変態か反逆者か、それが問題だ。
ネーミングセンスについての苦情には素直に謝罪します。
2025/10/26(日)[日間]ヒューマンドラマ〔文芸〕短編 3位達成!ありがとうございます!
「お主、変態ではあるまいな?」
ある国のロイヤルファミリーの晩餐。私的な空間ではあったが最高級の食器にカトラリー、煌めくシャンデリアに照らされた美しいカッティンググラス。最高峰のシェフ達による料理が並ぶディナー。
そのような厳かな食事の最中に、国王である壮年の男が息子サナソルに尋ねると、悲鳴のような返事が返ってきた。
「そんな訳ないでしょう!」
何故そのような質問がなされたか。
それは、この第三王子サナソルの見合いが失敗に終わった事に始まる。
サナソルは16歳。3ヶ月前に婚約者候補の侯爵令嬢との見合いが行われ、正式な婚約となる前に交流を深めるため、月に数度の茶会が催されることとなった。
この縁談がまとまれば、サナソルは侯爵家に婿入りし、臣籍降下をする予定だった。しかし、侯爵令嬢に対してのサナソルの振る舞いは酷かった。
初めて顔合わせをした時は、それぞれの親である王妃と侯爵夫妻が立ち会ったためか、まともであったが、令嬢と二人きりになると、途端に態度は変わった。
サナソルは不愉快そうに顔を歪めると令嬢に言い放った。
この縁談はサナソルの本意ではない。王の息子たる自分は他国の王女を娶る、もしくは女王となる姫君の王配となる事も可能。令嬢は優秀とは聞いているが、自分との将来を望むのなら、さらなる精進を重ね、誠心誠意尽くせと言う台詞から始まり、くどくどネチネチとまるで言いがかりのような説教をかました。
その報告を侍従から聞いた時、父王はあまりの傲慢さに眩暈がした。なんという思い上がりだ。そもそも、この縁談は貴族家とのパワーバランス、相手の令嬢の能力など様々な事柄を考慮した上での、王家からの打診である。
父王自らそれを説明し、令嬢に謝罪し、振る舞いを改めるよう命じた。
「それから、他国の王女と婚姻も可能だと言っていたそうだが、王族からの縁談はきてはおらぬ。あるのは他国の貴族からだ」
「なっ。トアール国やアーチィノ国、アスォ公国の姫君との縁談がきているでしょう!」
「その三カ国は、そなたではなく兄のジナニウスを希望しておるぞ」
「はぁあ?失礼な!」
思春期の息子は悪い意味で自尊心が高まっているようだ。かと言って子供の薄いプライドを傷付けないように……などという考えはない。
「誰を望もうが各国の自由であろう」
兄のジナニウスは優秀な財務官として知られつつある。一方でサナソルには目立った功績はない。二人とも独身なら実績のある方との縁を欲する。国王は我が子にも、割と冷静な評価をつけていた。
そして非公式ながら、国王、王妃夫妻は侯爵家と令嬢に謝罪もし、辞退しても良いと伝えたのだが、たった1回の交流で終了となっては、王子、令嬢共に悪い噂が流れる可能性もあると言う侯爵の言葉によって、引き続き交流の名目で茶会を続行することとなった。
しかし、サナソルは一向に態度を改めない。
次の令嬢との茶会では「父の命令だから、仕方なく会ってやるのだからな!」などと宣ったそうだ。その後も、可愛げがない、男を立てない、生意気だと、表現を変え、くどくどネチネチ……
「臣下をなんだと思ってる。よく分からん理屈を捏ねて、踏み躙って良い存在ではないぞ。恥ずかしい真似はやめろ。王族以前に紳士として失格だ。情けない姿を晒すな。これまで何を学んできたんだ」
父や母だけでなく、長兄であり王太子のチョナリオンも諫めたのだが、それでも変わらないサナソルに、チョナリオンの双子の姉であるチョジョットはゲンコツを落とした。
「男の風上にもおけぬ!訓練場に来い!」
そして騎士団に所属する姉姫は、サナソルを引きずり、訓練用の剣を持たせると肉体言語による教育がなされた。
酷い、虐待だ。
サナソルは比較的穏やかな性格の兄、ジナニウスに助けを求める。だが次兄は優雅に微笑むと言った。
「姉上は本当はトラウザーズをひん剥いて、公開尻叩きの刑するつもりだったんだ。それを私が止めてやったのだから感謝して欲しいものだな」
「はあああ?あんまりです!」
「言葉で説明されても分からないなら、体に教え込むというのは、ある種、理にかなっていると思うよ。でも、いい歳をした男の尻を晒されても見苦しいからね」
「僕をなんだと思ってるんですか!」
サナソルが大声を張り上げると、ジナニウスは優しげな顔をつくる。
「馬鹿?阿呆?恥晒し?」
そう、ジナニウスは穏やかそうに見えるだけで、別に優しい性格をしてる訳ではない。兄や姉達の中ではマシなだけだ。
「何故、侯爵令嬢にあのような態度をとるんだい?おかしな真似だと理解していないのかい?駄目だと言われる事を続ける意味はあるのかい?」
「もういいです!」
次兄にも責められ、サナソルは自室にこもった。そうこうしてるうちに侯爵家から縁談を辞退するとの申請が届く。王家はそれを受け入れ、サナソルに伝えたのだが、数日後、何故かサナソルは令嬢が茶会をすっぽかしたと家族との晩餐で言い出したのだ。さては聞いておらんかったな。なので、再度、侯爵家からの辞退の申し入れについて話した。
「無礼ではないですか!」
「無礼なものか。そもそも絶対的に必要な婚姻なら王命を出し、婚約をさせておる。侯爵令嬢との縁談は王家にとっても、其方にとっても最良と思われたから進めたが、必要不可欠なものではない。それ故に交流期間をもうけたのだ。それにお前にとって不本意なものだったのだろう?ならば、縁談がなくなって良かったではないか。何をそんなに憤る?」
「俺は縁談をやめたいなどと言っておりません!」
何言ってんだ、お前は……王がそう言いかけた時。
「あなた」
隣に座る王妃が口を開いた。そして、王は妻の瞳からその思いを受け取った。
「いや、まさか、妃よ。流石にそれはないだろう」
しかし、王妃はそっと目を伏せた。
「ううむ。可能性がないとは言えぬか」
「なんなんです!俺を無視して二人して視線で会話しないで下さい!」
王と王妃は長年の信頼関係の積み重ねより以心伝心を習得している夫婦で、誰よりも安心して背中を預けられる最愛にして最高の相棒だ。
「では、問うぞ」
王の手の上には愛する妻の手が重ねられた。なんだか、とんでもない事を聞かれる気がする。
「お主、変態ではあるまいな?」
サナソルの脳は停止した。え?なんて?
「あれほど止めろと言っても、令嬢を罵倒し、貶めたのは、お主が女性を痛め付け、傷付ける事に快楽を覚える嗜虐趣味だからではないのか?悪いが息子と言えど、悪戯に他者に危害を加える者を野放しにする事は出来ぬぞ」
父の言葉を理解した時、サナソルは叫んだ。
「そんな訳ないでしょう!」
「ならば、何故、令嬢にあんな態度を取り続けた?」
「そ、それは……」
黙りこくったサナソルを見て再び王妃が口を開く。
「あなた」
「いや、まさか、妃よ。サナソルは16歳だぞ」
「それ!二人だけで視線で会話するのやめて下さいよ!」
「では、問うぞ。お主、好きな子を虐めちゃうなどと言う幼児性を発揮したのではないだろうな?」
「なななな、ちちちち違います!」
「あなた」
「いや、まさか、妃よ。サナソルとて、そこまでズレた感覚ではなかろう」
「なんです!ちゃんと言葉にして下さい!」
「では、問うぞ。お主、無駄に上から目線で女性を見下すのがカッコいいとか思ってないだろうな。俺様王子とか言うアレだ」
「なななな、ちちちち違います!」
「あなた」
「まったくだな、王妃よ。マゴリオットでさえ、そのような事はしないのにな」
マゴリオットは長兄チョナリオンの息子であり、王と王妃の初孫である。現在、4歳。可愛くて仕方ない。
「どうして、マゴリオットが出てくるのです!今は俺の話をしてるのでしょう!」
サナソルが声を荒げた姿を見て、王妃は再び口を開く。
「あなた」
「いや、まさか、妃よ。サナソルはコレでも叔父だぞ」
「だーかーら!視線で会話しないで下さい!」
「では、問うぞ。お主、マゴリオットに嫉妬して赤ちゃん返りしているのではないな?」
「なななな、ちちちち違います!」
「あなた」
「うむ、確かに我々は、最近は時間があればマゴリオットに会いにいっておったからなぁ」
「あなた」
「ああ、前にマゴリオットが王妃の手をとってエスコートをしようとしていたな。あれは可愛らしかった。皆、小さな紳士だと褒めておったからなぁ」
「あなた」
「そうか、サナソルは我々を困らせて気を引こうとしたのだな」
会話に置いてけぼりにされたサナソルの顔は気が付けば赤く染まっていた。言い返せない。何故って、最初の嗜虐趣味以外は大体正解なのだから。ママってば、スゴイ。
「全部、違います!」
でも、サナソルはそれらを認められるほどの器は持っていなかった。また先程まであった「父の顔」が突如消えた事に息子は気が付いていない。
「ならば、我々を納得させる理由を述べよ」
「え……」
「“え”ではない。国王である余が各大臣達との協議により進めた縁談を、己の本意ではないと吹聴し、再三の注意を無視し、親王派の貴族家の令嬢を不当に扱い、暴言を撒き散らしたのは何故だ」
国王の追求はさらに厳しくなる。
「巨大派閥の筆頭の娘を罵り、王家の面子を潰して何がしたかったのだ。王家と貴族間に不和を引き起こそうとでも考えていたのか」
「お、俺、いえ、私はただ……」
「お前の行動は我が治世に不満を抱いていると公言しているようなものだ。目的は何だ?答えよ」
問われてもサナソルは答えられない、だって深く考えてなかったのだから。
サナソルは兄達や姉に比べて、自分の意見は流されがちだと感じていた。しかし、王太子、チョジョット、ジナニウスの3名は、何年も前から国政や軍事、行政に携わる職に就いている。サナソルは成人したとはいえ、何らかの職務に就くことなく未成年王族が行う程度の公務しか行っていない。彼らとサナソルは知識も経験も大きな隔たりがあったが、それらには目を逸らし不満ばかりが大きくなっていた。
様々な不満が燻る中、自分の意思とは関係なく進められた縁談に納得がいかなかっただけだ。ところが縁談相手は思いの外、好ましい令嬢であった。しかし、このまま婚約するのは釈然としない。でも、令嬢の気持ちはこちらに向けたい。だが、思惑に流されるのも下手に出るのも嫌だ。
思春期と反発心を拗らせた結果だ。
「わ、わ、私は……」
しかし、まさかそれが反逆を疑われることになるなんて思いもしなかった。
「その、私を……尊重して欲しかっただけです」
「ほう」
出てきた答えは尤もらしいが、理由にはないっていない。そんな事を見透かされているとは思わず、サナソルは続けた。
「はい、ですから……私も兄上達や姉上のように一人前の大人として扱って下さい」
「ふむ、大人としてか」
「はい!」
「良かろう、サナソルよ。其方も、もうすでに成人もしている事だしな」
良かった。父は納得してくれたし、自分を兄達のように一人前として見てくれる。サナソルにとって、最も良い方向に話はまとまった。
……ように思えた。
「では、これより2年。スァミィ寺院にて修道士として勤め上げるがいい」
スァミィ寺院はこの国の最北端の山にあり、神に奉仕するべく修道士達は厳格な規則に則り、ひたすら祈りを捧げる生活をしている。夏でも暖かくなることのない厳しい環境。娯楽どころか生きていくことさえ辛い。
「何故、そんな所に!?」
「其方が一人前として扱えと申したであろう。ならば、身勝手な理由で、縁談が失敗に終わった責任を取れ。大人としてな」
「そ、そんな……」
そういう意味じゃないよ、パパ。などとは言えず、助けてくれそうな人はいないかテーブルを見回すが、兄達は黙々と食事をしている。
唯一、声を掛けてくれたのは姉のチョジョットだが……
「なら、私の隊に入るか?しごいてやるぞ」
「結構です!」
チョジョット率いる部隊は精鋭揃いで、積極的に危険任務に挑んでいる。嗜み程度の剣術レベルのサナソルならば3日も耐えられないだろう。
「父上、お考え直し下さい!」
「責任逃れなど認めん。大体、今後、どうするつもりだ?縁談がなくなった今、お前の将来は白紙になったのだぞ」
サナソルも王族として教育されてきたが、明確に将来を定めてはいなかった。兄達や姉は10歳前後になる頃には既に己の進路を定めており、チョナリオンは父の後継者として帝王学を極め、チョジョットは剣術に加え、軍事学を学び始めた。ジナニウスは財務関係の職に就くべく専門家に師事し、現在は上級文官として財務省に所属している。
サナソルは12歳になる頃には、父や母から成人後の話をされたが「将来の事はまだ考えられない」などと呑気な事を言っていた。この度の縁談が整えられたのも、将来の定まっていない末っ子の行く末を案じたという親心もあったのだった。
「では、部屋で謹慎を……」
「民の血税で引き籠りニートなど許さぬ」
こうしてサナソルは北の大地へと送られた。
表向きは、侯爵家との縁談は、サナソルが神に仕える時間が欲しいとの希望で白紙になったとされている。
その後、修道院に強制収容されたサナソルは不平不満ばかりであった。だが、周囲はそんなサナソルを甘やかす者は誰一人いない。そこでは王族でもなく、ただの修道士として扱われた。
しかし、サナソルは甘ったれだが、意外にもしぶとかった。少しづつだが次第に修道院の生活に慣れ、依存心が薄れつつなると周囲も変わってくる。周囲の反応も違うとサナソルも変わる。良い意味でのスパイラルにハマった王子は、2年ほど経つと、割とまともになった。そしてサナソルは王都に帰還する。
だが、逆に厳しい生活に慣れきってしまったサナソルは王子様生活に戻れず、お腹を下した。
「無理だ……」
甘えん坊王子だった男は修道士として教会にすぐにトンボ帰りし、その後の人生は神と民のために生きたという。
「贅沢するとお腹痛くなるんだ」
パパ王とママ王妃の名前が知りたい人は【短編の後書きとか解説とか】を読んでみてね!
10月24日12時公開予定。
あと修道院では髪を剃るよ!
王子だからって特別扱いはされないよ!




