リックと黄金の神鳥Ⅷ
貴族民に仕える奴隷民というのは、度々“狩り”をすることがある。
そうすることで増えた奴隷を減らすのだという、いつからか芽生えた人族の国の風習だ。
貴族は元々が代々勇者の血族で、その勇者の能力や技量が先祖返りすることがある。
人々から与えられた“勇者”の称号を持つ、勇者ギルブレイグは代々の勇者が持つ次元空間を技量として生まれながらに所持していて、人族の国を脅かす外敵を駆除する役割を“国王”という特権によって担っていた。
その勇者ギルブレイグはエイリーの空間切断によって身体の心臓、数センチを知らず知らずのうちに斬られ玉座に座ったまま死を迎えることとなった。
国王の死を最初に発見した奴隷が宰相に報せ、国王の死というものがこの人族の国に知れ渡る、そのはずだった。
奴隷の女性は宰相に国王の死を報せた次の日に、中央大陸の西端の街へと送られ、人間以外の魔が潜む街の外へと追放される。
その奴隷の家族である一人の少女と共に。
追放された奴隷の女性と走る少女、その二人を追う犬が主人に居場所を吠えて報せる。
「あははっ」
馬に乗ってゆっくりと追う貴族の少年とその父親は二人して満面の笑みを浮かべて互いに笑い合っている。
どこを歩いても人間の死体しかないその場所を奴隷の女性と少女が逃げる、逃げる。
「集落まで逃げられたらお前らは自由だ」
そう言い渡され、逃げる。
息を切らして泣きながら集落に辿り着くと、そこには生きている人間は誰もいなかった。
奴隷の少女の体力に限界が来て、女性は建物の中に身を潜めた。
数体の骸が横たわっているその中に身を潜め、そうして奴隷の女性は少女に言う。
「ルフィナ、あなたはここに隠れていなさい」
「お母さ」
「隠れて!」
女性は奴隷の少女を置いて建物の中を出て行く、その後をすぐに犬が駆けていく。
少女は全速力で走った後の呼吸の乱れをどうにか息を潜めて音が出ないように口を抑えてただ静かに、静かに音を出さないようにしている。
馬の呼吸が聞こえ、貴族の少年が馬に乗って満面の笑みでゆっくり犬の後を追う姿が通り過ぎる。
奴隷の女性は犬に足を噛まれ、肉を食い千切られて馬で追いつく少年の満面の笑みを見る。
「あははっ、これで終わりだね!」
貴族の少年が放つ魔法が火球となり、泣き叫ぶ叫ぶ奴隷の女性を燃やし尽くす。
不意に空震が低い音で響き渡り、貴族の少年は空を仰ぎ見る。
新緑の大樹が天を貫き、一瞬にして創造されていく様を見て少年は歓喜し、手を伸ばした。
その大樹の芽吹きが焼ける奴隷の女性を癒していくことに気付くのが遅れ、貴族の少年は空を仰ぎ見たまま腹部の激痛に襲われる。
人の骨だ、とそう気付く少年の口から血が吹き出て奴隷の女性は焼かれながら立ち上がる。
もはや目も焼けていて何も見えないが、何故か体力が回復しつつある実感を得て、馬から落ちる少年を念入りに人骨の大腿骨部で刺し続けた。
少年は腹からこみ上げる血液で呼吸が出来ず、魔法も唱えられずに、癒えてゆく腹の傷とは裏腹に意識が消えていく。
奴隷の女性は見えない目で周囲を見渡し、耳で音を聞く。
その様子を遠くから観ていた貴族の父親が静かに剣を抜き、馬をゆっくりと走らせながら奴隷の女性に近づいていく。
その背中を奴隷の少女が見て貴族の父親に対して声をかける。
「お母さんをいじめないで!」
貴族の父親は馬を止めて背後の少女へと翻し、剣を強く握って少女の元へと馬を走らせていく。
その瞬間に、少女は動きを止め宙に浮き始めた。
意識が朦朧とし、更には混濁し、その周囲を真っ白な灰が尽くを埋め尽くしていく。
貴族の男が少女に近づく瞬間に、大きな黒い狼がその横から馬ごと食い千切り即死させると少女は糸が切れたように浮いていた空中からその場に落ちた。
「この子は・・・・」
黒い狼はそう呟いても少女には近づかず、目が見えずに何が起きたか分からない奴隷の女性が動揺してどうしたらいいのか分からないその様子を見て、ゆっくりと静かな声を掛ける。
「人族の女よ、少女は無事だ」
「ああ!ルフィナ!ルフィナ!どこなの!!」
そう狼狽える奴隷の女性に対し、黒い狼は人の姿へと人化し、黒髪長髪の男へと姿を変えて奴隷の女性の手を取って少女の傍にまで手を引く。
「ああ!ルフィナ!よかった・・・・・!」
「人族の“狩り”か、反吐が出る・・・・貴女の名前は何という?」
黒髪長髪の男が奴隷の女性にそう聞くと、奴隷の女性は少女ルフィナを抱きしめながら安堵して言う。
「私の名前はルセナ、この子はルフィナ」
遠くで空震が静まり、巨大な大樹が見下ろし在り続けている。
亜人族の国、聖王国シングラーヴァの方角、何もかも異常だと黒髪長髪の男は大樹を見据えている。
その男の服を掴み、奴隷の女性ルセナは懇願するように言う。
「どうか私達をお救い下さいまし、我が子のためならばこの我が身がどうなろうとも構いません、どうかこの子だけでもお救い下さいまし、どうか、どうか」
「人族の女よ、私の名はラフトル、人狼族の者だ。安心するといい、決して見捨てることもしなければその命を奪うこともしない」
ラフトルはそう言い、奴隷の女性は安堵して少女ルフィナを強く抱きしめた。
「ラフトル様、犬はこの場所から散らしました」
黒狼のラフトルに比べ、少し小さい狼が近寄ってラフトルに言う。ラフトルはこの状況を鑑みて側仕えの狼に言う。
「この者達を我が客人として連れ帰る」
「はっ」
狼はそう言って少年に人化し、貴族の少年が乗っていた馬を引き留めて手綱を引き、連れて来る。
ラフトルは少女ルフィナを抱くルセナの手を握って、説明する。
親子二人を馬に乗せ、側仕えの人狼族の少年が馬を引き、ラフトルと歩いてその場を離れていく。
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聖王国シングラーヴァに世界樹が誕生し、すぐに成長した切っ掛けを作ったのは聖女王アリアス・リア・シングラーヴァの能力だった。
元からこの能力を持っていたわけではなく、エイリーが側に居たことで能力が飛躍し、更にはエイリーがそれを手伝って作り上げてしまった。
さすがのリックもこれは看過出来ず、エイリーとアリアスに切り倒そうと提案したが、二人に泣いて懇願されてしまった。
困ったことにエイリーは特異点の一つ、何もかも許されるわけではないが特権がある。
それにエイリーの主食となる世界樹の実はここから調達出来るため、リックは頭を抱えながらもこれを赦すことにした。
その日、この世界樹は聖王国シングラーヴァの象徴にして紋章となる。
世界樹はこの地に更なる恵みを与えることになるだろう。
一方、リックとエイリーは勇者に出逢えたわけだが、善性を持つ生まれながらにして世界の理に定められた勇者の意向は聞いておきたい。
「それで勇者、キミは魔王を滅ぼすのかい?」
エイリーが勇者の青年に聞く、問われ勇者は世界樹を見上げながら言う。
「今のところ倒すべき敵には見えない」
それに、と続けて勇者は笑顔を見せる。
「勇者にとって魔王を倒す方法は何も命を奪うことではない」
エイリーはそれを聞いて沈黙する。
「そういえば、リックだったか」
「ん?」
「俺の名前はアキトだ、少し手合わせしないか?」
勇者はそう言って木剣をリックに手渡した。
リックは目を丸くしながら勇者に言う。
「勇者は女子供を痛めつけるの」
「いやいや、ちょっと身体を動かしたいだけだ」
アキトはリックから少し距離を離して、木剣を構えた。
リックがエイリーを見やると、エイリーは頷く。そのエイリーを見てリックは溜め息を吐いた。
「んじゃ、始めるか。お先にどうぞ」
勇者がそう言ってリックに先手を譲る。
「どっちが勝つのかしら?」
アリアスがエイリーにそう聞きながら見守っていると、エイリーはリックを見据えて言う。
「たぶんリックが勝つ」
リックは木剣を見つめ、そうして逆手にとって木剣を構えた。
「いい?」
「いつでも」
そう言った勇者に対してリックは勝ち誇った顔で言った。
「【封牢結界】」
パキ、と正十二面体の結界が勇者を発動と同時に囲む。
封牢結界の中の勇者は木剣でそれを破壊しようとするが傷一つ付かない、堅固な結界だ。もはや勇者の声はリック達に届かない。
「あらあら」
アリアスがそう言って勇者に対して苦笑いしている。
何をどうしようとも破れることのない結界に勇者も困惑する。
「これはアキトの負けね」
アリアスが手を挙げてリックに軍配を挙げると、リックはすぐに封牢結界を解き、勇者に言う。
「剣で勝負したならたぶん勝てないけど、まあ勝つというのならこれはこれで勝ちかな」
「まさかこんなことで負けるとは・・・・!」
勇者は自身の敗北を知って項垂れている。エイリーはリックを黙って見つめ、その視線に気付いたリックが手を振る。
「次は負けない、もう一度だ!」
「うん、今度はアキトから来るといい」
再戦を申し込まれ、次はリックが攻撃を受ける。次は簡単に封牢結界内に勇者を閉じ込められないだろうとリックは予見している。
構えたアキトに対し、リックもそれに応じるように構え、目の前のアキトが不意にいなくなる。
「っ!」
特殊な歩法、人の死角を詰める技だとリックは死角に対して直ぐ様木剣を打ち込んだ。
目の前に捉えた勇者と鍔迫り合いとなり、リックは口の端を緩ませる。
「はは!見えなきゃ結界も形無しだと思ってな!」
そう言った勇者に対してリックは鍔迫り合いに負けると予測し、押し込む反動と押し込まれる反動を使って身体を落とし、勇者の顎を蹴り上げる。
「しゃべると舌をかむよ」
怯まない勇者の追撃にリックは一合、二合と合わせて勇者の攻撃に何とかついていっている。
打ち合いに負けたリックは木剣を避けて後ろに飛び、飛んだ先で勇者に対して木剣を振る。
「【波動剣】」
勇者はそれを木剣に纏った剣圧で凌ぎきるが、二擊目の波動剣が背後から発生し、それに対して木剣の腹で防ぐが木剣が折れてしまう。
着地したリックに対して勇者は折れた木剣を構え直し、三擊目の目の前に飛ぶ波動剣とリックに対して言う。
「リックの斬擊も“飛ぶ”のか」
折れた木剣を包み込むような波動、勇者のそれは波動剣と似通っているが違う性質のものだ。
エイリーの持つオーラのような性質、それは雷の如くリックの波動剣ごとリックを吹き飛ばす威力だ。
「ショック!」
リックはそれを見て封牢結界を目の前にだけ展開し、盾のようにして防ぎきる。
防いだが、封牢結界は壊されずにリックの木剣を折られてしまった。
「堅いな」
勇者はリックの死角から歩み寄り、既に近付いて傍に立っている。
「それまで!」
アリアスが軍配を勇者に挙げ、リックは大きく溜め息を吐いた。
「なんだこの防御力は、並の能力じゃねーな」
リックが展開している封牢結界を折れた木剣でコンコンと叩きながら勇者はそう言った。
そう、封牢結界の弱点は視認出来なければ対象と空間を指定できないことと、波動剣を使用している場合は盾のとしてしか使えないこと。
更に防御の際に内側に入られた場合、封牢結界ではかえって逃げ場がなくなることだ。
「負けた・・・・勇者こわい」
リックがそう呟いていると、アキトは溜め息を吐いて言う。
「この能力もそうだが、体術も半端ねーな、まさか蹴られるとは思ってなかった」
「お父さんの教え、逃げながら戦う技」
リックはそう言ってふふんと鼻をならしている。
「マジか、リックの父ちゃんとも手合わせしてみたいな」
「たぶん真正面からならアキトが勝つと思う、私も真正面からは無理、でも後ろからならお父さんが勝つ」
「何者だそりゃ」
「私とお父さんは暗殺専門」
リックがそう言うとアキトは頭を抱える、勇者に対しては暗殺はかなり有効かもしれない。
「さて」
アキトが折れた木剣を見つめ、エイリーを見やる。
「特異点とやらの力を見せてもらおうかね」
エイリーはそう言われ、リックを見て許可を求めている。
「殺しちゃだめだよ」
「わかった、片足だけで相手をしてあげるね!武器は真剣でも構わないよ!」
エイリーがそう言って、リックと代わる。
殺さないように最小限の力で手加減したエイリーに対して、勇者は一歩もエイリーを動かせずに一撃で敗北する。
「もう一度」
「いいよー」
勇者の本気のショックでさえ、エイリーを吹き飛ばすに至らない。
勇者が本気で剣を斬りつければ、その剣を嘴で奪われる。
突き刺そうと剣を突き立てるも、その剣は羽毛一つすら落とせない。
指先でゆっくり蹴られるだけで勇者は飛んで行ってしまう。
下手に剣を振って斬りかかればその剣を軽くいなされて踏まれる。
何度も何度も何度もエイリーに向かうが、勇者はその度に敗北する。
「さすが勇者だね、このボクを前にしても怯まないでいられるのはなかなか大したものだよ」
エイリーの目が光っている、おそらく勇者にとってエイリーが巨大に見えているだろうに、勇者はそれでも自分を奮い立たせてエイリーに向かっていく。
そうして自身が気を失うまでエイリーに立ち向かい、リックとアリアスを驚かせた。
「さすが勇者アキト」
「立ったまま気を失ってますね」
エイリーは南の方角に何かを感じ、そうしてリックの所に戻っていく。
「どうしたの?」
リックに問われ、エイリーは黙ったまま南の方角を見ている。
「・・・・分からない、なんだろう」
エイリーはそう呟いた。
「特異点?」
「んー、分からない」
少し考えてはいるが、そのエイリーには欠点がある。探知能力が超広域ではないこと、動物的本能で異変を感じ取っているだけのようだ。
「御食事にしましょうか」
アリアスがそう言って従者を見やる。
世界樹の実もたわわに実っているみたいだし、エイリーはしばらく食料に困らない。
気を失った勇者は握った剣をアリアスの従者から取られ、横にさせてもらい風邪を引かないように寝かせられる。
アリアスは食事の準備がされている間に、リックとエイリーに言う。
「リック様、黄金の神鳥エイリー様、此度はこの地に御越しいただきここに感謝の意を示します。明日からこの地では世界樹の誕生を祝い、式典と御祭りが開かれる予定です、国を挙げて御二人の御来訪を祝福致しますので、ごゆっくりと滞在なされてください」
リックとエイリーはそれを聞いて顔を見合わせる。
「この世界に来て初めて歓迎されたね」
「フィルのところでも歓迎されたでしょ」
リックがそう言うと、エイリーはラクシュナのことを思い出す。
「歓迎・・・・?」
フィルは協力、ラクシュナは要求だったような気がするエイリーだ。
「まあ」
エイリーはそう言って世界樹を見上げ、作り上げたものに対して定着するまでの間を計測し、リックとアリアスに言う。
「二、三日は滞在するよ、これが落ち着くまでは持ち込んだ責任を果たさなきゃならない」
「かしこまりました」
そう言ったアリアスは嬉しそうにしている。
もはや恋慕を通り越して寵愛だ、アリアスとエイリーはとても親しい。
リックのように乗り手に選ばれることはないだろうが、アリアスはエイリーを、エイリーはアリアスを無垢に信頼し合っている。
リックはそれを見て嫉妬することなく、むしろ呆れている。
目の前の世界樹誕生の瞬間ですら呆れ返ったほどだ。
食事の準備が出来、リックとエイリー、アリアスは三人で食事をしながら話している。
「そういえば“緑の属性”ってどういう意味なの」
リックが不意にそう聞くと、アリアスは笑顔で答える。
「我々の領土、領域は色で分けられていてその勢力を表しています。亜人族が住まうこの場所、聖王国シングラーヴァは緑、つまり緑の属性となります」
アリアスは満面の笑みでエイリーに実った世界樹の実を食べてもらう、それだけで至福の表情だ。
「人族の国は、なんて名前の国だっけ?」
エイリーに問われ、アリアスは笑顔で答える。
「戦王国イグニス、赤の属性を持つ領域になります」
「それじゃフィルの国は青の属性かな」
リックがそう聞くと、アリアスは頷いて言う。
「氷王国ニブルヘイムの女帝フィル様ですね、聖王国とは同盟国になります。お会いしたことが?」
「最初にこの世界に来たとき、そこだったんだ」
エイリーがそう言うと、アリアスは驚いて言う。
「無断で国境に立ち入れば間違いなく死罪になるはずですが・・・・」
「えぇ」
エイリーのその反応に対して、リックが澄まし顔でアリアスに説明する。
「エイリーが威嚇したの」
「なるほど、先程アキトが受けていたアレですわね」
三人が、いや二人と一匹が美味しく食事をしていると、漸く気を失っていた勇者が目を覚ます。
「おはよう」
リックがそう声を掛けると、勇者は察したのか頭を抱えて溜め息を吐いた。
その様子を観てエイリーは勇者アキトに声を掛ける。
「人の身でボクにそこまで立ち向かえるなら大したもんだよ、勇者アキト」
「人の身、か」
勇者がそう呟くが、エイリーはその様子を見て付け加える。
「まあ、人外に成り果てたところでボクには勝てないんだけどね」
勇者は特異点という存在がどういう存在かを改めて認識する。
用意された席に座り、勇者も食事に加わった。
聞けば勇者の属性は赤だという、人族だからというのがその理由だ。
戦王国イグニスは言わずと知れた差別主義国家で、奴隷と王家の間の子として産まれたアキトは産まれた直後に捨てられ、手紙と共に放置されたのだとか。
それをアリアスの父、前王が拾い育てたのだ。
ちなみにアキトは転生者で、別の世界からの転生で生まれ変わったらしい、死因は他者を救った先で裏切られたみたいだ。
エイリー曰く、よくある話らしい。
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