第二十二話 逃げない場所
嫌がらせが効かない。
それはもう、
疑いようのない事実だった。
冷やしても、
滑らせても、
歩きにくくしても。
人は止まらない。
「……寒いな、今日は」
「足元、気をつけろ」
そんな言葉は出る。
だが、それだけだ。
作業は続く。
往復は止まらない。
俺は、
少しずつ強めてみた。
床の冷えを、
これまでより長く残す。
動線の途中を、
微妙に疲れやすくする。
露骨ではない。
事故にはならない。
それでも――
嫌なはずだ。
「……効率、落ちてきてるな」
その言葉に、
一瞬だけ期待する。
だが、次に続いたのは。
「交代回数を増やす。
この区画は二人一組で行け」
指示だった。
世界が、
即座に“最適化”される。
人が増える。
配置が変わる。
俺の嫌がらせは、
前提条件として処理された。
「……そういうことか」
ここでは、
嫌な場所にすれば
人が来なくなる――
という発想が、そもそもない。
来る。
来続ける。
嫌でも、
寒くても、
やりづらくても。
「仕事だからな」
誰かが、そう言った。
短い言葉。
だが、重い。
仕事。
それは、
撤退という選択肢が
最初から用意されていない、
ということだ。
俺は、
はっきりと理解する。
ここは、
冒険者の場所じゃない。
危険を測り、
引き返す場所でもない。
使う場所だ。
掘って、
運んで、
また掘る。
世界が、
人の都合で
削られていく。
嫌がらせは、
効率を落とすだけ。
落とせば、
調整される。
調整されれば、
また続く。
その繰り返し。
「……殺せないな」
思考の中で、
同じ言葉が落ちる。
殺す気はない。
だが、
結果として危険を生むことすら、
ここでは許されない。
もし事故が起きれば。
作業は止まる。
原因が調べられる。
環境が疑われる。
そして――
排除される。
この場所で目立つことは、
死よりも先に
終わりを意味する。
俺は、
一度、すべてを止めた。
冷やさない。
滑らせない。
何もしない。
それでも、
作業は淡々と続く。
俺がいなくても、
世界は回る。
その事実が、
胸――いや、
思考に重くのしかかる。
「……ここでは、
嫌がらせは意味がない」
冒険者のダンジョンでは、
“嫌な場所”は避けられた。
だが、
ここでは違う。
嫌でも、
使われる。
逃げない。
戻らない。
「……じゃあ、
どうする?」
問いだけが、
残る。
壊すこともできない。
止めることもできない。
嫌がらせても、
意味がない。
なら――
逆か?
答えは、
まだ言葉にならない。
だが、
確実に一つの方向へ、
思考が向き始めていた。
ここは、
逃げない場所。
なら、
逃げない前提で
世界を並べるしかない。
俺は、
その境界に立っている。
嫌がらせの壁として。
――それとも、
別の何かとして。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




