第11話 再会
これは夢だと、確信に近い心地よさが啓司の意識を包んでいた。
壊れた鳩時計の前で、彼は足を止める。
正午まで、あと十秒。
「出るのか? 出ないのか?」
扉が勢いよく弾け飛び、一羽の鳩がその姿を現した。
「よしっ!」
無意識に漏れた歓喜に応えるように、マクレーンの入口で不吉な金属音が響いた。
ブラインドは既に下ろされ、鍵は内側から固く閉ざされている。
にもかかわらず、扉の向こう側には誰かが立っている。
執拗に、ドアノブを回そうとする振動。
(あの子か?)
啓司が扉へ一歩踏み出した、その時。
背後の調理台に置かれた固定電話から、新宿署の無線よりも切迫とした、あの男の声が響き渡った。
『……出る……な…啓…そこか…出る……な』
親父の声は、次第に耳を裂くほどの音量へと膨れ上がり、レストランの空間そのものを激しく震わせ始める。
受話器の向こうの声は、砂嵐のようなノイズに飲み込まれて急速に遠ざかっていく。
『……け……い……き……て……』
代わりに響いたのは、あの少女の、喉を引き裂くような絶叫だった。
「けいじ!!! おきて!!!!! 」
鼓膜を突き抜ける叫び声。
啓司は跳ね起きるように、現実へと引き摺り戻された。
部屋は暗く、外が騒がしかった。
病院にあるまじき、混乱。
啓司は腹部の傷を庇いながら扉を開け、廊下へと這い出した。
そこには、自分と同じように不安を剥き出しにした患者たちが溢れていた。
看護師たちのライトが錯綜する中で、焦燥感だけが加速していく。
「何が起きてんだ」
しばらくの停電の後、新宿区の電力網が息を吹き返して病室に光が戻った。
廊下の喧騒は引き潮のように引いていく。
患者たちは安堵を胸に、次々と扉を閉めて自らの聖域へ戻っていった。
時刻は二十時を回った。
再びベッドへ潜り込もうとしたその時。
床頭台の上に置かれた、見慣れない茶色の紙袋が不自然な影を落としていることに気づいた。
(なんだ、これ)
袋の中を覗き込んだ啓司は、息を呑んだ。
無造作に放り込まれたスマートフォン。
画面には一枚の付箋が貼られ、殴り書きのような筆致で言葉が添えられていた。
『自分の身は、自分で守りなさい』
親父の声が、紙面から滲み出しているような錯覚。
そしてもう一つ。そこに入っていたのは、鈍い鉄の色を放つ一丁の古びた拳銃。
「なんだよこれ。誰がこんなもの……」
古びた拳銃の冷たさに毒づいた、その時。
背後のドアがノックもなしにゆっくりと開いた。
(どこのどいつだ、メンチ切ってやろうか)
鋭い視線で振り返った啓司の視界に、あの少女の姿が飛び込んできた。
理屈より先に、体はつんのめるように動いていた。
気づいた時には、彼女の小さく、あまりに軽い体を、強く抱きしめていた。




