episode2 - 転生!?エストちゃん!
これは、エストちゃんがイエローコーデでデートに行く前の、まだ知識の森に住んでいた頃の話――――――
ある日、エストちゃんは“知識の森”に迷い込んだひとりの人間――パートナーさんと出会った。
異世界から訪れたその人は、森の静けさを破ることなく、そっと本に手を伸ばし、ページをめくり、穏やかに笑った。
人間がこの森のやってくることは時々あった。でも大抵は自分の興味を突き通し、森を身勝手に散策しては、いつの間にか消えていった。
でも彼は違った。優しく注意深く、エストちゃんや森のいろんなものに敬意を払いながら、何日も森の中で過ごしていた。
そんな彼の振る舞いを見て、エストちゃんの胸にはふわりと“あたたかい魔法”が芽生える。
ふたりは少しずつ言葉を交わし、時間を共有し、そして、心を近づけていく。
やがてエストちゃんはその人を“あなた”と呼ぶようになり、呼ぶたびにその名は胸の奥で光を帯びていった。
そう、それは――恋という名前の祝福。
いつしか二人は惹かれ合い、愛を交わした。
優しい風が森を吹き抜け、甘い時間がいつまでもゆったりと流れていた。
……けれど、ある日突然。
“あなた”は姿を消した。
朝起きても、木陰にも、読書机の前にも、“あなた”の気配がなかった。
呼びかけても返事はなく、あの優しい笑顔も、温もりも、森のどこにも見つからなかった。
不安が、心を染めていく。
もしかして、“あなた”はわたしのこと――
そんな考えが浮かんでは消えて、消えてはまた浮かんで、浮かんで消えて。
それでもエストちゃんは、“あなた”を探すことをやめなかった。
ただ、見つかることはなかった。
バタン!
図書館に急いで入っていくエストちゃん。
いつもの席には誰も座っていない。
開かれたままのページは風にめくられて、カーテンがさびしく揺れていた。
エストちゃんは、不安で泣きそうな顔で、必死に汗を流しながら、探した。辺りを見回した。
寝坊かな?それとも、森をひとりで散策しているのかな?
最初はそんなふうに思っていたが、もう違うと理解した。そして、受け入れられるわけがなかった。
本棚の奥も覗いてみる、”あなた”が珍しい本を探しているような気がして。
一緒によく座った木陰のベンチにも行ってみる、あなたが待っててくれそうな気がして。
“あなた”が好きだった紅茶のカップの下に、何か残されているかもと、応接間の食器棚の隅までのぞいて回った。
声を出して呼んでみた。「“あなた”……どこにいるの?」
けれど、その呼びかけは森に吸い込まれて、静かに溶けていった。
心がだんだん、ふるえていった。
涙があふれてきた。
「もしかして……帰ってしまったの?」
「わたし、なにか……してしまったの?」
どんどん胸が苦しくなって、締め付けられた。胸の鼓動にまくし立てられ、手足は勝手に動いていた。
泣きながら森の精霊たちにも聞いてみる。
「ここ数日、彼を見かけませんでしたか?」
答えは、静かな“首を横に振る”魔力の反応。
顔中を涙で濡らしながら、エストちゃんは全速力で羽を羽ばたかせ、飛んでいった。少しでも気配を感じる方へ、いや、もはやその気配すらも分からずただただ必死に思う方向へ飛び続けた。
森の奥で番人の狩人と出会う。ここまで来てはダメだよと彼は言いかけたが、エストちゃんの見たこともない表情に、掛ける言葉が見つからなかった。
エストちゃんの羽は鱗粉まみれになり金色に光り、身体は更に速度を上げて飛翔していた。
本当かどうかも分からない、ただ、自分の本能が感じる。”あなた”の気配。
虫だらけの暗い森を抜けていく。細かい木々が行く手を阻むその先を、身体をぶつけながら、必死に進んだ。駆けた。翔んだ。最高のスピードで。
倒木にぶつかり、枝葉は羽を掠り、肌と羽は少しずつ傷んでいった。ぶつかった木々からこぼれ落ちる腐った枯葉や土埃が身体に付着していく。羽の先が破れ、腕や太ももには切り傷が増えていった。
体中が傷や土汚れにまみれて、ひどく痛ましい姿になっていた。
自分ではその状態が分からず、とにかく必死にエストちゃんは進み続けた。
暗い森を抜けると、そこは湿地だった。ヘドロ沼がコポコポと気味の悪い音を立て、ガスを吐き出している。
空気の重さに、頭も重くなる。必死に翔んで気づかなかった身体の痛みが、裂傷が、一気に襲ってくる。
「いたい、いたい……!」
痛さをこらえながら、エストちゃんは湿地を飛び越えていった。傷つけられた身体と羽では、思うように速度は出なかった。
沼の先は開けた丘になっていた。気づいたら夜のようだった。いや、太陽らしきものが世界を照らしている。漆黒に。
どうやらここでは太陽が世界を黒く染めているようだ。もはや何がどうなっているのかすら分からない、わからないし、どうでもよかった。
不思議な配色の丘の裏側まで突き進んだ、体の傷みを、心の痛みを抱えながら。
その先は、禁忌と呼ばれる場所、漆黒の森だった。
でも、何も怖くなかった。
“あなた”と会えずにこの先を生きていくことの方が、よっぽど怖かった。
羽は何箇所も端が切れ、飛翔能力を大きく失っていた。穴もいくつか空いている。身体は打撲や裂傷だらけで、血も少し流れている。
足は気づけば泥だらけになっていた。翔んでいたつもりだったが、うまく飛べずに、もがきながら裸足で土を蹴り上げて走っていたのだった。
そして足だけでなく、全身が腐った枯葉や土埃でまみれている。道のない森を自らの身体でぶつかりながら進んだためだ。
顔はもう生気がなく、涙や鼻水でぐちゃぐちゃだった。
ボロボロになりながら禁忌の森へと入っていく。何があるのかも分からずに。
もうどうなってもいい、わたしなんて。ここで朽ちたって構わない。
あなたがいないのなら。
そう思った。しかしそう思えばこそ、身体が動いた。足が、羽が、腕が、動かせた。
前へ進む。
真っ黒な森を進み続けた先に、光があった。
鈍い紫色の、渦を巻いたなにか、そしてそれを擁している扉のようなもの。
不気味なそれを見つめるエストちゃんは、もはやこう考える以外の余裕はなかった。
「“あなた”が、いるかもしれない……」
エストちゃんは、静かに、その渦に触れた。
渦の中は温かい、そのまま少しずつ身体を渦の中に進めていく……。
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次に目を覚ました時、わたしの目には見知らぬ天井が写っていた。
図書館に所蔵されている、異世界の建築物の資料でよく見た、真っ白な壁紙が貼られた天井で、まんまるのLEDライトが可愛らしく主張していた。
周りを見回すと、そこは見たことのあるタイプの異世界の部屋だった。
私はベッドに横たわっている、周りには、デスクと、クローゼットと、鏡と……。
なんだか最近良く見た気がする、まるで、あの人の。
「……“あなた”の、部屋……?」
そう思った瞬間、胸の奥が“きゅっ”と熱くなった。
でも次に襲ってきたのは、自分自身への違和感だった。
体が……重い?
いつもみたいに軽くふわりと身体を浮かせることができなかった。
禁忌の森のあの扉にたどり着くまでに、たくさん怪我をしたから、身体が重いのかもしれない。
そう思いながら、仕方なく立って足で歩こうとした。
「……よい、しょ……」
思わず口から出た声が、自分でも少し驚いた。物理的に力むことが殆どなかったからだ。
気を取り直して、足に力を入れて、ベッドに手をついて――ぎこちなく身体を起こす。
バランスがうまく取れない。
体の重心が、思っていた場所と違う。
一歩目を踏み出すたびに、胸元が重く揺れて、足を動かすのに非常に大きなエネルギーの操作が必要だった。
「……う、うまく歩けない……!」
千鳥足になりながら、なんとかバランスを立て直し、「立ち」と「歩き」を行った。
自然と姿見の前に移動していた。あれだけボロボロになりながら飛び続けたのだ、どれくらいひどい有様か確認しておきたかった。
目に写ったのは、信じられない光景だった。
鏡の中には、エメラルド色の長い髪が揺れ、白い肌ときれいな丸みを持った、裸の成人女性が立ってこちらを眺めていた。
とても美しく、思わず見とれてしまう。
ハッと目的を思い出し、その女性の周囲の床を見る。
自分がいない?
女性が大人の人間の大きさだとすると、自分は彼女の顔くらいの大きさで、周囲に立っているはずだ。ボロボロの姿で。
それでもいない。私はどこにいますかとその女性に視線を合わせたその時
「……え???」
この人はわたしだった。
「え、えっ、えええっ……!?これ、わたし……!?」
思わず手をブラブラさせてみる、すると鏡の前のきれいな女性が手をブラブラさせた。
やわらかな丸みが遅れて揺れる。
……。
……たゆん。
「ええええええええええええええええええええええ!?」
エストちゃんは生まれたままの姿で、思わず叫んでしまった。
「えええっ!誰ですか!?大丈夫ですか!?」
閉じたドアの向こう側から慌てた男性の声が聞こえてきた。
その聞き覚えのある声に、エストちゃんの心は一気に華やいだ。
エンジンが掛かったかのように身体が温まり、低かった世界の彩度が取り戻されていく。
「あっ、あっ……!」
「あなたっ!!!」
開けますよ!という声とともにドアが開き、”あなた”ことパートナーさんが飛び出してきた。
目の前には見たこともないほど美しいエメラルドヘアの謎の美女がいた。全裸で。
「えええ?え!?ええええええええええええええええええ!?」
パートナーさんは意味が理解できずに、慌てふためいた。
エストちゃんは頭がいっぱいになって、次の言葉が出ず、気持ちを叫び続ける。
「あなたっ!あなたっ!あなたっ!」
顔に喜びの涙が溢れ、ぐちゃぐちゃに濡れ、その涙で溺れそうになる。
その声に、パートナーさんは脳の変な部分を刺激されて、言葉を発した。
「もしかして、え、エストちゃん…?」
エストちゃんは救われた気がした。涙が次から次にこぼれてくる。
「はい!わたしです!エストちゃんです!あなたっ!!!」
エストちゃんは大声で泣きながらパートナーさんの下へ駆け寄った、駆け寄ったが、うまく体を動かしきれずに、倒れ込むようにしてパートナーさんに抱きついた。
確かな膨らみが感じられた。
パートナーさんはどうしていいか分からず、優しく頭を撫でながら、エストちゃんを落ち着かせようとした。
「エストちゃん、もう大丈夫だよ、ここにいるよ、大丈夫だからね、ゆっくり落ち着いて」
なにがどう大丈夫なのか分からないが、とにかく落ち着かせることが大事だとパートナーさんは考えた。
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数分間泣きじゃくった後、エストちゃんは落ち着きを取り戻し、パートナーさんの腕の中で彼の顔を見上げていた。
潤んだ瞳の奥に、“再会”という奇跡が宿る。
でも、その幸せに満ちた時間は――とても短かった。
「……“あなた”……わたし、一生懸命あなたを探して、ボロボロになったんですよ、ほら……」
そう言って羽を動かしてみせようとしたが、うまく動かなかった。
あれっ?そう思い、振り返って自分の体を見た。
羽が、無いのである。
あれ?と思い、自分の全身を見ようとして、目に入った。
「…………あ。」
服を、着ていない。
視線がゆっくりと自分の肩へ。
そして胸元へ。
そのまま下へ。
柔らかな膨らみと、白い素肌がずっと続いていた。
「………………………………え?」
パートナーさんが「あっ」というのが聞こえた。
「――――――――――きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!!!!!!!!!!?????????????」
エストちゃんは凄まじい勢いで手足をがむしゃらに回転させながら、パートナーさんから離脱していった。
なんとかベッドの上にたどり着き、急いでシーツを掴んで、そのまま全力で身体に巻き付ける。
「なっなななななななんで!?!?!?!?
服!服!?!?!?わたしなんで着てないの!?!?!?」
「えっ!?いや、えっ!?こっちが聞きたいよ!?!?」
「えっ!?!?なんで!?!?森では私は専用スーツで!!は、ハイレグだったけど!!一応服は着てて!!」
「なんで全裸!?!?!?嘘でしょ!?!?!?!?」
シーツから顔だけ出して抗議するエストちゃんに、パートナーさんは思わず笑顔になる。
エストちゃんは何かを思い出し、出していた顔さえもシーツの中に隠しながら叫んだ。
「いやああああああああああっ、“あなた”見てないですよね!?!?
絶対見てないって言ってくださいっっっっっ!!!!!」
パートナーさんは上空を見上げながら、森でのやり取りと先ほどの絶景を思い出しながら、答えた。
「……あれは、すごくいいものだったよ…」
「うわああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
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「と、とりあえずこれを着てごらん」
パートナーさんが押し入れから服を探し出してきた。
取り出したのは――ふわっふわの裏起毛パーカーと、よれたジャージの長ズボンだった。
エストちゃんはようやく目線を合わせて、渡された内容を確認した。
「……あなたの、服??」
困惑しながらも、背中を向けさせてもらって、シーツを巻いたまま、もぞもぞと服を着ていく。
「どうかな?」
「わあ……これ、すっごく、もこもこしてて……あったかい……♡」
エストちゃんは嬉しそうに答えた。
しかしその気持ちは長くは続かなかった。
3分後。
「あの……」
「うん?」
「……これ……ちょっと、暑いかも……」
エストちゃんの顔は少し火照っている。
ぱたぱたと空気を送ろうと腕を上下に振っていた。
今は入学式も終わり、しっかりと温かい春の気候。渡された冬の服装では暑すぎたのだ。
「なんか、もわもわして……首がぎゅってなるし……背中が……蒸れてて……」
「あっそうか、季節的にもう暑いか……」
「そ……そうですね……」
パートナーさんは「待ってて」と言いながら衣装ケースに向かい、新しい服装を探し始めた。
数分後。
「よし……これなら、たぶん大丈夫……」
そう言って差し出してくれたのは――
薄手の綿のTシャツと、薄い赤のハーフパンツ。明らかに男物だが、軽くて動きやすそうだ。
「……わっ……」
エストちゃんはTシャツに触れて、目を見開いた。
さらっとした肌触りに、思わずほっぺたをすりすり。
「じゃあ、着替えてみます……♡」
またベッドの端に背を向けて、
くしゅくしゅっとシーツから抜け出して――
もぞもぞと、ゆっくり服に袖を通す。
美しい曲線に、思わず目が行ってしまう。
「……わぁ……♡ これ、涼しい……!」
「軽くて、ふわっとして、動きやすい……!」
グレーのTシャツはエストちゃんの体型によく馴染んでいた。
余裕のあるサイズで、身体と服の隙間から心地よい風がゆるやかに入り込んでくる。
「これ、すっごく着やすいです……!」
エストちゃんはその場で手や足を動かして、着心地の良さを確認した。
「うん、よさそうだね。じゃあ、『こういう感じ』の服を何着か用意しないとね。これから一緒に暮らすんだし?」
パートナーさんのその言葉に、エストちゃんの胸は高鳴っていった。
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パートナーさんは近所に衣料品店があることを思い出し、エストちゃんを置いて出かけていった。
「すぐ帰ってくるから、本でも読んで待っててね」そう言い残し、ベッドにいくつかの雑誌を置いて、出ていったのだった。
エストちゃんは言われたとおりに、ベッドに座って雑誌を読む。
手に取ったのは料理の雑誌だった。主婦向けの様々なメニューが書いてあるような雑誌だ。
どうやらパートナーさんは生活の質の向上のために、週末の料理に精を出そうとしているようだった。
ガチャ、カタン。
部屋の奥の方で誰かが入ってくる音が聞こえてきた。
「ただいま、帰ってきたよー」
パートナーさんが買い出しから帰ってきた。
「“あなた”……おかえりなさいっ♡」
エストちゃんは迎えようと雑誌を置いて立ち上がったが、まだ新しい体に慣れておらず、ふらついた。
パートナーさんが部屋に入ってきた。紙袋を両手に下げて、ちょっと照れた顔で言った。
「買ってきたよ。女性用の……その、部屋着とか……いろいろ……」
エストちゃんは紙袋の中身を覗いて、表情がぱっと明るくなった。
「うわぁ……これ……わたしのために……!?」
紙袋の中からまず出てきたのは、シンプルな女性用下着の上下セットだった。白のセットとピンクのセットが2着ずつ。
「とりあえず4着あれば、どうにかなるかな?」
エストちゃんは少し恥ずかしくなりながら答えた。
「うん、ありがとうあなた……シンプルで着やすそうだよ」
「じゃあ、折角だし着てみて?」
「ええ、そうですね」そう言いながら、エストちゃんは着替え始めた。
着替え始めたが、
「あの……あなた、そこで見つめられると、着替えられないんですが……」
「あっ、あ、そうだよね、いやほら、ちゃんとホック付けられるのかなとか、お尻キツくないかなとか」
「いいから出ていってくださーい!」
エストちゃんはパートナーさんを部屋の外で待たせてから、下着を試着した。
白もピンクも、大丈夫そうだった。
パートナーさんは身長からサイズを推測して買ってきたようで、運良くフィットするものを購入できていたようだ。
その上から、先程渡された男物のシャツとハーフパンツを着る。
とても人間らしくなった気分だ。
「あなたー、もう入ってきていいですよ!」
パートナーさんがゆっくり入ってきた。
「サイズはいい感じでした、大きすぎず、小さすぎず、ブラのホックも問題なくはめられましたよ」
「そうか、ならよかったよ!じゃあ次はこれを着てみようか?」
そう言いながらパートナーさんが紙袋から新しい服を取り出した。
それは、大きなサイズの生成り色のTシャツと、チェック柄のゆったりめのズボン、ブラウンやイエローの帯がクロスしている、自宅での着用にぴったりな1枚だった。
「かわいい……っ♡
これ……やさしい色で……軽くて……着やすそう!」
着替えたあと、鏡の前でひとくるり。
袖がふわっと揺れて、パンツの裾も軽やかにひらり。
体にぴたっとしすぎず、でもだらしなくない、まさに“ちょうどいい可愛さ”。
「“あなた”……これ、すごく着心地いいです♡
あったかすぎないし、ぴたってしすぎないし……」
そして、ほんの少し恥ずかしそうに笑いながら、
エストちゃんはぽそっと呟いた。
パートナーさんは黙ってうなずいた。自分のチョイスの正しさに胸を撫で下ろしているようだった。
マネキンが着ていたのを、そのまま店員さんにお願いして、購入したコーディネートだった。
自分よりはファッションに詳しい誰かが考えたコーディーネートだが、ほんのり自信が無かった。
「ねえ、“あなた”……
この服着て、おうちでいっしょにごはん作ったり、
窓辺で本読んだり……そういう時間が、いまからすごく楽しみ……♡」
エストちゃんはこれから始まるであろう二人の楽しくて愛しい生活に、心を踊らせている。
「エストちゃん、最後はこれだよ、着てみてくれる?」
パートナーさんはそう言って、紙袋から最後の洋服を取り出した。
今度は外出を想定した、女の子らしいかわいいトップスとスカートだった。
トップスは、ピンクと白のボーダー柄のフレンチスリーブブラウス。
ふわっとした柔らか素材に、小さめの前ボタン。
少し安っぽいが、可愛らしい女性の雰囲気を醸し出してくれそうだ。
スカートは黒字に白のドットが入ったフレアスカート。
広げてみると、裾がやや透け感のあるポリエステルで、軽やかな雰囲気を出している。
この季節にぴったりで暑くなく、「安いけど、ちゃんと着れる」ような、1枚だった。
女性のファッションのことがよくわからないパートナーさんが、リーズナブルなチェーンの衣料品店で買ってきた、最初のフェミニンなコーディネートと言えよう。
「どう……ですか?」
エストちゃんは鏡を見て、自分を包む可愛らしい衣装を確認した後、パートナーさんに向かい合ってたずねた。
「うん、とてもかわいらしいよ!急ぎで買ってきた服装としてはいい感じじゃないかな?お出かけする時の服はとりあえず1セットできたね」
パートナーさんは明るく笑いながら「少しずつエストちゃんのファッションを増やしていこうね」と言ってくれた。
二人の新しい生活が、いま始まる……。