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第一話 妖怪との出会い

妖怪と人間が隠れて共存する現代。

妖怪界の頂点を決める「妖王選定の戦い」の裏で、一人の少女が平穏な日常を守るため、そして自身も知らぬ血の呪縛と向き合うことになる物語です。


圧倒的な力と裏腹に、本人は「中の下の女子高生」としてテストや日々の生活に頭を悩ませる――そんな、少し不器用で型破りな半妖の少女と、彼女を取り巻く強者たちの数奇な出会いと運命の歯車が、今動き出します。

「なにがあっても、そのペンダントだけは大切にしなさい」


 生前の母が遺した、その言葉だけを信じてきた。

 幼い頃に母を亡くし、顔も知らない父親の記憶などない。女手一つで自分を育ててくれたおばあちゃんは、知る人ぞ知る有名な霊能力者だった。だから物心ついた頃から、結衣の日常は妙にスパルタだった。毎朝の謎の滝行、変な図形の足さばき、やたら重い木刀での素振り。おばあちゃんには「これは健康のためだから」「筋がいいから」と笑ってごまかされていたが、要するに、それらはすべて妖怪と対峙するための過酷な修行そのものだった。

 当の本人である結衣は、それがまさか妖怪退治の訓練だとは露知らず、「うちの家系は何か変な健康法にハマっているんだな」と思い込みながら、ただ真面目にこなしてきただけなのだ。


「……おかげで、私はただの『中の下』の女子高生ってわけだ」


 放課後の薄暗い帰り道、羽柴結衣は分厚い度入りメガネの奥で小さく息を吐いた。

 黒髪をきっちり三つ編みおさげにし、制服の着こなしも地味に。クラスでは空気のように過ごす。すべては祖母の言いつけを守り、人間の世界で平穏無事に生きるためだった。


 その日は、近道として使っているうら寂しい裏山の人目を引かない小道を歩いていた。

 ふと、茂みの奥から微かに聞こえた物音に、結衣は足を止める。動物でも落ちているのかと怪しんで葉をかき分けた瞬間、息を呑んだ。


「――っ!?」


 そこに倒れていたのは、見たこともないほど整った顔立ちをした一人の青年だった。

 蒼い衣を纏い、右耳には月の形をしたピアス。知性的なメガネが片方ずれ落ち、蒼い髪と衣は血に染まっている。ただの人間に見えないその異様な美しさに加え、彼の周囲からは人間を気絶させるほどの重苦しい異能の気配が漏れ出していた。


(なんなの、この人……! 重傷じゃない!)


 妖怪の存在など微塵も教えられていない結衣は、彼を「血まみれで倒れている危篤のコスプレ青年」だと盛大に誤解した。

 だが、おばあちゃんにしごかれて染み付いた妙な正義感(あるいは人命救助の反射)が働き、結衣は思わず彼を背負い、自宅の古民家へと連れ帰ったのだった。


 ――翌朝。


 畳の上、敷布団の中で目を覚ました長綱千聖は、じっと天井を見つめていた。

 体に走る鈍い痛み。しかし、致命傷だったはずの裂傷は綺麗に手当され、霊力の巡りも幾分かマシになっている。

(ここは……人間界の、しかも霊力遮断の結界が張られた家か?)


「あ、起きたんだ」


 目を覚まして少し経つと、ふすまがガラリと開き、分厚いメガネをかけた地味な女子高生――昨日の少女が部屋に入ってきた。手には、温かいお茶の乗ったお盆を持っている。

「気分はどう? 昨日は血まみれで倒れてるからどうしようかと思ったけど……あ、おばあちゃんが『朝ごはんの用意ができてるから呼びに行ってやりなさい』って」


 千聖は驚いた。昨夜、自分がただの人間の少女だと思っていた彼女の家だ。そして何より、妖怪である自分を連れ帰りながら、この家の人間に恐怖や警戒の色が一切ない。

 居間に案内されると、そこには年の頃を忘れさせるほど凛とした老女――結衣の祖母が静かに座っており、美味しそうな和食の朝食が用意されていた。祖母は千聖を一瞥すると、「よくお眠りなさいましたね。さあ、冷めないうちに召し上がりなさい」と、何も聞かずにただ温かく迎え入れてくれたのだった。


 やがて、朝食を済ませた結衣が、慌てて制服の身なりを整えながら玄関へと向かう。


「やばい、遅刻する! おばあちゃん、行ってきまーす!」

「はいはい、気をつけて行きなさいよ」


 結衣がパタパタと家を出ていき、静けさが戻った古民家の縁側。

 千聖は正座して祖母に向き合い、深く頭を下げた。

「……助けていただいたこと、感謝する。僕は長綱千聖。……人間ではない身で、長居するわけにはいかない。失礼するよ」


 千聖が立ち上がり、痛む体を隠しながら門を出ようとした、その瞬間だった。

 ぴし、と庭の空気が凍りつく。


「――見つけたぞ、長綱の残党め!」


 空間を引き裂いて現れたのは、ランキングNo.1の鬼・三条彰の派閥に属する下っ端の妖怪たちだった。牙を剥き、錆びた刀や異能の爪をギラつかせて千聖に襲いかかる。

「くっ……!」


 昨夜の負傷がまだ癒えておらず、千聖は蒼い雷を纏わせようとするも、体内の妖力がうまく回らずに膝をつきそうになる。苦戦を強いられ、千聖が歯を噛み締めたその時――。


「うちの敷地内で、大きな声を出さないでおくれよ」


 穏やかな、しかし絶対的な威圧を孕んだ声が響いた。

 縁側に座ったままの祖母が、ふっと息を吐く。


 ――次の瞬間。


 視界が揺らぐほどの凄まじい霊力の波が爆発し、襲いかかっていた下っ端の妖怪たちは、剣を抜く暇すらないまま一瞬で吹き飛ばされた。物理的な衝撃波ではなく、圧倒格上の存在から放たれた「存在の格」の違いによる圧力だけで、妖怪たちは地面に叩きつけられ、気絶するかのように泡を吹いて沈黙した。


 一瞬の出来事だった。

 千聖は目を見張り、冷や汗を流しながら振り返る。目の前の老女は、ただ静かにお茶の湯呑みに口をつけていただけだった。


「……さて」

 祖母は穏やかな笑みを浮かべたまま、千聖へと視線を向けた。

「若いお利口さん。孫には内緒にしておくれよ? あたしはただの、隠居したおばあちゃんなんだからさ」

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

妖怪の頂点を決めるシリアスな戦いの渦中にありながら、「明日もテストなのに……」とぶつぶつ文句を言う結衣のマイペースさと、いざという時の圧倒的な強さのギャップを楽しんでいただけたでしょうか。

何も知らされないままスパルタな修行をこなさせられていた理由や、母親が残したペンダントの秘密、そして御三家や第十課席の妖怪たちと結衣が今後どう関わっていくのか――。

謎が少しずつ紐解かれていく今後の展開も、ぜひ想像を膨らませてみてくださいね。

また次の物語でお会いできるのを、楽しみにしています!

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