第14話 綺麗な銃声
彼女は啓司の隣に立ち、転がる医者の死体を見下ろしていた。
「あんたが、これを?」
啓司は、震える手で血塗られた銃を見せた。
「ええ。トカレフTT-33。至近距離なら鉄板六枚をも易々と貫く優れものよ。安全装置がないから、あなたのような素人でも、躊躇なく引き金を引けるように選んでおいたの」
「銃って、こんなに重いんだな。手が、まだ痺れてやがる」
新宿区の夜、中央手術部に漂う硝煙の匂い。
だが、その静寂は、背後から響いた「肉の蠢く音」によって無残に引き裂かれた。
「嘘だろ」
頭部をトカレフで撃ち抜かれ、脳漿を撒き散らしたはずの医者が、操り人形のようにガクガクと四肢を震わせ、ゆっくりと起き上がり始めたのだ。
「…な…な…み……。お前は…絶対に…もらう」
額に風穴を開けられたまま、医者だった「物体」が、ゾンビのような音を立てて彷徨い歩く。
貫通した穴の向こう側に、手術室の壁が透けて見えた。
啓司は、ゴミを見るような、あるいは底知れない憐憫を湛えた瞳でそれを見つめた。
「私は、雉畑 舞。訳あってDo Manを追っているの」
レザージャケットの女は、トカレフを握る啓司の震える手を見つめて、冷徹に言い放った。
「いい? こいつらの弱点は右目よ。そこを潰さない限り、奴らは何度でも立ち上がってくる。永遠にね」
「そうか。じゃあ、こいつがDo Manなのか?」
「いいえ。この人たちはただの被害者。何の罪もない人々を、あんな風に操って駒にするのが奴のやり方よ。私たちができるのは、殺して、解放してあげること。少し、荷が重いけれど。あなたを襲ったあの2人も、用済みとして消されたんでしょうね」
「そんなの、辛すぎるだろ」
新宿駅の雑踏まであと数階。
だが、その階段を下りるたびに、自分は「救うべき人々」にトカレフの銃口を向け続けなければならないのか。
銃刀法の重みなど、この「殺しの救済」という業に比べれば、あまりにも軽すぎた。
「Do Manは皆、何かしら能力を持っているわ。現実ではあり得ない力をね。でも、あなた、妙に冷静ね。普通なら、こんな体験をしたら正気じゃいられないはずなのに」
雉畑 舞の透き通った声が、病院の重苦しい静寂を撫でた。
「いや、何が何だか分からないよ」
啓司は短く答え、右手に握るその鉄の重みが、今はただ不思議と頼もしく思っていた。
「一つ、頼みがある。少し、この子を預かっててくれ」
舞にナナミを託し、啓司は迷いのない足取りで、立ち上がろうとする「物体」の前へと歩み寄った。
これ以上、あの子に汚れた世界を見せるわけにはいかない。
たとえ自分の手が、二度とマクレーンの包丁を握るに相応しくないほど汚れたとしても。
「……お医者さん。……ごめんな」
啓司は、外側を向いた「異形」の右目に銃口を突きつけた。
新宿駅の雑踏の音さえ聞こえない、至近距離での引導。
トカレフの冷たい感触が、啓司の掌に吸い付くように馴染んでいる。
啓司は心ここに在らずで引き金に指をかけた。
病院内に綺麗な銃声が響き渡る。
「ナナミっていうんだな。いい名前だ」
振り返ってナナミに微笑む。
「けいじ....」
ナナミは涙を流し、囁く。
静かな病院に透き通った音が響き渡る。
そしてその頃。外では二人の男が病院を眺める。
「服部さん。本部に連絡しなくて大丈夫でしょうか」
「あぁ。呼んだらお前の能力使えないだろ」
「やっぱり使うべきですよねぇ」
「今回もすまんな。純」
「何言ってるんですか。水臭い。にしても1階にも大分いますね。例の操り人形たち」
「行けるか?」
「えぇ。任せてください」
密かに病院に来ていた服部と、1階入り口へ歩き出しホルスターから銃を抜く服部の部下、犬飼。犬飼は右目から赤い涙を流しはじめ、戦闘体制に入る。
「匂いから20対前後ってとこかぁ。
じゃあ、始めるぞゾンビども」




