第6話 二杯のコーヒー、二つの画面形式
side 零魔
俺の名前は龍光牙零魔。現在17歳のごく普通の高校生だ。
これでも龍光牙流という古武術の達人であり、先祖代々続く世界的に有名な暗殺者の家系でもある。
そんな俺が今何をしているのかというと・・・・。
零魔「おっと」
ガガガガガ!!!!、バキ!!!
俺は飛んできたナイフの群れを素手で叩き落とした。
零魔「スローすぎて、あくびが出るぜ(笑)」
この程度大したことではない。
零魔「やれやれ、派手なお出迎えだな。」
敵対者「腰まである長い銀髪に、血のような紅い瞳・・。そして俺の投げたナイフを全てはじき落とすとは・・・・・。貴様が龍光牙一族の現当主、零魔で間違いないようだな」
零魔「ああ、、、その通りだ。で、俺を襲うお前さんはどこの組織の人?悪いが心当たりが多すぎてね」
敵対者「ふざけたやつめ!!!次は外さんぞ!!死ね!!!!!!」
ヒュン!!ババババババ!!!!!
零魔「甘いな!!!!」
敵対者「何!!!??。またかわしただと!!今のはとっておきの暗器だったんだぞ!?!?」
零魔「フッ・・・・・・ナイフだろうが銃弾だろうが、飛んでくる軌道を見切れば避けるなどたやすいことだ」
敵対者「バ、馬鹿な・・。もはや人の技ではない・・・・・」
零魔「俺が強いんじゃない。お前が弱すぎただけさ。しかし、たった一人で俺の相手をしようなんざ、見くびられたもんだぜ」
敵対者「くそ!覚えてろよ化け物め!!!!!!」
零魔「逃がすかよ!俺に敵対したことを、あの世で後悔するんだな!!!龍光牙流奥義鎌鼬!!!!!!!」
ザシュ!!!!グシャ!!!!!
敵対者「ぐわあああぁあああああ!!」
龍光牙流奥義鎌鼬は、大気中に真空を作り出して攻撃する技だ。
その威力は硬い岩をも両断することができるほど。
本来難易度が高い技なんだが、俺は天才なのですぐに覚えることができた。
そういえばその時は俺の師匠でもある親父が驚いていたっけ。
敵対者「お、おのれ龍光牙零魔・・・・・・・・・・ぐふっ!!」
俺を襲ってきた敵は真っ二つになって死んだ。
零魔「あっけない敵だったな。ん?なんだ?」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ.....
零魔「この地響きは一体・・・・?」
零魔「な!?!俺の体が急に光っているだと?これは・・・・うわぁああ!!?!??」
ドッゴーン!!!
零魔「痛たたたた・・・・、どこだここは?」
??「ようこそおいでくださいました、勇者様」
side アストレイア姫
私の名はアストレイア。ここエルナージュ国の姫でございます。
我が国は長きに渡る魔物達との戦いで疲弊しており、このままでは王国崩壊の危機です。
そこで私は、城の奥深くにあったいくつもの魔法書を漁り、古代の禁呪を使って異世界から勇者を召喚することにいたしました。
それは、失敗すれば術者の命を失うという禁呪・・・・
無論、王である父様や、小うるさい大臣達には内緒です。私はただ、何もできない姫という立場が嫌だったのです。
今だけはこの国を憂う一人の民として行動したかった。それだけなのです。
アストレイア「神よ、精霊よ、今こそ異なる世界への扉を開いてくださいまし!!!」
ゴゴゴゴゴ・・・・・・
アストレイア「!???地響きが!!?これはもしや・・・・」
アストレイア「勇者様、どうか私の願いに応えて・・・・!!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・。。。
アストレイア「光が部屋に満ちて・・・・きゃあ!!?」
ドッゴーン!!!
零魔「痛たたたた・・・・、どこだここは?」
私の目の前にはいつの間にか、燃えるような紅い目をした美しい顔のお方が現れておりました。
ああ、奇跡です!このお方が勇者様なんですね!!!!
それにしても、なんという見目麗しい方なのでしょう///
アストレイア「ようこそおいでくださいました、勇者様」
◇
なんだこれ。
「なんだこれ」
あ、心で呟いただけのはずが、衝撃のあまり口にまで出てしまった。色々とツッコミたいところがあるが、それが多すぎて上手く言葉にできない。文章作法がなってないとか、擬音ばっかりだとか、そんな簡単な話ではない。まさに、なんだこれとしか言えない。
背筋に冷たい汗が流れているのが分かる。とめどなく襲ってくる不快で珍妙な感覚に、思わず目眩がしてきた。
「なんだこれと言われましても。師匠に言われた通り書いた、オープニング部ですが」
「いや、俺が言いたいのはそういう意味じゃなくてね」
本当になんだろう、この代物は。来夏に設定集の束を見せられた時以来の衝撃だ。俺は今、脳内を直接、思い切り鷲掴みにしてかき回されたような、恐ろしい感覚を味わっている。
「そういう意味ではないと。それでは、どういう意味なのですか?」
「えーとね……。その、来夏君」
「はい、なんでしょうか師匠」
「この『side』ってのは、一体何かな……?」
「おお、いいところに気が付きましたね、師匠」
まるで骨董店で、掘り出し物を発見した客に声をかける店主のような来夏。確かにこれは、見方を変えれば掘り出し物かもしれない。言葉の頭に「悪い意味で」という単語が付くが。きっと呪われたアイテムの類だろう。もちろん一度装備すると外せないに違いない。
「なんとですね。『side』という表記を使用すると、楽に登場キャラの視点が変更できるんですよ」
「へ、へぇ……。で、台詞の前にキャラの名前が付いてるのはどうして、かな?」
「名前が付いてあると、誰が喋っているのか一目で分かるじゃないですか。便利なんですよ」
「そうか……」
「はい」
俺は鈍痛がしてきた頭を押さえると、マリアナ海溝級の深い溜め息を吐いた。溜め息を吐くと幸せが逃げていくなんて迷信があるが、それが真実なら今の一回で俺の中の幸せ数値は大幅にダウンしたことだろう。
「師匠、どうしたんですか。突然溜め息とか失礼ですよ」
君のせいです。
「もしかして、私の書いたプロローグに何か問題が?」
お、鋭い。今日の来夏は冴えてるな。
「その通りだ来夏。このオープニングだが、ボツだな」
「ボツですか」
「ボツだ」
「どうしてもですか?」
「どうしても、だ」
「ふむん」
来夏は顎に手を当て、難解なトリックを解き明かす探偵の如く怜悧なさまを見せる。
「おい、来夏?」
「すいませんが、どこが悪かったのか少し考えさせてください」
そう言って、将棋の竜王戦で対局中の棋士のような長考に突入してしまった来夏。待ち時間は不明だ。
「仕方ないな……」
手持ち無沙汰になってしまった俺は、PCの前で熟考中の来夏のために飲み物でも持って来てやることにした。借金もあるし、今の内に媚びを売っておこうという打算もある。大人はいつだって汚いのだ。
「来夏はコーヒー飲めるか?」
「はい、大丈夫です。師匠が入れてくれるのですか?」
「うん? まぁ、安物だけどな」
ぶっちゃけるとインスタントだが、別に構わないだろう。これでもし安物は口に合わないなんて言い出そうものなら、師弟の縁を切って破門にしてやる。
そう思いつつ、俺はキッチンへと移動して手早くお湯を沸かしてコーヒーを入れる。インスタントなのでお手軽だ。あっという間に作り終えると、二人分のカップを持って部屋に戻った。
「ほれ、熱いから気を付けろよ」
「ありがとうございます」
カップを受け取った来夏は、ちびちびと飲み始めた。猫舌なのか、非常にゆっくりとした所作である。礼儀正しく音を立てずに飲んでいるのは、さすがお嬢様と言えよう。
「悪魔のように黒く、地獄のように熱いコーヒーですね」
「なんだそりゃ」
「かつてナポレオンに仕えた政治家である、タレーランという人の残した、良いコーヒーに対する賛辞の言葉です」
「来夏は博識だな」
「いえ、それほどでも。それで、この言葉には続きがありまして」
「ほぅ」
「後半は──天使のように純粋で、愛のように甘い──です」
「つまり、来夏は俺が入れたコーヒーを褒めていると解釈していいのか?」
「いえ、私からの評価は前半部分だけです」
「つまり、飲んだ感想は熱くて黒いってだけじゃねぇか!」
そのまんまだよ、全然褒めてないよ! 安物で悪かったな、ちくしょう!
俺は八つ当たり気味に自分の分のコーヒーを、一息に飲み干そうとして煽り、
「って、めっちゃ熱ッ! 舌がやけどする!」
一口飲みかけたところで中断した。
「何やってるんですか、師匠」
来夏も呆れ顔だ。……いや、表情は変わらないけど。
「……で、来夏」
「なんでしょうか」
「答えは出たのか?」
「いえ、残念ながら。side表記か、台詞の前にキャラの名前を書いたことのどちらかに問題があったのではないのかとは推測したのですが」
「惜しいな」
「惜しいのですか。やはりこのどちらかに問題が?」
「どちらかというか、どちらもだな」
「なんと」
俺の言葉に動揺したのか、来夏は抑揚のない声で驚きを表現する。
「そもそもだな。俺はオープニング部については小説として提出してくると思っていたんだよ」
「私はそのつもりで提出しましたが」
「あのなぁ、来夏。キャラの台詞の前に名前が付いているのは、小説じゃなくて『台本形式』というんだ」
「ふむん?」
「台詞の前にキャラの名前が付いていなくても、誰と誰が会話しているのかが読者に伝わってこそ、小説と呼べる代物になるんだよ」
「む」
返事は短い声一つ。
「台本形式は、一部の特殊な場所でしか好まれない書き方なので、今後は控えるように」
「はぁ。了解です」
某大型掲示板なんかでは、SS創作する時に台本形式で書くのが流行ってるんだけどね。初めて文章を書くような初心者がこっちから入ってしまうと、後々きちんとしたものを書こうとした時に弊害が出てしまう恐れがある。初心者は、まずは正しい書き方から覚えるべし。
「では次に──」
「ちょっと待ってください師匠」
「まだ何か言いたいことがあるのか?」
俺の話を途中で遮った来夏は、どことなく不満そうな色を目に添えていた。
「私がプレイしたエロゲーでは、キャラの台詞の枠には必ず名前も添えてありましたよ」
「んん? つまり来夏は、台本形式はエロゲ……ノベルゲームと同じスタイルだと言いたいのか?」
「そうです」
「んー、そうだな。ゲーム製作に直接関係するような部分はそのうち詳しく説明しようと思ってたんだが……。ノベルゲームと呼ばれる代物には大雑把に分けて二つの形式があってな」
「二つ、ですか?」
「そう。全画面形式と小窓形式だ」
「ふむん。それらはどう違うのです?」
「まず全画面形式はその名の通り、画面全体に文章が表示されるタイプなんだ。こっちは後者の小窓形式のと違い、台詞の前にキャラの名前も付かない。簡単に言えば一般的な小説とほぼ同じ形式でそのまま文章が書いてある。で、後者の小窓形式の方は、来夏がさっき言った画面下部に台詞枠があって、キャラの名前も添えてあるタイプだな」
「なんと」
「来夏はまだ全画面タイプのゲームは未プレイか?」
「はい。私がプレイしたことのあるエロゲーはまだ十本程度なのですが、その全てが小窓形式でした」
さもありなん。現在のエロゲー業界では、全画面形式は主流じゃないからなー。
「全画面の方は、主に文章で魅せるような、ライターがガッツリ細部の描写まで書くタイプだな」
「なるほど。では、小窓形式の方はどうなのですか?」
「小窓の方は、小説形式そのままで書ける全画面形式と違い、細部を簡略するタイプになる」
「ふむん?」
ん、言葉が足りなかったか。
「まず、名前が枠の上に添えてあるから地の文で『誰々が喋った』と説明する手間が省けるし、背景画像もキャラの立ち絵もあるから、描写が最低限でいいんだ。ユーザーは直感的に絵を見ただけで勝手に判断してくれるからな。もちろん全画面の方だって背景や立ち絵は存在するが、あっちの方は小説と同じように書けるのが売りだから、描写の省略はしない」
「おお。それだけ聞くと、小窓形式の方が楽そうですね」
「そう見えるか?」
「はい、見えますが」
「そうか。小窓形式は確かに台本形式に近いし、書くのが楽そうに見えるかも知れない。でもな、世の中そんなに甘い話はない」
エロゲーとは、奥が深いのだ。
「師匠の話を聞く限りでは、書くのが楽そうにしか思えないのですが」
「甘い、甘いぞ来夏。そこが素人の浅はかさ! さぁ、俺の話を聞いて驚くがいい!」
「一人でテンション上げてないで、話を進めてください」
「あ、うん」
なんか一気に盛り下がった。
「ほら、師匠早く。巻きです、巻き」
「……えーとね。一見台本形式並に簡単なように見える小窓形式だけどね、中には全画面形式と同じようにきちんとした描写が必要な場面もあるんだよ」
そう。そういう箇所が確かに存在するのだ。なので、ノベルゲーム製作をする時、文章を書くのがズブの素人だとそこで躓いてしまうことになる。
「それは一体、どのような場面なのでしょうか?」
「それはな、一言で言うと『山場』だ」
「山場」
オウム返しに、俺と同じ言葉を繰り返す来夏。
「具体的に言えば動きのある場面だな。たとえば、戦闘シーンとか。こういう場面は、会話とエフェクトと効果音だけではごまかすのが難しいからな。ちゃんと地の文使って、どのように戦っているのかをしっかり描写しないとユーザー側は理解できない。来夏の書いた台本形式のオープニングなんか、そのままゲーム化したらひどいと思うぞ? 戦闘シーンらしき部分もあったけど、ほとんど会話と擬音ばっかりで何やってるのかさっぱり分からなかった」
「おお、なるほど。言われてみれば確かに。これは今後改善せねばいけませんね」
切実に頼む。台本形式の文章は、俺の心身に多大な負担をかけるのだ。
「……で、他にもあるだろう?」
「何がですか?」
「いやいや。一番肝心な山場が残ってるだろう? 戦闘シーン以外で、ゲームの中で最も重大な動きのある場面が」
「ふむん?」
来夏はかわいらしく小首を傾げる。どうやら分からないようだ。
「ほら、来夏が作りたいのはどんなゲームだ? アレが残ってるだろう、アレが」
アレだよ、アレ。
「……………………ああ、分かりました。エロゲーの中で最も重大な場面といえばこれしかないですね。エロシーン──つまり俗に言う、濡れ場ですか」
正解。