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シリウスをさがして…  作者: もちっぱち


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第64話

紬の両親に東京に一緒に住むことを交渉して、あっさり快諾してもらった。



 想像よりも案外壁を乗り越えるのは早かった。


 今までの対応や身なりも踏まえて、素性がわかる人と一緒に住んでもらった方が、防犯的にも金銭的にも本人にとっても好都合だろうとメリットの方を優先して許可をもらった。


 もちろんのこと、将来は結婚を見据えての同棲ということだった。


 陸斗は未だ、大学3年生。

 来年は就職活動も始まってくる。



 結婚をするとしたら、仕事が決まった年に考えようということで話はまとまった。



 いつまでもダラダラと一緒に暮らし続けてもお互いによろしくないだろうということだったが、まさか、予定していたことが次々に変更するとは未来はわからないことばかりだ。



一緒に暮らし始めて、数ヶ月。

お互いに何ができて、何ができないかがだんだんとわかってきた。


 紬は、ほぼ朝起きるのが苦手。


 もちろん、朝の準備は陸斗が任せられる。これは一緒に住んでない時から知っていたこと。


 朝ごはんの準備、ゴミ出し、洗濯物干しは、実家にいたときからやっていたことで慣れていた。

紬はすべてやってもらうことにすごく抵抗を感じ、せめて、帰ってきたあとの夕飯や洗濯物の取り込み、収納などは自分がしようと頑張ろうとするが、失敗することばかりで落ち込む日々が続く。



 それを責められることがないことが逆にストレスになってきた。



「ただいまー。」


 まるで新婚生活のような雰囲気で、陸斗はただ存在してくれるだけで心地よいと感じてたのに、紬とは違った気持ちだった。


「おかえりー。えっと、こんな感じかな。」


 台所のまな板の前で黄色いたくわんを食べやすいように切ろうとしてたが、ところどころでくっついていた。


「何作ってたの?」


「えっと…たくわん切ってた。いつもこんなふうになっちゃう。」



「あ、それ、ヤキモチ焼きって言うんだよね。端っこくっつく感じ。きゅうりとかもなるよ。」


 陸斗は滅多にならないことで逆に微笑ましく感じた。紬は不器用で綺麗にできないことに不満を感じていた。


「あ、外、雨降ってる。洗濯物、取り込むね。」


 陸斗は帰ってきて、すぐ、雨の降る音が聞こえると、外干ししていた洗濯物ハンガーを急いで取り込んだ。


「ごめん! 帰ってきてすぐ取り込めばよかったのに気づかなくて…。」



「別に、気づいた人がやればいいじゃん。」


 手際よく、洗濯物をかごにピンチハンガーから取り出し入れた。Tシャツやズボンなどのハンガーのものはそれぞれのクローゼットにかけた。



台所からリビングのソファに移動して、ふぅと腰掛けた。



「私、何もできてない。1人暮らししたことないし、ほとんどお母さんやお父さんにやってもらってたから全部自分でしなきゃって考えてるのに、陸斗ばかりにやらせてしまってる。料理もうまくできない。家の手伝いでやってたけど、自分のためになると全然できない。」



「あー、俺できちゃうからまずいのかな。気になるとさっさと片付けたくなって…。んじゃ、今度から見て見ぬふりしてみる?」


「うーん。その方がやる気出るかな。私、やればできるから!きっと、たぶん。」



「俺は、別に繋がったたくわんでも食べるよ。味は変わりないんだし、気にしないよ。最初からなんでもできる人なんていないんだから、ゆっくりでいいんだって。今日は…カレー?」



 陸斗は深い鍋の蓋を開けた。出来立てのカレーがグツグツいっている。


「うん。バターチキンカレー。」


「カレー作れるのに、たくわん切るのは苦手なのね?これは紬のためじゃなくて俺のためだから作れたってことかな。」



 全部が全部できないわけじゃなくてごく一部苦手がことがある。

 

 世の中の料理を全くできない人を敵にまわす行為だ。


「できるものとできないものの落差が激しいよね。まぁ、煮込み料理は基本切り方雑でも何とか行けるもんね。」


「そういう陸斗もこういうのは苦手だよね。ほら、ソファの下からこういうものが…。」


 いつ置いたかわからない黒い化石のようなだらんとしたもの。2つあるはずのものが1つしかない。



「え?嘘。気が付かなかった。それ、紬のでしょう。黒いのだし、名前書いてあるわけじゃないから、俺がそこに置くわけが…。」


「靴下にはサイズってあるのご存知?」


「あーーー。そうでしたねそうでした。はいはい。俺のですね!」


 自分じゃないと言いながらもすぐに紬の手に持っていた丸くなった靴下を手に取って、洗面所にある洗濯かごに入れに行った。


 時々、陸斗は帰ってきてから靴下をいろんなところに置く癖があった。  


見つかる頃には変な場所に移動にしている。


 靴下がいつも揃わないのには理由があった。

 

あたかも俺は完璧だぞと見せびらかす割には欠点も見え隠れする。


 ポテトサラダを作った時なんて、太るからマヨネーズは入れたくないと乳酸菌入りのヨーグルトを入れてほしいと変なこだわりがあったり、食べ物管理は極力細かく賞味期限をチェックして、まだ大丈夫なそうなものでもすぐ捨てる。


 今まで見えてこなかったこだわりが次から次へと見えてくる。


 それが良いかどうかに判断は困るが、どちらかといえば争うことが苦手な紬は相手の気持ちを譲ることが多かった。

 ストレスとなって爆発しなければいいなとどこか心の底で思っていた。


 一緒に暮らすって嫌なところが見えてくることが多いもの。それを受け止められるかがお互いの課題なのかもしれない。


「あ、バイト行かなきゃないんだった。カレー、食べよう。紬もバイトあるんでしょう?」



「うん、バイトもだけど、今日の講義でレポートの宿題出てて、やらなきゃないんだ。結構、ハード…。」


陸斗は台所でお皿にカレーとご飯をよそった。


「何のやつ?」


「外国語の翻訳して、さらにその文に対する感想を書くってやつ。しかも日本語で答えちゃだめなんだって。時間かかりそう…。そういや、陸斗前に話してたのってドイツ語だったんだね。詳しいなら教えてほしいよ。」



 食卓の上にそれぞれのカレーライスを置いた。



「そんなこと言ってないよ。気のせいじゃない? #죽도록 사랑해__ チュットロック サランヘ __#。」


「あ! それは知ってるよ。韓国ドラマよく見るから、“死ぬほど愛してる”でしょう?そうやって茶化すのやめてほしいんだけど…いただきます。」



 スプーンを持って、カレーとご飯を割合よく乗せて食べた。


「あ、バレた…。俺もいただきます。」


スプーンですくってパクッと食べた。



「うん、うまい!」



「良かった! それで、教えてくれる? 外国語得意なんでしょ? 提出締切来週までだからそこまで急がないけど…。」



「ああ、いいよ。土日もバイトあるから終わった後ならできるかな。」



「陸斗先生! よろしくお願いします。」



 敬礼をして挨拶した。



「おう。あ、大変だ。時間が無い。ごめん、そろそろ行くわ。食器うるかしといて。俺帰ってきたら洗うから。」


「わかった。行ってらっしゃい。」


 平日夜からのバイトが居酒屋で3時間、土日のバイトがコンビニ6時間。


ほぼ、バイトで時間を潰されていると言っても過言では無い。


 そうでもしないと今のアパートに暮らせない。学費は両親に頼っても暮らしていくにはバイトをしないとやっていけない。



 紬も同じく、生活費はバイト代から捻出している。


平日は最寄り駅前のカフェのホールで3時間。

土日は飲食店の洗い場で6時間。


 

 そんな毎日が慌ただしく過ぎ去っていく。


時々、陸斗の友達を連れ込んで飲み会することもあったが、変に女性の影は見当たらず、もしかしてゲイなんじゃないかと疑う要素もあったが、紬に対して一途だということを示したかったようで、女性に会う時は外で会っていたことを後々、友人の友人のつながりで知ることができた。


やはり、そこは変わらない肉食系な男だったんだなぁとため息をつきながら呆れていた。


もう熟年夫婦のような関係性になっていたのかもしれない。


陸斗を咎めることはせず、目の前のやるべきことのミッションをこなしていきながら、1年と半年はあっという間に過ぎていた。


 今日は突然の教授の気まぐれで一時限目が休講となり、11時という遅い時間に登校のため、ゆっくり目覚めることができた。時刻は午前8時。


朝起きてすぐの歯磨きをしていると、何でも無いのに嗚咽が走る。


「ん?」


すぐにうがいをしてみたら、何ともなかった。


パジャマからワンピースに着替えて、ストッキングを履いた。



今は夏。少し空調で肌寒い時もあるからとカーディガンを羽織る。


台所に行って朝ごはんと思い、炊飯器の蓋を開けた。ぷわーんと湯気が立ち込めた瞬間。吐き気を催した。


慌てて、紬はトイレに駆け込んだ。


すでに、大学に行っていたと思っていた陸斗が頭をかきあげながら部屋から出てきた。



「ん?おはよー。今朝は遅い感じ?俺も今日は午後からの講義だからのんびりしてたんだけど!?…紬、どうした?」



「…き、気持ち悪いぃ。」



「大丈夫か?」


 トイレで吐いていると、陸斗は背中をさすってくれた。


「まだ出る?出るなら出し切ってからの方がいいんじゃない?」


「う、うん。」


「昨日、何か変なもの食べたかな?マグロの刺身にあたったのかな。やっぱ、おつとめ品はよろしくないのかも。」


「陸斗は平気なの?」


「え、俺は全然平気だよ。夏だから気をつけないとなって…炊飯器の蓋開いたままだよ。」


 パタンと蓋を閉めた。


「…だって、ご飯の匂い嗅いだら気持ち悪くなったんだもん。プワーンって…。」


「え、そうなの?別にご飯は腐れてるわけじゃ無いし。とりあえず、今日は休んだら?食べられるものあるなら今うちに買ってくるよ。何食べたい?」


 陸斗はクローゼットから服を取り出して、着替え始めた。



「うーん…。何か酸っぱいものが良いな。梅干しとかレモンとか、炭酸とか?」


ソファに座って考えた。思いつくものは酸っぱいものばかり、疲れているのか。


「酸っぱいものねぇ。…吐き気してて…何だろうね。胃腸炎の人が食べたいと思うかな。うーん、まあいいや適当に近所のスーパーから買ってくるわ。」


 陸斗は寝癖をそのままに財布とエコバッグを持って買い物に出かけた。


 紬は、ハッとバックの中から手帳を開いて現状を確認した。


 成人女性であるならば、月に必ず訪れるものが3カ月も遅れて来ていない。


 まさかそんなはずないと過去を思い出す。


あの時って、どうだったか覚えてない。


ただの不順でホルモンバランスが崩れてるだけだ、きっとそうだと言い聞かせたが、その体の不調は1週間以上も続いた。



(これってもしかして…。)



 次は手帳と睨めっこする日々が続いた。

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