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第5話 プロットは計画的に

 部屋の奥に設置されているPCの前で、俺は来夏と共に座っていた。


 まだ世間では春とはいえ、すでに季節は五月。陽気というよりは少々暑さを感じるくらいだ。窓もカーテンも閉めきった狭い部屋だと、余計室温も上がるというもの。


 ならば窓もカーテンも開ければいいじゃないかという話なのだが、女子高生を部屋に連れ込んでいることがご近所さんにバレたら怖いので、今だけは念を入れてシャットダウンだ。


 だが、俺が心持ち暑さを感じている一番の原因は、きっと閉めきった部屋のせいではない。来夏が俺のすぐ斜め後ろに陣取り、肩口から覗くようにモニタの画面を見つめているせいだろう。吐息すら感じ取れるような、非常に近い距離だ。この娘は俺のことを男性として意識していないのだろうか? それとも──。

 

「まぁいいや、巻きでいこう巻きで」


 細かいことや面倒なことは考えずに、俺は俺のやるべきことだけしていればいいのだ。


「巻き、ですか?」

「ん? ああ、巻きってのはな……」


──説明しよう! 巻きとは、業界用語で物事を早く進めるという意味である!


「……というわけだ」

「なるほど」


 ちなみに、業界といっても芸能界の方なので、ゲーム製作とはあんまり関係のない用語である。


「来夏は俺が指定した量より少なく書いてきたが、まずは中身を読んでみないと始まらんからな」

「恐縮です」


 俺が今使っているのは、専用の小さな机の上に置かれたデスクトップ型のPCである。数年前に買った大手のメーカー製で、今となっては型落ち品もいいところ。しかし、それなりにパーツを増設しているので快適に使えている。本当なら自作するのが一番安上がりなのだが、単純に面倒だったのだ。


 現在我が家に置いてあるPCはこれ一台のみ。仕事と趣味に分けて別々のPCを買うほどの余裕もないので、共用となっている。


 ……つまり、HDDの中には俺が収集したエロ動画やエロ画像諸々が溢れているのだが、その辺は一見して来夏にバレないようにファイルの奥底に巧妙に隠してある。でなければ、年頃の女の子の前で自分のPCを晒したりするものか。全ては紳士の嗜みというやつだ。


「では、プロットから拝見、と」


 俺はマウスを動かしてプロットの書かれたテキストを開く。カチカチという、無機質なクリック音が二度響いた。すぐさまモニタ──それも、液晶ではなく今時珍しいCRT型──に中身が映し出される。


「これは……」

「どうですか師匠?」


 言葉も淡泊だし表情も恬淡(てんたん)としているが、どこか自信ありげな様子の来夏。その無駄な自信は一体どこから来るのだろうか。


「そうだな。このプロットは一言で言うと……」

「言うと、どうなります?」

「ボツだな」

「ボツ?」


 む、意味が通じなかったか。


「ボツというのは、漢字でこう書く」


 来夏の目の前で、漢字の没という字を指で中空になぞってやる。


「なるほど、その没ですか」

「この没は没書の略でな。掲載できませんという意味だ。つまり……俺の言いたいことが分かるな?」

「何がですか?」


 はっきり言わないと駄目か。


「このプロットでは不可ってことだ。却下ってことだ。やり直しってことだ。リテイクってことだ」

「なんと。それは驚きです」


 全然驚いていない風に言う来夏だった。


「しかし師匠。具体的にどこが悪かったのでしょうか? この通り、起承転結を盛り込んで全十話で終わるような内容にしたというのに」

「ん~、そうだな。来夏、学校の成績は?」

「はぁ。私の成績ですか? それが何か話に関係あるのですか?」

「うん、まぁな。で、どんな感じ?」

「入学以来、学年で十位以内を常にキープしていますが」

「自慢か? 自慢なのか?」

「別に自慢ではありませんよ。ただ、予習復習をしっかりこなしているだけです」


 何それすごい。そんな優等生発言を真顔で言えるやつを初めて見たよ、俺は。


「あ、もしかして学校のレベルが低いとか……」

「うちの学校は栖鳳(せいほう)ですが」

「え……栖鳳って、栖鳳女学院?」

「その栖鳳です」


 なんということだ。栖鳳女学院といえば、頭に超が付くお嬢様学校じゃないか。


 ……って、来夏は城戸家のお嬢様だったな。ジャガーで送迎されるほどの。別に今更驚くほどでもない……のか?


「それで、結局私の成績がどうしたのですか?」

「ああ、そうだったそうだった。以前指摘しようとして忘れてたんだが、プロットにある来夏の作品の題名についてだ」

「題名ですか。『アルカンジュ・ワールド』という題は、語呂もいいですし、かなり捻ったのですが」

「それは、そのままゲームのタイトルとしても使うつもりだったのか?」

「ええ、その通りです」

「……来夏は学校の成績はいいんだよな」

「ええ、まぁ」

「アルカンジュは何語だ?」

「フランス語です」

「ワールドは?」

「英語ですね」

「英語とフランス語が混在してるよな」

「してますね」

「させんなよ」

「なぜですか」

「仮にそのままゲーム化した時、内容以前にタイトルからしてユーザーに馬鹿っぽいと思われてしまうだろうが。制作者は英語とフランス語の区別も付かないやつなんだと勘違いされたらどうすんだ」

「……………………おおぅ」


 来夏はしばしの間無言だったが、やがて納得したのか呻くように小さな声を出した。


「私としては語感まで含め、色々と捻って考えた末に決めた題名だったのですが」

「捻りすぎて着地点を見失ってる感じだな。というわけで、題名は変更確定だ」

「無念です」

「アダルト御用達なゲームだけでなく、ゲーム全般のタイトルにはある程度お約束があってな」

「ふむん?」

「まず、できるだけ登場キャラの名前を入れたりしないこと」

「でも師匠。キャラの名前が付いたゲームは結構存在するのでは?」

「大手ゲームメーカーではそういうのもあるな」


 ○○の大冒険とか、そういうの。


「では、なぜ?」

「仮に続編が出た場合、その登場キャラを必ず使わないといけなくなってしまうからだ。来夏が登場キャラの名前が付いたエロゲ……ゲームを製作した場合、もし続編を作ることになったらどうする? そのキャラを確実にメインでまた登場させると言い切れるか?」

「なるほど確かに。断言はできませんね」

「そうだろう? 他には──」

「他には?」

「他には……」


 他には、なんだったかな。とっさに出てこなかったので、昔覚えた情報を必死に思い出す俺。


「師匠?」

「……ああ、思い出した。他にはゲームのタイトルには、インパクトが必須だな」

「ユーザーの記憶に残るようなタイトルにしろと?」

「そういうことだ。そして、それでいてタイトルはゲームの世界観に即している必要がある」

「その心は?」

「ゲームと全然関係ないタイトルにしても、ユーザーを混乱させるだけだろう」

「なるほど。奥が深い」


 来夏は顎に手を当て、頷く。別にそこまで深い話ではないと思うのだが、来夏の口癖のようなのでツッコミは入れない。


「タイトルに関してはこんなもんだな。次は本題のプロットの中身についての添削だ」

「いよいよですね。ドキドキします」


 と、先ほどまでと変わらぬ顔でのたまう来夏。本当にドキドキしているのなら、せめてもうちょっと緊張感のある表情をしてほしいのだが、もはやそれは言わぬが花というものだろう。


「プロットは師匠に言われた通り、全十話だと考えて起承転結を盛り込みました」

「そうだな。盛り込んであるな」

「これはさすがの師匠も、ぐうの音も出ない出来でしょう」


 腰に手を当て、胸を張る来夏。制服がブレザーのせいで、体の線がいまいちよく分からないのが難点だ。来夏は自己申告によると脱いだらすごいそうだが、果たして真偽のほどは──って、思考が脱線してるな。いかんいかん、元に戻さなければ。


「来夏よ」

「なんですか師匠」

「いくら俺だって、題名一つが駄目だったくらいでボツにはしないよ」

「なんですと」

「プロットの中身が全体的に駄目だからボツなんだよ」

「そうですか。それはショックですね。泣きたいくらいです」

「全然ショックを受けてるように見えないが、そんなにショックだったのか」

「私は感情が顔に出にくいもので」


 出にくいにもほどがあると思う。


「ならば、せめてもうちょっとこう、体でリアクションをだな」

「ふむん。今の気持ちを表すのならば、こんな感じですかね」


 立ち上がって右手を天へと伸ばし、左手を地へ向け、腰を半分ほど捻った体勢で俯く来夏。


 なんとも不気味である。奇怪である。端的に言うと、非常に怖いのである。


「そ、それはなんだ。邪神召喚の儀式か。俺を贄にでもする気か」

「違いますよ。表情の代わりに、体全体で私の大きな悲しみを表現してみました」

「ふんぐるい、むぐるなふ……」

「変な呪文を唱えないでください。意味は理解できませんが、非常に不愉快です師匠」

「す、すまん」


 思わず某邪神召喚の呪文を唱えてしまった俺だったが、それも仕方ないと思う。こんなSAN値が削れそうな光景を見せられてしまったからには、ああするしかなかったのだ。


「もういいです」


 来夏は時代を数世代くらい先取りした前衛的なポーズを解除すると、また元の位置へと座った。


「ほら師匠。巻きでいくのではなかったのですか? 早く続きを」

「あ、ああ、そうだな」


 どうも、来夏の機嫌を損ねてしまったようだ。これ以上怒らせないためにも、さっさと話を進めてしまおう。どうにも俺は、話が明後日の方向へ飛んでしまうのが悪癖だ。


「来夏の書いたプロットだが、一言で言うと短すぎるんだよ」

「シンプル・イズ・ベストという名言がありますが」

「それはまた意味が違うだろう。十の項目に分けてはいるが、ほとんどが一行しか書かれていなくて端折りすぎだ」


 二キロバイトは伊達じゃない。以下、来夏の書いたプロットをそのまま並べると──。


 一、主人公である龍光牙零魔(りゅうこうがれいま)と、敵対する組織によって送られた暗殺者の戦い。


 二、暗殺者を倒した零魔だったが、突然異世界に召喚されてしまう。


 三、ヒロインである姫と出会う。


 四、姫と仲良くなる。


 五、色々な人との出会い。


 六、魔物が攻めてくるが零魔が撃退する。


 七、魔王を倒すために旅立つ。


 八、中ボスを倒す。


 九、魔王を倒し、姫と結ばれる。


 十、元の世界へ帰る。


 と、こんな調子である。見事なまでに肝心の部分が抜けている。過程をすっ飛ばして結末だけを書いてある。


 これを見た俺の胸には、言葉では言い表せないような不思議な感情が湧いてきた。青春の痛みというか、黒歴史の衝撃というか、そんな感じのアレだ。


「来夏よ。このお話のテーマはなんなんだ?」

「無敵で素敵で最強の主人公による圧倒的なカタルシスですが」

「それはゲーム自体のコンセプトだろう。物語には、何も目的を設定していないのか?」

「いえ、特には。目的がないといけないのですか?」

「ノベルゲームのシナリオというものはだな、主人公とヒロインに必ず悩みや目的があるものなんだ」

「なんと」

「別に世界征服したいとかでもいいし、主人公が病気で苦しんでいるというのでもいい」

「ふむん」

「悩みや目的の解決イコール、ゲームのクリアというのがお約束だ」

「では、主人公に目的を持たせればいいわけですね」

「そうだな。主人公だけではなく、登場するヒロイン連中にもな」


 プロットでは姫以外ヒロインらしき者が出ていなかったので、他にもいるかどうかは知らないが。


「来夏がもし、ライターではなく絵師だったとしよう」

「なんですか突然」

「いいから聞きなさい。とにかく、絵師だったとしよう」

「はぁ」

「それで、シナリオが間に合わなかった時、このプロットだけ渡されて、ゲームで使う絵を先に描いてくださいと言われたら……どうする?」

「頑張って描くのでは?」

「本当に?」

「何か問題が?」

「いくら起承転結を盛り込んだプロットでも、具体的な山場が書かれていないと絵師も困るって話だ。来夏のプロットは『姫と出会う』とか『魔物を撃退する』とはあるけど、具体的にどんな場所でどんな風にそれをするのかが書かれていないだろう? 5W1Hがさっぱりできていない」


 5W1Hとは──。


 When(いつ)


 Where(どこで)


 Who(誰が)


 What(何を)

 

 Why(なぜ)


 How(どうやって)


 の頭文字をまとめた言葉であり、文章を書く時の基本と言われている。


「おお。そういえばそうですね」

「最低限、場所とシチュエーションを指定しておくのはライター側の仕事だ。来夏は個人じゃなくて、他にもスタッフ集めてゲーム作るつもりなんだろ?」

「はい、その予定です」

「集団でゲーム製作をする以上、ライターが書く文章は自分だけではなく他のスタッフにもきちんと意味が伝わらないと駄目だ。アイデアを書き散らしたメモ帳じゃないんだから、ライターが自分の頭の中でだけ理解していても意味がない。今後はくれぐれも注意するように」

「了解です、師匠」


 仮に俺が絵師だった場合、こんないい加減なプロットだけ渡されて「さぁ描け」と言われたらブチ切れると思う。ゲーム製作とは独りよがりでは通用しない。かくも厳しいものなのだ。


「ということで、プロットがボツの理由は分かってくれたか?」

「不本意ですが、これも己の未熟さ故です。師匠に指摘された部分を書き直して再提出します」

「うむ。精進するがいい。それでは、今回の指導はこれにて終了かな」


 飯も食ったし、弟子への指導も終わった。俺、頑張った。


「師匠、まだオープニング部分のテキストを見てもらっていませんが」

「あ」


 忘れてた。


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