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第33話 バカ娘

 ――少し、二人で話をさせてもらえないだろうか。


 俺が莉世に呼ばれて病室に戻るなり時臣さんからそう言われ、口を挟む間もなく莉世が病室を出たために二人きりの空間が完成した。


 え? なにこれどういう状況?


 推測するに、莉世と時臣さんとの間で話題が何かしらの終着を迎えたのだろう。

 いい方向か悪い方向かまではわからないけど……二人の空気感は病室で顔を合わせた当初よりもかなり和らいでいたように感じた。


 莉世もそうじゃないと俺に時臣さんと二人で話させる、なんて選択はしないだろうし。


 そうでなくとも娘と一緒にいる男だ。

 後顧の憂いを絶つ意味でも、話の場を設けることには意義がある。


 ……それはわかるんだけどさ。

 莉世がいなくなったきり、無言で向かい合うだけの時間が流れているのは俺的にもちょっと厳しいと言いますか。


 俺から話題を切り出せばいいだろって?

 無理でしょ、なんかかなり睨まれてる感じするし。


「そう緊張しなくていい。私はただ、莉世が信頼しているように思えるキミと話がしたかっただけだ」

「……それなら、先に一つだけ聞かせてください」

「なにかな」

「莉世とは……その、仲直り出来たんですか?」


 言葉を濁さず聞くことに少なからずの抵抗はあったものの、そこだけは確認しておかないと安心して話せない。


「……仲直り、とは随分と可愛らしい表現だな。一応の和解は出来たものと思いたい。許してもらえるかは今後の私の態度次第だろう」

「それは、よかったんですよね」

「ああ。父親として未熟なのを実感したよ」


 呆れた風に言うものの、表情は至って穏やかだ。


 これは本当に莉世と時臣さんの関係が良好な方向へ進んだと思っていいのだろう。

 原因も、やり取りの一端も目撃した俺としては、とても安心する情報だ。


「我々はまだ自己紹介をしていなかったな。莉世の父の時臣だ。以前は見苦しいものを見せてしまってすまなかった」

「幸村湊です。見苦しいなんてそんな……」

「それよりも、私はキミに聞かなければならないことがある」


 俺の言葉を半ば強引に断ち切ってまで、時臣さんが聞きたいこと?


 穏やかだった表情が一転して険しくなり、嘘偽りを絶対に許さない圧を感じる。


「――時に、キミは莉世の彼氏なのだろうか」

「…………はい?」

「だから、キミたちは付き合っているのかと聞いているのだ」


 彼氏?

 俺と莉世が付き合っている?


「いやいやいやいやいやいや、そんな事実はありませんから!」

「嘘をつく必要はない。仮にそうだったとしても、私に二人の関係をどうこうする理由は……」

「あの、本当に付き合っていないので!」

「…………では、キミたちはただの友人だと?」


 凄みを利かせた目。

 思わず一歩退きながら「……同居人です」と、真実が飛び出してしまう。


 あ、と気づいた時にはもう遅く、さらに時臣さんのまなじりがつり上がった。


 付き合っていないのに友達を否定して同居人は色々まずいって、どうして気づかなかったんだ……ッ!!


 それじゃあセフレとか、そういう都合のいい関係だと思われてもおかしくない。


「…………キミたちは付き合ってもいないのに同居しているのか?」

「えっと、その……………………はい」


 気分は判決を待つ罪人。

 莉世のファンクラブに拉致られて尋問されていた時よりも心理的に余裕がない。


 どう足掻いても俺の印象は地に落ちた。

 ここで何を言っても言い訳としか思われないだろう。


 それに、何かを堪えるかのような重さを秘めた声が耳に残って、時臣さんの顔を見るのが途轍もなく怖い。


「それは私が莉世と言い合いになり、家出をした日から……か?」

「……はい」

「…………念のため確認するが、莉世には手を出していないだろうな?」

「それはもちろん」


 なんてことを聞くのかと思いながら即答すると、数秒の間を挟んでため息が響いた。


「顔を上げたまえ、幸村くん。私にキミを責める気はない。むしろ感謝するべきだろう。帰る家を失った莉世を、今の今まで守ってくれていたのだから」

「……大したことはしていませんよ。ただ、泊めてくれるなら誰にでもついて行きそうだった莉世を放っておけなかっただけです」

「それは誰にでも出来ることではない。誇りたまえ。そして、ありがとう」


 ……これは認められたってことでいいのか?

 どうやっても怒っていそうには見えない。


「幸村くんには迷惑をかけたな」

「そうでもありませんよ。生活費の折半とかで、俺も楽になった部分がありましたから。家事も手伝ってもらってましたし」

「……ならいいのだが。後で謝礼くらいはさせてくれ。迷惑料だと思って、気兼ねなく受け取って欲しい」

「受け取れません。莉世を泊めると最終的に決めたのは俺の意思です。だから、その責任は最後まで俺だけが負うべきです」


 あの夜、泊めてくれる人を探していた莉世を見かけた俺が、仕方なく一晩泊めた。

 それっきりで関係を終えるはずだったのに、莉世の押しに負けて泊めると決めたのは俺だ。


 そこに後悔はしていない。


「それに、莉世との生活は苦労だけじゃなかったので。楽しいことも、嬉しいこともありました。莉世がいてくれたから知ったこともありました。俺にとっての対価はそれでじゅうぶん過ぎます」

「……莉世を拾ってくれたのが幸村くんみたいな青年で良かったと心から思うよ。私は出ていく莉世を追えなかった。あの日の私に、そうするだけの資格はなかった。莉世とは長らく拗れていたが、いざいなくなるとどうしていいのかわからなくなってしまった。仕事の合間を縫って家に帰ってみるものの、莉世と会えたのは幸村君がいたあの日だけ。しかも、そこでも言い合いになる始末だ。……どうしようもない父親だろう?」

「……まだ二十年も生きていない若輩が何を言うのかと思うかもしれませんが、人間は間違える生き物です。父親も例外ではありません。でも、間違えて答えを知れたなら、次からは正しい道を歩けるはずです」


 なんて言ってみてから、なんでこんなに偉そうにしてるんだろうなと思ってしまう。


 けれど時臣さんは俺の言葉を嚙み砕くかのように二度三度と頷いてから、


「そうだな。全くその通りだ。間違えた分、これからは正しい父親でありたいと心から思うよ」

「大丈夫ですよ、きっと」


 莉世も、時臣さんの頑張りを否定することはないと思う。

 俺に出来るのは二人がちゃんとした家族へ戻るのを願うだけだ。


「ちなみに幸村くん。話を戻して悪いのだが……本当に莉世には手を出していないのか?」

「本当の本当に出していません。どちらかと言えば出されていたのは俺の方と言いますか……」

「……どういうことだ?」

「莉世を泊めると決めた当初、対価として莉世は自分の身体を好きにしていいと言っていて、何度かそれらしい方向へ流されそうになったことがあり――」

「……………………なんだと?」


 たった一言。


 それだけで病室の室温が数度下がった気がした。


「い、いや! そういう対価や誘導をしたら俺が出ていくって約束してからはないんで!!」

「…………あのバカ娘め。そういう強引なところは妻に似たのか? 学生時代に妻からあの手この手で迫られたのを思い出した」

「……莉世のアレはお母さん譲りだったんですね」

「莉世は似なくていいところばかり親に似てしまったらしい。私からもきつく言っておこう」

「すみません……本当にお願いします」


 こればっかりは心苦しいけど俺的には死活問題だったので素直に縋らせてもらう。


 ギリギリで耐えれていただけで、歯車が掛け違っていたらそういう関係になっていてもおかしくなかった。


 俺はそこまで無責任なことはしたくないし、莉世も自分の身体を大切にして欲しい。


 でも、それはそれとして――


「……もしも莉世が今後も俺の家に泊り続けるとしたら、どうなりますか」


 莉世が俺の家に泊っていたのは家に居場所がないと思っていたからだ。

 その原因となっていた時臣さんと仲直りしたため、これまで俺の部屋に泊まっていた理由がなくなった。


「それについては莉世の意見を尊重させてもらいたい。申し訳ないが、まだキミとの同居を望むのであれば、どうか一緒にいてやってほしい。莉世が信頼しているキミにしか頼めないことだ」

「……いいんですか? 莉世といられる時間が減ってしまうのに」

「私は仕事で忙しく、あまり家に帰れない上に――父親だ。どうやっても年齢が上の私が莉世より先に旅立ってしまう。それなら、今後も隣で過ごすであろうキミといてもらった方がいいだろう」

「いや、俺は別にそういうのじゃ」

「幸村くんになら預けても心配いらない、というだけだ。深い意味はない。いいね?」

「はい」


 それはもう、言われるまでもなくわかっていますとも。


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