第二話 世界は、触れられないと存在しない
次に誰かが来るまで、どれくらい時間が経ったのかはわからない。
というか、時間が経っているのかどうかすら怪しい。
昼も夜もない。
明るくも暗くもない。
時計も太陽も心拍もない。
あるのは――思考だけ。
「……これ、拷問としては結構完成度高くないか?」
目もない。耳もない。鼻もない。
当然、スマホもない。
考えること以外、やることがない。
最初は「状況整理」だの「冷静な分析」だのをしていたが、五分(体感)もすると限界が来た。
暇だ。
いや、暇ってレベルじゃない。
刺激ゼロ。変化ゼロ。進展ゼロ。
「……人間って、思考だけで生きられるように作られてないんだな」
当たり前の結論に辿り着いたところで、突然それは起きた。
――ザリ。
鈍く、重たい摩擦音。
次の瞬間、世界がポン、と出現した。
「おっ」
反射的に思考が跳ねる。
硬い。冷たい。ざらざらしている。
これは……金属? いや、石だ。
しかも、削られている。
「ちょ、待て待て待て」
状況を理解する前に、ゴリゴリと表面が削られていく感覚が伝わってくる。
痛い。
正確には「痛いっぽい」。
「いや、俺、壁だよな? なんで痛覚だけ妙に高性能なんだよ」
石の粉が落ちる感覚が、情報として脳に流れ込む。
削られる。
減っている。
確実に、俺の一部が失われている。
「やめろォ! それは削っていいやつじゃない!」
もちろん、声は出ない。
――ザリ、ザリ。
執拗だ。
確認するみたいに、何度もなぞられている。
「……ん? この壁、ちょっと冷たくねえか?」
聞こえた。
声だ。
「聞こえた! 聞こえたぞ!」
いや、聞こえたというより、壁を伝わる振動を“理解した”感じだ。
それでもいい。世界だ。
世界が、ある。
「普通の石だろ」
別の声。
少し雑で、興味なさそう。
普通の石。
その言葉に、なぜかカチンときた。
「普通ってなんだよ。こっちは必死に存在してんだぞ」
壁の必死さなんて、誰も考慮しない。
世知辛い世界である。
次の瞬間、剣が離れた。
触れられていた感覚が、すっと消える。
――無。
「あ、ちょっと待って!」
思わず思考が追いすがる。
今のは違う。
削られるのは嫌だけど、触れられないのはもっと嫌だ。
触れられていないと、世界がない。
俺は今、存在しているのか?
「……誰か」
祈るように、思考が漏れる。
来い。
殴らなくていい。
削らなくていい。
触るだけでいいから。
そのときだった。
――ひんやり。
突然、表面に冷たい感覚が走る。
「ん?」
誰も触っていない。
衝撃もない。
なのに、冷たい。
「……俺、今、冷たくした?」
自分で言って、自分で首を傾げる。
いやいや。
壁が自分で温度操作とか、意味わからんだろ。
だが。
足音が、戻ってくる。
「……ん?」
再び触れられる。
今度は、指先。
柔らかい。温かい。
世界が一気に解像度を上げる。
「……冷たくない?」
女の声。落ち着いていて、賢そう。
「気のせいだろ」
あっさり否定される。
「……そうね。石だし」
石だし。
その一言で片付けられる俺の人生(壁生)。
指が離れる。
世界が、また薄れる。
でも――さっきと違う。
冷たさの感覚が、俺の中に残っている。
消えない。
「……あれ?」
もしかして。
もしかすると。
俺は今、ほんの一瞬だけ――
触れられていないのに、世界に影響を与えた?
「いやいやいや」
思考で首を振る。
壁だぞ?
動けない。喋れない。見えない。
そんな存在が、世界に干渉するとか。
……いや。
この状況自体が、もう十分おかしい。
だったら一個くらい、おかしいことが増えても誤差じゃないか?
「……試す価値は、あるな」
誰にも聞こえない決意を、無の中で固める。
触れられないと、世界はない。
でも。
触れられるだけが、世界のすべてじゃないのかもしれない。
次に誰かが来たとき。
俺は、ただ殴られる壁じゃ終わらない。
……まあ、まずは殴られない努力からだけど。
世界は再び無に沈む。
だが今度は、その無が、ほんの少しだけ――
退屈じゃなくなっていた。
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