熊は黒髪を見つける
これは一体どうすればいいのだろうか――――――。
リーシャは頭を抱えたくなった
目の前に倒れているのはひとりの男。
今日の仕事をこなし、くたくたになって帰ってきたリーシャの目に飛び込んできたのは、名前も知らぬ見ず知らずの男が人んちの庭の草花に血をまきちらしながら倒れていやがる光景だった
「―――――お前、誰だ?」
とりあえず、聞いてみる
「……………………………。」
返ってきたのは無言。
「……死んだふりが通用するのは熊だけだが?」
「…………………………………。」
でも無言。ずっと無言、終始無言。
つんつん挿す指を引っ込め、今度はう~んう~んと考え込む
全身から血を大量に流し、無言なことから気を失っているであろう男はうつ伏せの状態で顔は見えなかったが、手や髪質からまだそこまで年をとっていないことが分かる。むしろまだまだ若いほうだろう
血まみれになった衣類は黒で統一され、ところどころそれは千切れて傷口をのぞかせ、肩から伸びているマントはズタズタに引き裂かれていたが、血に濡れていない場所を視る限り、相当高価で頑丈な生地で作られているようだ。[下]での身分は高い人間そうだ。
しかも、不思議なことに男が流したその血は地面に触れたとたん、そこの芽吹いていた草木が一気に成長し始めた。
いやな予感をひしひしと感じながら、リーシャは注意深く男を観察する
時折痙攣を起こすかのように震えるその身体は、呼吸するにもつらそうだった
一言でこの男の今の状態を表すなら、『風前の灯』がきっとぴったりだな――――――。
なんてちょっと物騒なことを上の空で思いながら、リーシャはとりあえず男をその場で仰向けの状態にした。
例え厄介事とめんどくさそうな臭いをプンプンと撒き散らすような男でも、一応は“命”である。深く突っ込むよりもまずは人命救助だ。
白の簡素な膝丈のワンピースが血にまみれるのも構わずに、リーシャは男の頭と背中に手を当ててゆっくりと彼が呼吸を出来やすい体制にさせてやる…………すると彼女は眼を瞠った
「おっと……これはまた――――」
そこでようやく見ることのできた男の顔は、目ん玉が飛び出るほど容姿の持ち主だった
怪我を負ってなおサラサラと輝く艶のある黒髪によく映えるほんの少し黄が入った肌、そして精悍なる顔立ちは大量の血を浴びていてもその輝きはまったく損なわれることがないように見えた
「誰だよこの美形さん………」
ここまでくると驚きを通り越して呆れることしかできなかった。
イケメンもここまで来ると目の保養ではなく毒である。……いやこいつの場合は猛毒か。
異性に関心のないリーシャでさえもこの容姿には度肝を抜いた。昔のクラスメートの女子なら眩暈をおこして卒倒し、意識不明の重体モノのレベルであろう
一瞬作業する手が止まり、男の顔を凝視する
「これが本当のイケメンってやつか………。さすが異世界ファンタジー、チート感が半端ないな」
こちらの世界に来てから女はともかく、むせ返るような熱気を持った男たちなら腐るほど見てきたが、ここまでの人物はさすがに見たことがなかった
しかも黒髪だ。
極めつけのその事実にリーシャは眩暈を感じた
なんてこったい
こんなの見せられちゃあ私が今まで見てきた男どもはいったいなんだったんだ。
今まで 眼福眼福~ なんて思って見てた男たちもこの男の前では足元にも及ばない
なんだか無性に日本人だったころの自分を張り飛ばしてやりたくなった
目を覚ませ、世の中は広いんだ。上には上がいるぞ!と
ちょっと放心しながらも気を取り直し、リーシャはとりあえず治癒魔法を施すため服の釦をひとつずつ外していった。
いや、…………決してやましい気持なんかナイヨ。
治療のためだよ治療の。
別にどんな筋肉してるのかなーなんて思っちゃいないんダカラネ
異性に興味はまったくなかいが、鑑賞対象として男を見ることはリーシャは好きだ。恋人とか、そういう関係になると一気に萎えるのだがただ単に目の保養の対象として見るだけなら、無類のイケメン好きだった。
美形は手に届かないものだから美形なのだ。
持論である
それを自分みたいな平凡女が恋人関係になりたいとか考えるのは考えるだけでおこがましいというもの
そこらへんはちゃんとわきまえているのだ。
遠目に美形さんを見つけたら「お、今日はラッキーだな~」なんてくらいの気持ちで眼福しながら眺めているのがリーシャに見合った最善の“世の美形さん”とのお付き合いの仕方だった。
世の中には分不相応、向き不向きという素晴らしい言葉がある。
それをリーシャは日本人らしく悲しくなるくらい純粋に踏まえていたのだ
決して顔にはださないものの、久しぶりに見た美形に胸を高鳴らせちょっとした淡い期待を抱きつつ、リーシャは釦をすべて外し終えた
しかし隠されていた新たな傷口をみつけた時、無表情を繕っていた表情は一気に歪んだ
「あーもう。太陽神のバカヤロー、一体何を考えてるんだよー」
思わず陰口も叩きたくなる
つい今まで感じていた邪念も吹き飛び、リーシャは彼の傷口をそっとなぞる
驚きと呆れを通り越して今度は若干の怒りを感じてきた
傷は男のわき腹に深く、心臓の近くまで“呪い”が浸食している状態だった
ここ最近、パンゲアのとある国がしつこく、腐った納豆のようなねちっこさでこちらに全面戦争持ちかけてきていた理由がようやくわかってリーシャは納得しながらも心底呆れる溜息を吐いた
「でもこんな髪色して、よくここまで[下]で生きてこられたなー。大変だっただろうに。」
きっと利用されるだけされ、あとは物のように扱われていたのだろう
黒髪で、身体から溢れんばかりの魔力
パンゲアも、これなら[上]を滅ぼせると思ったに違いない
男に対して哀しみの感情を持ち、リーシャは[下]の欲に溢れた人間たちが今まで以上に嫌いになった
「――――――今、楽にしてあげる。その“呪い”相当きつい筈だろうから」
私と同じだ……。リーシャはそう思ったのだ
片手を男の胸の上に突き出し、掌に自分の気を集中させる
すると、男とリーシャの下に大きな魔陣が浮かび上がった。
ほのかな緑色を帯びた魔陣は男の下でゆっくりと反時計回りに回り始め、次第に光の粒を無数に帯び始める。
無数の光の粒は次々とリーシャの手の下に集まり、その明るさを大きいものにしていく
共鳴するように、ざわざわ…と、ふたりを囲う草木が己の葉をこすり合わせる。
リーシャの魔力の風になびくように、ふたりの服や髪がなびいていく。
目を、瞑った
『……月の女神よ、この男の生命の水をお飲みになるのはお止めください。』
唐突にぼそっと、リーシャは今まで喋っていた言葉とは違う言語でそうつぶやいた
――――――――― あら、残念。
からかうように、でもちょっと残念そうな声が頭に響く
――――――――――― ついにリーシャにも、春が来たのかしら?
『馬鹿なこと言わないでください。これ以上すると、太陽神にあなたの居場所を言いつけますよ。どうせまた逃げ出してきたんでしょう? 』
そう言った途端、女神はいや~ やめて~ と叫んで気配を消した
リーシャは軽く嘆息し、目を開けた
気を取り直し、充分に集まった光の玉を男の傷口にあてる。すると傷は見る間に小さくなり、10秒もかからないうちにその傷は消えた
それと同時に他の傷も癒されていき、魔陣が消えて光の粒も霧散する時には全身の怪我と傷はすべて綺麗になくなったいた。
死んだように真っ青だった顔も赤みがさし、細い呼吸も熱い吐息が漏れるようになった
これで安心か――――――――――。
ほっと安堵の息を吐き、リーシャは微かに唇の端を上げる
すると、
「ん……………。」
身じろぎする
男はゆっくりと長いまつげに飾られた瞼を持ち上げて、リーシャを見上げた
「目が覚めたか?」
慌てて唇を戻し、リーシャは平坦な声で問うた
これが、ふたりの出逢いだった――――――――。
ちょっと長くなった?
ちまちまと1週間書きためて、ようやくうpですw
でもまだヒーロー全然喋れてないorz
次は初絡み




