第二十八話 逃げ場が消えた
決定的だったのは、
ある意味、とても些細な出来事だった。
「この区画、
来月からも主力で使う」
それだけの一言。
大げさな宣言も、
改まった会議もない。
ただ、
当たり前のように。
未来の話として。
「……来月、か」
俺の中で、
その言葉だけが
やけに重く残る。
今日じゃない。
明日でもない。
これから先も、
ここを使い続ける
という前提。
それはもう、
仮の運用じゃない。
本決まりだ。
人の流れは、
完全に固定されていた。
この通路を通り、
この区画で掘り、
ここで積み替える。
誰も、
疑問を持たない。
「……ここ、
楽だからな」
また、
同じ言葉を聞く。
以前なら、
少しは違ったはずだ。
嫌な場所なら、
誰かが言った。
「今日は別ルートで行こう」
だが、
今は違う。
選択肢がない。
楽な場所は、
使う場所になる。
俺は、
最後の確認をした。
本当に、
逃げ道がないのか。
ほんの一瞬だけ、
改善を弱める。
事故にはならない。
危険でもない。
ただ、
少しだけ“普通”に戻す。
結果は、
即座に出た。
「……ん?」
足取りが、
一瞬だけ鈍る。
「数値、
下がりかけてます」
管理側の声。
「この区画だ。
すぐ戻せ」
戻せ。
その言葉で、
すべてが終わった。
誰も、
原因を探そうとしない。
理由も、
気にしない。
ただ、
元に戻すことが
最優先になる。
俺は、
すぐに戻した。
冷えを抑え、
空気を通す。
数字は、
元に戻る。
「……よし」
それで、終わりだ。
追及もない。
議論もない。
ただ、
確認されただけ。
ここは、
良い状態であるべき場所。
そういう、
前提の確認。
俺は、
ようやく理解する。
逃げ場は、
もう存在しない。
嫌がらせをしていた頃は、
人が減った。
減れば、
静かになった。
だが今は、
逆だ。
良くすれば、
人が増える。
人が増えれば、
管理が強まる。
管理が強まれば、
戻せなくなる。
この流れは、
止められない。
「……良くしたのは、
俺だ」
誰かに
強制されたわけじゃない。
脅されたわけでもない。
自分で選んだ。
嫌がらせが無意味だと知り、
逆を試した。
それだけだ。
だが、
その選択が、
場所を縛った。
俺は、
壁のままだ。
何も言えない。
何も拒めない。
それでも、
ここは俺の影響下にある。
だからこそ、
切り離されない。
「……これが、
運営か」
剣も、
魔法も、
必要ない。
ただ、
良くするだけでいい。
良くした結果、
離れられなくなる。
それが、
この世界の
仕組みだ。
俺は、
静かに覚悟する。
もう、
ここから逃げる話じゃない。
逃げ場が消えた以上、
残っているのは――
どう使われるか
だけだ。
通路は、
今日も使われている。
何事もなかったように。
だが、
俺にとっては、
決定的な一日だった。
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