第四話 ただの壁だと思っていた
レオンは、正直に言って嫌な予感がしていた。
このダンジョンに入ってから、ずっとだ。
空気が重いとか、魔力が濁っているとか、そういう分かりやすい異変じゃない。
もっとこう……説明できない、肌に引っかかる感じ。
「なあミリス」
通路を進みながら、レオンは小声で言った。
「さっきの壁、やっぱり変じゃなかったか?」
「まだ言うの?」
ミリスは溜息をつく。
「構造的には普通の石壁よ。魔力の流れも異常値じゃない。ただ……」
「ただ?」
「“馴染みが良すぎる”の」
「……なんだそれ」
ミリス自身も首を傾げた。
「普通、ダンジョンの壁って、魔力が流れてても“物”なの。でもあの壁、触れた時の反応が……説明しづらいけど、人の手触りに近いというか」
レオンは足を止めた。
「……それ、あんまり聞きたくないな」
「わかってる。私も言いながら嫌だった」
ガルドが後ろから口を挟む。
「おいおい、やめてくれよ。壁が生きてるとか言い出したら、もうどこも殴れねえじゃん」
殴る前提なのやめろ。
――と、その話題の中心である壁は、無の中で全力で頷いていた。
そうそう!
殴らないで!
話し合いで解決しよう!
いや話せないけど!
彼らはさらに奥へ進む。
俺の意識は、当然ながらついていけない。
触れられていない以上、世界はぼやけている。ただ、床を伝う振動と、遠くで反響する音だけが、薄く届く。
……くそ。
見えない。
聞こえない。
置いていかれる。
この感覚、地味にきつい。
さっきまで殴られてた時は、「痛い!」だの「やめろ!」だの騒いでたけど、今はそれすらない。
静かすぎる。
俺は壁だ。
通路の一部だ。
彼らが戻ってこなければ、それで終わりだ。
「……」
思考が、自然と同じ場所に戻る。
さっき感じた“硬くなった”感覚。
あれは偶然じゃない。
殴られた。
削られた。
その結果、次は削れにくくなった。
だったら。
「……殴られないと、成長できないのか?」
嫌な仮説が浮かぶ。
つまり俺は――
・殴られる
・硬くなる
・殴られなくなる
・成長止まる
……詰んでない?
優しい冒険者が増えたら、俺は一生このままだぞ。
そのとき。
――ドン。
遠くから、鈍い音。
続けて、複数の足音が慌ただしく戻ってくる。
来た!
誰か来た!
世界、カムバック!
「くそっ、引き返すぞ!」
レオンの声。
「罠が多すぎる。奥はやばい!」
振動が近づく。
そして――触れられる。
ドン、と。
誰かが俺の壁に背中からぶつかった。
広い接触。
人一人分の重み。
汗、装備、布の感触。
世界が、一気に広がる。
「……っ、悪い!」
ガルドだ。
悪いと思ってるなら殴るなよ!
いや今はぶつかっただけだからセーフ!
レオンが続けて俺の前に立つ。
剣を構える。
……来る。
来るぞ。
「安全確認!」
いや、確認って言葉の使い方おかしくない?
――ゴン。
来た。
だが。
削れない。
明らかに、さっきより削れない。
「……なあ」
レオンが、低く呟く。
「この壁、さっきより“殴り応え”変わってないか?」
ミリスが、無言で俺に触れる。
指先が当たる。
温かい。
そして、困惑。
「……レオン」
「なんだ」
「気のせいじゃない。やっぱり、この壁――」
言いかけて、言葉を止める。
その沈黙が、やけに重い。
やめて。
その先、言語化しないで。
俺だって、まだ自分が何者かわかってないんだから。
「……進もう」
ミリスはそう言って、手を離した。
彼らは再び進んでいく。
振動が遠ざかる。
世界が、また無に沈む。
だが今回は、違った。
殴られた感覚。
触れられた感覚。
それらが、はっきりと俺の中に“残っている”。
俺は考える。
殴られるのは嫌だ。
削られるのは怖い。
でも――殴られなければ、俺は変われない。
……理不尽すぎないか、この人生(壁生)?
「まあ、いい」
思考の中で肩をすくめる。
どうせ逃げられない。
だったら、利用する。
殴られる壁なら、
殴られる前提で、
殴られた結果、最強になる。
それでいい。
「次はもっと上手くやろう」
誰にも聞こえない独り言を、無の中に放つ。
俺は壁だ。
ただの壁だ。
……少なくとも、今のところは。
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