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Do Man  作者: 山野 鹿
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第12話 赤い病院

「よかった、生きてて。今までどうしてた? なんでここにいるんだ?」


問いかけは夜の静寂に吸い込まれ、少女はただ啓司の胸の中で沈黙を守り続けていた。


「ここに、親が入院しているのか?」


その答えを待つ間もなく、病室の光が再び底なしの闇へと沈んだ。


「また停電かよ」


廊下からは、看護師たちの「またか」という焦燥の混じった足音が響く。


啓司は扉の隙間から廊下を覗き込み、背筋が凍るのを感じた。


「ここ、自家発電のはずよね?」


病院の機能を喪失した暗闇の中で、看護師たちの震える声が響く。


「いいか、俺がついてるから、そばを離れちゃダメだぞ」


自分にも言い聞かせるように少女へ語りかけたが、彼女は驚くほど冷静だった。


ボソボソと、呪文のような呟きが啓司の耳に届く。


「……アイツガ……クル」


「誰が来るんだ?」


「Do Man……クル!!」


新宿区の夜を切り裂くような悲鳴が、病院中に木霊した。


啓司は古びた拳銃をパンツにねじ込み、スマホのライトを点灯させて廊下へと飛び出した。


光の輪が暗闇を切り取り、前方から一人のナースがふらりと歩み寄ってくる。


白衣はどす黒い返り血に染まり、右手には医療用の鋭利なハサミを握りしめていた。


異常なのはその顔で、右目だけが不自然に外側を向き、頬には夢で見たのと寸分違わぬ赤い涙が滴っている。


啓司と目が合うと、ナースは首をカクンと折った。


「なんだよ、あいつ……」


新宿区の夜、病院の廊下は一瞬にして阿鼻叫喚の地獄へと化した。


逃げ惑う患者たちが、あのナースの振るうハサミによって次々と屠られていく。


白い壁には、無数の赤で絵画を描くように、血飛沫で絶望的なアートが作り出されていた。


「こいつが、Do Manなのか?」


震える足に鞭を打ち、少女の手を引いて走り出した。


(叶弥が言っていた通り、クロスワードを解いて家にばかりいたツケが、こんな最悪の形で回ってくるとは)


非常階段を無我夢中で駆け降り、気づけば二階の中央手術部へと辿り着いていた。


「チッ。どこだ出口は」


手探りで非常口を探す啓司の指先を、少女の冷たい手が強く引っ張った。


彼女の視線の先には、「第3手術室」の赤い使用中ランプが、死神の眼光のように点滅している。


「どうした?」


啓司は小声で問いかけたが、少女はただ前方の暗闇を指さし続けていた。


そこには、一人の白衣の男が静かに佇んでいた。


「すいません。停電でエレベーターが死んでるんです。一階へ降りる道はどこですか?」


縋るような思いで歩み寄る啓司を、少女の細い手が強く引き止めた。


「けいじ。あのヒトも、同じ」


少女の震える声に、啓司の全身に冷たい汗が噴き出した。


目を凝らすと、医者の手にはメスが握られている。


「かくれんぼは、終わりだよぉおおおぉおおお!!」


病院の静寂を、医者の狂った絶叫が切り裂いた。


啓司はあの古びた拳銃を抜き放ち、震える銃口を白衣へと向けた。


「どういう意味だ。あんたがDo Manなのか?」


中央手術部の青白い非常灯の下、啓司は戦闘態勢をとった。


銃刀法の恐怖も、腹部の傷の痛みも、今はもう遠い。


目の前の「白衣を着た獣」を仕留めなければ、自分にも少女にも、二度と明日は来ない。


「ナナミちゃん。みーつけた」


医者の口から漏れたのは、およそこの世のものとは思えないほど歪んだ歓喜だった。


右目はあらぬ方向を向き、頬を伝う赤い涙が白衣の襟元を汚していく。


そのニヤリとした笑みは、警視庁の凶悪犯罪データベースのどこを探しても見当たらない、深淵の化け物のものだった。


「おい! 逃げろぉーーー!!」


啓司は、背後にいたナナミを力任せに突き出した。


腹部の傷が弾け、再び服が鮮血に染まるのも構わず、啓司は古びた拳銃を握りしめ、その「異形の医者」へと捨て身で飛びかかった。


中央手術部の青白い非常灯の下で、獣が二頭、争いを迎えた。

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