第13話 初犯者
「ぐっ、ぁああ!」
啓司の放ったタックルは、まるで巨大な岩石を相手にしているかのように虚しく弾き返された。
医者の膝が、正確に啓司の鳩尾を捉える。
肺から酸素が消え、視界が白く爆ぜた。
(まだだ、……まだ離さねえ……っ!)
崩れ落ちる衝撃に耐えながら、啓司は血を吐く思いで医者の足を掴み、骨を砕く勢いで握りしめた。
病院の廊下、青白い非常灯の下で、医者が右手のメスを煌めかせる。
その刃先が、怯えるナナミの喉元を、獲物を狙う獰猛な猛獣のように捉えていた。
「おい! 早く逃げろぉ!!!」
啓司の叫びに応えるように、医者の「外側を向いた右目」がギロリと睨みつける。
振り下ろされるメスの一閃。
啓司は腹部の傷の引きつりを無視し、間一髪でその刃をかわした。
その時、先刻の衝撃で落ちた鉄の感触が、まるで啓司の指を呼んでいるかのように熱を帯びていた。
「野郎。三途の川が、少し見えたぞ」
医者の形をした怪物が、濁った歓喜を漏らして啓司にのしかかる。
「邪魔するなぁーーーー!!!」
振り下ろされるメスの鋭利な輝き、啓司は渾身の力でその腕を押し留めた。
死神の吐息が顔にかかる。
ふと右を見ると、揉み合った弾みで手放した銃が、床で冷たく光っていた。
(届け、届けぇッ!)
指先を伸ばし、鉄の塊を掴み取る。銃口を医者の眉間へ向ける。
いつ指が動いてもおかしくない死の射程にある事に対し、その「異形」は、ただニヤリと笑い続けていた。
「あぁあああああああ!!!!」
固い瓶の蓋を無理やり抉じ開けるような絶叫と共に、啓司は引き金を引き引いた。
——バァンッ!!!
鼓膜を突き破る爆音。
熱い血飛沫が啓司の顔を真っ赤に染め、医者の巨体は糸が切れた人形のように、ゆっくりと彼の上へ崩れ落ちた。
銃刀法の重み、刑法の断罪。そんな理屈以前に、手の震えが止まらない。
蜘蛛やゴキブリを殺すのとは、何かが決定的に違う。奪った命の重みが、啓司の全身を激しく苛んでいた。
壁に擦り寄り、ずり落ちるように背中をつける。
そこに、血の混じった涙を拭ったナナミが近づき、震える啓司を静かに、力強く抱きしめた。
「……もう大丈夫。大丈夫だ」
啓司はナナミを抱きしめ返した。
意を決して立ち上がり、怪物がやってきた闇の奥へと歩き出す。
その時、一筋の懐中電灯の光が啓司を射抜いた。現れたのは、タイトなレザージャケットを羽織った凛とした美貌の女。
惨状を前にしても眉一つ動かさない彼女は、落ち着いた声で、判決のように言い放った。
「自分の身は、自分で守れたようね」




