第七話 壁、滑らせる
結論から言うと――
滑らせるのは、冷やすより難しかった。
というか、壁としての難易度設定がおかしい。
「冷やす」は、まだわかる。
温度を下げる。なんとなくイメージできる。
石が冷たくなるのも、まあ自然だ。
だが――滑る。
どうやって?
俺は壁だぞ。
床じゃないぞ。
「……凹凸を、減らす?」
自分でも疑問符がつく案を、試してみる。
表面。
触れられた時に感じた、あのザラザラ。
石の粒子。
細かな段差。
それを――
意識的に、均す。
……つもりで、集中する。
――無反応。
「ですよねー」
さすがに一発成功はしない。
もう一度。
今度は「削る」のではなく、
「並べ替える」イメージで。
石の粒を、ぎゅっと詰める。
隙間をなくす。
表面を、なだらかに。
――じわ。
お?
これは……。
表面に、微かな違和感。
ザラつきが、少しだけ減った気がする。
「……おお?」
成功……か?
正直、自分ではよくわからない。
触れられていない以上、世界の解像度は低い。
判断材料は、冒険者の反応だけだ。
来い。
誰でもいいから、来い。
――振動。
足音。
来た。
例の三人組だ。
「よし……今回は、通路側だ」
俺は意識を、通路に面した下の方へ寄せる。
壁の中で“下”という概念を使っている時点で、
だいぶ脳内がおかしくなっている気もするが、
そこはもう気にしない。
足音が近づく。
ガルドだ。
軽い。
足取りが雑。
一番、実験に向いている。
「……ごめんな、ガルド」
誰にも聞こえない謝罪を、心の中で済ませる。
そして――。
――ズルッ。
「あっ」
短い声。
次の瞬間。
――ドンッ!
鈍い音と、衝撃。
触れられる。
背中全体。
世界が、一気に広がる。
「いっつぅ!?」
ガルドが、俺の壁に激突していた。
よし!
成功だ!
……いや、成功でいいのかこれ?
「何してんだ、ガルド!」
レオンの声。
「いや、床が……なんか滑った!」
床のせいにしてくれて助かる。
ありがとう、床。
俺は壁だけど。
ミリスが、しゃがむ気配。
床を調べている……と思ったが、
そのまま、俺にも触れてきた。
指先。
温かい。
集中。
バレるな。
今は何もするな。
「……変な油分はない」
よし。
「湿気か?」
レオンが言う。
「この階層、少し冷えてるしな」
冷えてる。
それ、俺のせいです。
「……気をつけろよ」
ミリスが言って、立ち上がる。
「理由はわからないけど、この通路……」
少し間を置いて、
「“嫌な感じ”がする」
――よし。
完璧だ。
俺が目指していた評価、そのもの。
危険でもない。
明確な罠でもない。
でも、なんか嫌。
最高じゃないか。
ガルドは立ち上がりながら、ぶつぶつ言っている。
「くそ……俺、太ったか?」
それは違う。
悪いのは全部、壁だ。
彼らは慎重に進み始める。
足取りが、明らかに変わった。
ゆっくり。
確認しながら。
無駄な動きが増えている。
……効いてる。
「やったな、俺」
思考の中で、こっそり呟く。
ただし――。
集中が、キツい。
冷やすより、消耗が激しい。
意識を張り付けていないと、
表面の“均し”がすぐ戻ってしまう。
「これ、長時間は無理だな……」
ずっと滑らせるのは無理。
一瞬だけ。
ピンポイントで。
つまり。
使いどころが重要。
「……壁なのに、戦術考えてるのおかしくない?」
自分で自分にツッコむ。
でも、悪くない。
初めてだ。
俺が、
「殴られずに」
冒険者の行動を変えたのは。
それは、ちょっとした勝利だった。
彼らの足音が、遠ざかる。
世界が、また薄れていく。
だが今回は、充実感があった。
冷やす。
滑らせる。
地味で、ささやかで、
たぶん誰にも評価されない。
でも。
「これ、積み重ねたら……」
嫌なダンジョンになる。
確実に。
俺は壁だ。
ただの壁だ。
でも――。
冒険者にとって、
「また来たくない壁」には、なれそうだった。
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