リックと黄金の神鳥Ⅱ
「これをこうして、こう」
男が猫を象った杖先で雷魔法を使い、切り倒して積み上げていた大木を加工し組み上げて家の骨組みを作っている。
「すごーい!ショコラさん!」
リックがそれを見て飛び跳ねている。無口で無表情は何処へ行ったのか、と蒼い髪の男は作業をしながらそれを聞いている。
土台は元々しっかり作ってあるので、その上から骨組み、屋根、壁で後はお好みだけでものの2時間で焼けた家が元通りになる。
「この家はリックとエウの家だ」
蒼い髪の男がそう言ってエウリュアレとリックを見て微笑んでいる。
「お父さんは一緒に住まないの?」
そう言ったリックが心配そうな眼差しで蒼い髪の男を見つめる。
蒼い髪の男は言葉に詰まって何も言えなくなってしまった、こればかりは見ていた仲間たちも大笑いだ。
「あっはっは、シック、娘には勝てねぇな」
レイラがエイリーと一緒に腹を抱えて笑っている。蒼い髪の男が仲間に話していた最強の暗殺者を育てる話も相まって、娘の一言で作戦も計画も台無しになったということで大笑いしているのだ。
「笑い事ではない」
蒼い髪の男が自身の右手で蠢く、黒化した部分を左手で指差す。
「リックになら託せるし、エイリーとならやれると思っただけだ。ただリックが思ったよりも義理堅いというか何と言うか」
「それって治せないの?」
話を聞いていたリックが疑問を投げかけると、皆が押し黙る。
「原因を究明する過程で友人を何十人も葬ったが、エイリーに近しい者だけが進行を遅らせているだけで根本の解決にはならない、ただ原因はこうなった時に自ずと分かるようになっている。これはあちらの世界の【呪い】だ」
蒼い髪の男は自身の黒化した右手を見つめて言う。
「この世界を終焉に導くための機能と言えばいいのか、そういうものが身体を蝕んでいる。実を言うと、エウリュアレに俺を殺すよう願い出たんだがリックと同じく泣いて断られてな」
「エウリュアレにそんなことさせないで」
リックがそう言うと、蒼い髪の男は微笑んだ。
「皆、リックに殺されるつもりで計画を練ったんだが、マミさんがなぁ」
マミ、レイラ、ショコラ、ユンはそれぞれに自身の黒化した侵食部分をリックに見せる。
マミは左足、レイラは右腹部、ショコラは右肘から肩、ユンは左手、それぞれが黒化し、蠢いて黒い何かが侵食している。
「皆、友人を殺せなかったんだ。ただ戸惑うばかりでそれぞれがお互いを殺すことは出来なかった、何人も狂化した友人を殺したがこればかりはなぁ」
蒼い髪の男が頭を抱えると、マミは屈託のない笑顔で言う。
「シックは余裕でみんなを殺す気で居たんだけど、そしたらシックを殺せる人間がいなくなるじゃない?だからエイリーのイグドラシルフィールドで時間を少しだけ止めてリック、あなたを育てることにしたの」
「俺を異常者みたいに」
「違うの?」
そう問われて蒼い髪の男は平然として言う。
「まあ、殺すのは俺の役目だよな」
リックはあははと飽きれて何も言えない、自分の目の前から居なくなり、更には監視して助けることをするこの蒼い髪の男の決断には並々ならぬ覚悟と意志を感じる。
「死にたいなら殺してもいい」
そう呟いたリックの言葉を聞き、皆が何も言葉を紡げなくなる。
「でも足掻いてみる」
リックはそう言って双剣を両手に握ってぶんぶんと振り回している。
「だから、もう少し待ってて貰える?」
「黒化が侵食して狂人となれば、通常の約15倍ほどの強さになる。そうなると今のリックでは太刀打ち出来ない」
そ、とリックは呟いて手に持つ剣の剣先でエイリーを差して言う。
「エイリーはそれよりも強いんでしょ?」
「うん」
聞いていたエイリーが即答する。
「私がエイリーに乗って原因と解決法を探すから、みんなは毎月連絡と報告の手紙をここに送る。エウリュアレは手紙の確認をして、少しでも違和感があったら私とエイリーに教える」
リックの提案に皆が顔を見合わせる。
「私達には時間がない」
レイラがそう言うと、リックは首を横に振る。
「私は諦めたくないの」
エイリーは自分の毛づくろいをしながら皆に言う。
「ボクは構わないよ、リックが次元の裂け目からこの時間に現れたのもボクのせいだし、リックの言うことは責任を持って聞くよ」
「エイリーがいいなら問題ないか」と、蒼い髪の男。
「鳥畜生だな」と、ショコラが。
「流石、エイリーね」と、マミが。
「ここで勝負をつけてやってもいいけど」と、レイラが、それぞれが一度に話し出す。
「ほーん、レイラはここで倒して行けばいいの?」
エイリーがレイラの安い挑発に乗って、レイラと目を合わせている。
「あの」
背中に盾を背負った全身鎧の女性、ユンが提案するように挙手をする。
皆が聞く姿勢になったところで、ユンは言う。
「後がない私たちは面倒を観てくれるリックの意見を尊重するけど、リックが弱いのは少し気になりませんか?」
「それはまあ」
レイラはそう言って頬杖をついてリックを見やる。
「エイリーのイグドラシルフィールド」
蒼い髪の男がそう言うと、リック以外の皆が発言した蒼い髪の男を見て困惑した顔をする。
「え、えーと」
知らないリックが皆の顔を見やると、マミが諦めたような溜息を吐いて説明する。
「エイリーのイグドラシルフィールドは、その領域内の部分的な欠損や怪我、あらゆる状態を元に戻すことが出来るの」
続いてレイラが呆れながら言う。
「つまり、このシックはイグドラシルフィールド内で私達とリックを戦わせて、足りない経験値とそれに伴う時間を短縮させようとしてるの。私たちに時間がないから」
「やる」
リックがそう言ってエイリーを見つめる。
「ボクは構わないけど」
エイリーが蒼い髪の男を見やる、蒼い髪の男が発案者だが止める権利と行わせない発言権が彼にはある。
「構わない」
蒼い髪の男がそう言うと、エイリーはイグドラシルフィールドと呼ばれる黄金の領域をすぐに展開する。
「それで、誰からやるの?」
「私からやるです」
近くで遊んでいた赤い髪の少女、エウリュアレが手を挙げる。
「エウリュアレか、最初ならまあ悪くない」
そう言って蒼い髪の男が赤い髪の少女にリックを託す、エウリュアレはにこにこしながら杖を持って家の前の庭でリックを先に待っている。
リックが後について、同じく広場へと出た。
エウリュアレ、彼女は全員の中で唯一、黒化病に侵されていない純粋なこの世界の担い手だ。
「始めるです」
そう言ったエウリュアレに対してリックは双剣を抜き、構えて応答する。
「いつでも」
そう言ったリックに対してエウリュアレは背中から竜の羽を展開する。
バサッと翼を広げて、少し空中に浮いたかと思えばにこにこして杖をリックに向ける。
リックはそれを見て地面を蹴ったが、頭上から落ちる黒い雷に一瞬にして焼かれてしまった。
痛みはある。
苦しい。
動けない。
即座にイグドラシルフィールドがリックを修復するが、リックの心が追い付かない。
「違うです」
エウリュアレはそう言って得意げにリックに対して言う。
「戦闘する上で一番大事なことは如何に初撃で相手を圧倒するか、です」
起き上がったリックが冷や汗を垂らして、エウリュアレの言葉を聞く。
「お姉ちゃんは近接を主体とする攻撃を使って獲物を狙うのが得意だけど、それは言い換えれば遠距離攻撃が苦手というだけの悪手です」
よく見てるです、とエウリュアレは武器を持ち替えて短剣を右手に持ち、手に収まる石を拾ってそれを空中に投げた。
「暗殺職の上級者はこれを【波動剣】と呼ぶです」
空中に投げられた石に対して、エウリュアレは右手の短剣を振るう。
波動を受けた石が真っ二つに割れる、それが短剣の振る回数に合わせて半分に、半分に、小さく裂かれていく。
最後にエウリュアレが溜め込んだ力を波動に換えて、一気に放出させると石が粉々に塵となって飛んで行ってしまった。
「おししょーはこれの使い手です、お姉ちゃんに見せなかったのはまだその域に達していなかったからです」
「それが使えなきゃ勝てない、ってそう言いたいの?」
リックの問い掛けに、エウリュアレが頷く。
「まずは腕が千切れるまで波動剣を練習するです、千切れてもエイリーがいるです」
皆が見ている中で、エウリュアレとリックの訓練が始まった。
「まあそうだろうな」
そう言ってレイラが波動剣の練習を始める姿を見て呟いた。
「リックは暗殺職としてはとしては天性の領域にいるが、近接以外の攻撃は出来ない」
蒼い髪の男がそう説明すると、レイラが目を細めて言う。
「それは裏を返せば『波動剣さえマスターしてしまえばうちの子最強』ってことだろ」
蒼い髪の男が頷いていると、リックの不安定な波動剣がこちらに向かって飛んできた。
ユンが無言で盾を構えてそれを受け、数歩後退させられる。
「おいおい、攻撃を受けても滅多に後ろに下がることがなかったユンが後ろに下がったぞ」
レイラがそう言って立ち上がり、斧を手に持ってリックの無意識な波動剣を巻き起こした竜巻で相殺する。
「俺はリックなら黒化病が進行して狂化したみんなを殺せると思ってる」
蒼い髪の男がそう言いながら、自身も短剣を片手に波動剣でリックの波動剣を相殺する。
「お姉ちゃん、集中するです。このままでは建てた家が崩れるです」
エウリュアレが指を立てて、リックを静止させる。
「波動剣の本質は自身の想像する現実を認識すること、です」
「むむ」
悩むリックにエウリュアレは澄まし顔で言う。
「お姉ちゃんがエウを傷つけられないのは十分わかったです、記憶が戻っておししょーに教えてもらった暗殺術も感情があれば殺すことも難しくなるです」
だけど、と続けてエウリュアレは得意げに言う。
「感情は波動剣に影響を及ぼすです、怒ったり笑ったり悲しんだり哀れんだりするといいです、想いを刃に込めるです」
リックがそれを聞いて庭先の森の中に向かって一度、右手の剣を軽く振る。
波動が木々の木の葉を揺らす。
二度目は木の葉を強く揺らし、青葉を数枚ひらひらと地面に落とした。
三度目、思い切り振った右手の剣が枝葉を切り落とす。
「もう一度手合わせするです、今度は本気で魔法を打ち込むです」
エウリュアレはそう言って、リックから離れて仕切り直す。
杖を真横に構えてエウリュアレは魔力を放出させ、それを収束させていく。
「エウリュアレの咆哮か、アレを受けるのは骨が折れる」
レイラがそう言ってエウリュアレとリックを見ている、心なしかその表情は楽しげである。
「リック、大丈夫かしら」
マミがそう言って心配そうにユンと顔を見合わせている。
対応しないと殺される、とリックは両手の剣に力を込める。記憶を取り戻し感情の発露が見え始めた表情から動揺を消し、相殺することに全力をかける。
エウリュアレは的をリックに定めずに上方向へズラし、遠慮なく発動する。
初撃にこそリックに魔法をあえて当てることをしたエウリュアレだったが、自身の姉に自分の本気の必殺技を当てるようなことが出来ない、これはリックに対しても同じことでお互いが遠慮している。
だからこそエウリュアレは自身の必殺技に遠慮をかけることはない、的もリックから逸らしている。
「【醒竜の咆哮】」
溜めに溜め込まれた魔力がエウリュアレの手に持つ杖に収束し杖を介して放たれる波動の一閃、それがエウリュアレの咆哮だ。
「っ・・・・!」
声にならない声でリックはエウリュアレの咆哮に自らの波動剣を合わせるが、一瞬だけ二つに割かれただけで咆哮は止まることを知らず雲の彼方へと消え去ってしまった。
本気を出し過ぎたエウリュアレは咆哮を放ったおかげで両手が黒焦げている。
それをすぐにイグドラシルフィールドが事象による焼かれた時間を戻して、欠損も修復させる。
「私が教えられるのはここまです、お姉ちゃん」
そう言ってエウリュアレはリックに対して笑顔を見せる。
「エウリュアレ、あなたどうやったらそこまで強くなれるの」
「エイリーには敵わないです」
見ていたレイラが、隣にいる蒼い髪の男に言う。
「“咆哮”を裂いたな」
「ああ、出力は俺より上だな」
蒼い髪の男が冷静に言うと、レイラがにこにこしながら男の背中を叩いている。
「次は俺が教えよう」
エウリュアレにそう言って交代する猫を象った杖を持っている男、先ほど家を建てた男だ。
「ショコラさん、宜しくお願いします」
「じゃあ座って」
「え?」
唐突に始まる座学、蒼い髪の男とレイラがマミに呼ばれ、おつかいを頼まれている。
「肉、獲ってきて」
「おう」とレイラは釣り竿を受け取り、「わかった」と蒼い髪の男は縄を受け取る。
真面目なユンがエウリュアレとリックと一緒にショコラの授業を聞いている。
イグドラシルフィールドを展開し続けるエイリーが馬小屋を自ら掃除して新しい枝を持ってきてはこうではないあーではないと枝をつついている。おそらく寝床にする気だろう。
エウリュアレの咆哮で静寂を取り戻した森の中だったが、落ち着きを取り戻している。
エイリーは自らの羽の手入れをし、マミから世界樹の実を貰っている。
「食べたわね、じゃあ市場まで連れて行って貰えるかしら」
そう言ったマミにエイリーは固まるが、好物である世界樹の実を食べる口は止まらない。
「おっけー」
エイリーはイグドラシルフィールドの展開起点をそのままにし、マミを乗せて会話をしながらゆっくりと王都の市場へと歩いて行った。
王都では尋ね人だったリックの張り紙が張られており、マミとエイリーはそれを見て悩んでいる。
市場より冒険者ギルドが先になりそうだ。
冒険者ギルドを訪れたマミがギルド員に話しかけるとギルドマスターが現れ、別室へとエイリーを冒険者ギルドに残して連れて行かれる。
エイリーは冒険者の衆目を浴びるが、意に介していない。
別室を訪れたマミが、ギルドマスターと相対して言う。
「この尋ね人、依頼主死亡により登録抹消をお願いしたいのだけれど」
そのマミの一言で王都とギルドでリックの登録が抹消された。
冒険者にも格が存在する。
リックはA級冒険者で依頼達成率は89%、S級の依頼も単独でこなす存在でギルドからの信用が高い、尋ね人となっている理由はどこかの領主が面会を依頼して賞金を積んだからだ。
F級~S級の階級があることで冒険者はそれに見合った依頼を請け負って達成する、もしくは失敗して迷惑金を払う、というシステムになっている。
これは世界が閉じた時に、いわゆるメインアカウントの冒険者を中心に作成されたギルド運営システムだ。
つまりメインアカウントと呼ばれている存在はギルド運営システムに関わるような世界の骨格を為している部分がある。
マミにはそこでの発言権があるのだ。
蒼い髪の男は王都の王城の中、いわゆる王家直属の暗殺部隊に所属している暗殺職のエリートだったりするし、レイラは時計塔の騎士だったりする。
ユンもまた王家直属の騎士をしていたり、ショコラは王家の相談役だ。
そしてマミは教会の主教と同格、怪我や病を治療することができるために権力を保持しているのだ。
メインアカウントと呼ばれる存在はそれだけこの世界に対しての影響力を持っている。
そのような冒険者は白金等級冒険者などと呼ばれ、ギルドマスターなどの上層部、国の運営に携わる機関や、伯爵から上の、侯爵、公爵にしか一般的に知られていない。
領地を持っていた領主は男爵のため、小規模領地の運営や経営を任されていたとしても国の中枢ではなかったということだ。
ギルドマスターはマミから詳細を聞いて、血相を変えて部屋を出て行った。
マミが別室から出て冒険者ギルドのホールへと戻ると、何人かの冒険者がホールで寝そべっている。
おそらくエイリーに触ろうとした冒険者が蹴られたのだろう、エイリーは知らない顔を決め込んでいる。
「あらあら、エイリー待たせたわね」
「どうだった?」
「上手くいったわ、何事もなさそうよ」
そんな会話をしていると、冒険者達は鳥が人語を話すために狼狽えている。おそらくは王都でもエイリーの存在を垣間見れる冒険者はそこまでいないだろう。
マミに声を掛けようとした冒険者が、エイリーに睨まれて泡を食って逃げ出す光景が度々伺える。そんな中をマミとエイリーは歩いて出て、市場へと向かう。
エイリーは世界樹の実に対する報酬を果たすため、義理堅く行動している。
この後もマミに世界樹の実を買って貰うつもりだ。
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