用するかだが」

 エルステルの言葉に後押しされ、スペクトはもう一度決意を胸に呼び起こす。

 そして次の話題に行くために、どうしても必要な人物がまだ来ないのかと顔を上げると、ちょうど部屋の扉が左右に裂けた。

「お待たせしてしまったかしら?」

 会議の様子を見渡しながら、一人のマキナを連れてデシレが部屋に足を踏み入れる。

「いいや、ちょうどお前に話が向けられたところだ、デシレ」

「あら、ぴったりなのね」

 端的に状況を告げるエルステルに微笑み返しつつ、デシレは彼の前、ブルックルとスペクトに挟まれた席に座り、連れて来られたマキナはその後ろに控える。

「彼が最新のVDシリーズか」

 スペクトは値踏みするようにデシレの後ろに立つマキナに視線を滑らせる。あるいは、その性能を探っているのかもしれない。

 マキナのエンジェルハイロゥを模倣した神経接続型の電脳送受信機マルネルヴェはこの忘暦でも実用段階に至っている。スペクトもそれを移植しており、高性能な演算回路をインストールしているのだから、電子情報で探れる相手の走査くらいはするだろう。

 エルステルはその様子を横目で見ながら、後で感想でも聞こうかと思っていた。デシレが喉を振るわせるまでは。

「ええ。VD-22ログ・アウスオル――最後のVDシリーズにして、最高傑作と呼べる子よ」

 多くの戦場で、刹那の判断を下して命を繋いだエルステルの思考回路が、デシレの言葉を追うのを躊躇った。

 次に、デシレの声で鼓膜が揺らされるのが止まる前に、エルステルは目を見開いた。

 席から立ち上がり叫んだのは、彼女の台詞が終わり、まだそのアルトが空気を震わせている間だった。

「アウスオルだと!? 何を考えている、デシレ!」

 真横からの不意打ちを受けて、イクスの耳は瞬時に伏せられたが、間に合わず耳鳴りを食らってしまった。

 ブルックルは言葉にしないが、やれやれと首を振った。

 スペクトはログに向けていた視線を緩やかな動きでエルステルへと移した。

 ただデシレだけが、射抜くように鋭いエルステルの視線を受け止め、平静を保っていた。

「何をそんなに驚いているの? 名前なんて、VDシリーズにとってはただの識別コードじゃないの」

「貴様が名前をそんな風に軽んじないのは、この場にいる全員が知っている!」

 屹然と返すデシレに、苛烈に反論するエルステル。

 ともすれば、嵐でも起こりそうな程に感情が押し込められた空気を、エルステルの目の前で上げられたスペクトの手が遮った。

「エルステル、今は会議中だ」

 エルステルは呻きを吐き出した。そしてデシレへの視線を引きはがせないままに、ぎこちない動きで腰を降ろす。

 エルステルが着席したのをしっかりと確認してから、スペクトはデシレに目を向けた。

「それで、デシレ。VD-22……ログ・アウスオルは何時の時代に送るつもりなのだ?」

 エルステルは顔を上げ、スペクトを睨んだ。しかし、組織の統括と認めている男に対して、立場ある自分が感情のままに訴える訳にもいかず、なんとか不満を飲み込んだ。

 デシレはちらりをそんな姿を視界に納めておいた。

「この子は、現状で戻れる最も古い時代、暗黒暦に行かせるつもりよ」

「暗黒暦? 可能なのか?」

 エルステルは今度は純粋な疑問を口にした。

 ラグナガルドの歴史は古いものから、神暦、暗黒暦、帝国暦、聖暦、戦歴、誓暦、忘暦と続いている。これまでは、暗黒暦よりも古い時代への時間跳躍は出来なかった。デシレの見立てでは、なんらかの時空断層がそこにあるのだという。最も、他の時代もピンポイントに飛べる訳ではなく、どんなに計算を細かくしても百年単位で誤差が出ているのだが。

「時空断層は越えられないけれど、その直後には行けるはずよ。そこで問題が解決出来れば、あるいは」

「神暦――神の時代まで戻れる可能性が出てくるのじゃな」

 神暦には、神がまだ世界に存在し、人々を治めていたと言われる。この時代は誓暦を含めてこれまでの時代で最も人々が満たされ、文化も技術も最高レベルであった。それが忘暦どころか、暗黒暦にも伝えられなかったのは、神々の戦争による混乱によって、人々が疲弊したからに他ならない。

 その時代の文化さえ持って帰ることが出来れば、この絶望的な時代に希望をもたらすことが出来るかもしれない。

 エルステルは、デシレの後ろに控えるログ・アウスオルに目を向ける。

 身長はエルステルと同じほどで、顔立ちは落ち着いている。髪は起きたばかりのはずなのに、どこでセットしたのか空気を掴んでいる。緑金の瞳は、デシレの榛色の瞳が移ろう一瞬を留めたようでもある。

 中身については、デシレなりスペクトなりに訊いた方が早いだろうと見切りを付けて、気にはしていない。

 エルステルが一通りログを見回した時、突如視界が赤く染まり、耳障りな電子音が繰り返された。


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