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1:人格の発現

 僕は、昔。

 虐待を受けていた。

「アンタさえ生まれていなければ!」

 母にそう言われ、丸めた本で背中を、腕を、足を。殴られた。

「痛い!痛い!」

「黙れッ!」

 おなかを大きく殴られ、胃酸が口から吐き出され、喉が焼ける。

 痛い!痛い!苦しいよ!つらい、つらい!…ああ、僕は何でこんな目に合っているんだろう。

 それを思い出そうとすると殴られる以上の頭痛が僕を襲う。

 痛い!痛い!苦しい!痛い!頭が割れる!

 頭をドリルで穴開けられるような、そんな痛みと悲鳴が頭の中で木霊していた。

 心がきしむような悲鳴を上げているような気さえした。


 それでも僕はただただひたすらにそれに耐えた。


 ついに心も体もぼろぼろになって。

 けど、僕の心はその痛みに耐えることはできなかった。

 むしろ痛みも何も感じなかった。

 苦しいという感情も、痛いという感覚さえ、失ってしまった。

 いや、慣れすぎたといった方が正しいのかもしれない。

「もう・・・いいや。」

 自分の身を頬り捨てることを選びかけた。その時だった。

《大丈夫。僕が君の手助けになろう。》

 僕の心はひどくひずんだ。

 そうして心がゆがんだ末にできたのが。

「だっ誰!?」

《僕に名前はないよ。僕は君を助けるためだけに生まれた存在。君の新しい人格だよ。》

「あたらしい……じん…かく?」

 不思議と僕はその声に恐怖や不安を感じることはなかった。

 むしろ安心できる———

《そうだよ楓雅(ふうが)。僕が君の代わりに手となり足となり、体となろう。痛みは僕が肩代わりする。君はしばらく眠っていて。》

「ねる……?」

 するといきなり僕に睡魔が襲い掛かってきた。

 僕はよろけるように地面に倒れこむ。

 その睡魔に抗うことはできず、ストンと僕の意識は落とされた。


《・・・寝たね。》

《ああ。眠った。》

《いい寝顔ですねぇ。》

《誰か早くこやつの体を扱わないか。》

《僕が行こう。》

《リーダーが行くのか。》

《リーダー。頼みますよぉ?》

《リーダーが行かれるのならば儂は特に気にすることはございませんな。》

《みんな。それじゃあ、行ってくるよ。》

《頼んだぞ。リーダー。》

《頼みましたよぉ。》

《儂らはこやつの記憶を漁っておく。なぜリーダーが生まれたのか。原因を探っておく。》

《助かるよ。》


 地面に倒れこんでいた少年がむくりと起きる。

「ここが彼の世界……か。」

 リーダーと呼ばれている人格がその少年を操っていた。

 僕の視界に映るのは、痛みの残滓と、歪な優しさだけだった。

《リーダー。そちらの様子は?》

《良好だよ。》

《彼もぐっすり眠っている。》

《それはよかった。》

《リーダー。記憶の読み込み途中だが、あの母親が狂った原因の想定がついた。まだそれを確認したわけじゃないが、儂の予想が正しければ……いや。これは後で伝えるとしよう。》

《了解。報告はまとめて聞こう。》


 ……さて。今の僕の状況を、少し整理しようか。

 ———僕は楓雅の多重人格の最初の人格。名前はない。

 彼らは僕が創った。

 僕には他の人格を創り出す能力がある。これを使うためには条件がある。

 それは楓雅が心から必要とするほどの心の叫びをあげた時。

 そして今、彼の代わりとして僕がここに出てきた。

 つまり、これからの痛みは僕が一身に身代わりとなるということ。

 彼が苦しまないのならそれは僕の喜び。それなら──この世界の地獄も、自ら進んで引き受けようじゃないか。

 玄関のドアがガコンという音を鳴らし、戸が閉まったことを僕の耳に届けてきた。

「来たね。」

 母親が帰ってきた。

 まさか齢8歳の少年に暴力を振るうとは。この母親は一体どんな理由でここまで狂ってしまったんだろう。

 それはあとで調べればいいこと。

 今はこれから訪れるであろう暴力を受ける覚悟を決め、一身に受けることが僕がしなければならないこと。

「楓雅ァ!出てこいッ!」

「はい!」

 体がふらつく。

「これは………!」

 客観的に見ていた僕は知らなかった。痛みはその時に訪れ、いずれ引いていくものだと。

 それはきっと正しい。しかしまともに歩くことが困難な程この体が衰弱しているとは思ってもいなかった。

「もう、持たないんじゃ……。」

 いや。まだだ。楓雅を死なせはしない。耐える。耐えてみせる!

 ふらつく体を引きずり、僕は楓雅の母の前に行った。

「遅いッ!」

 するとその直後、傘で頭を殴られ、地面に叩き落された。

「うぐっ!」

 肺の空気が強制的に吐き出され、うつ伏せに倒れこんだ。

 そこから背中を傘で叩かれる。何度も何度も。


 ………ああ。これが痛いって感覚なんだね。君はこれにひたすら耐えていた。

 すごいよ。楓雅。


 そこからさらに熱湯をかけられ、足を殴られ、馬乗りにされ、殴られる。それも、徹底的に。

 これが1時間もの間続いた。

「アンタ。掃除しておきなさい。」

「……はい。」

「返事が小さい!」

「はい!」

 掃除を命じられた僕は雑巾を取り、熱湯を吸わせる。

 すぐにびしょびしょになると絞り、再び熱湯をふき取る。

 手は火傷しそうなほど熱くなり、痛みで膝ががくがくと震え、立つことすら辛かった。

 そうした末にようやく睡眠をとることができた。

 夕食なんてものはなかった。

 そりゃそうだ。これほどの虐待をするのだ。朝食も夕食もないだろう。

 それなら休日は一体どうしてるんだ………?

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