リックと黄金の神鳥XVI
「私がお父さんに拾われたのは偶然じゃなかったってこと?」
エイリーにそう問い質すリックの目は疑いの目で細くなっている。妹のエウリュアレもそうだったがエイリーにとってはこの姉も同じく、軽い。
「閉じた世界でボクが頼れる人間がシック達しかいなかったんだ、エウリュアレはその時行方知れずで帰って来ないし」
「ふーん、まあ記憶は少しずつ戻ってきてるような気がするし、まあいいか」
そう言ったリックはエイリーに笑みを見せる。
エイリーにとっては巻き込んでしまったリックは被害者なのだ、てっきり怒られて嫌われるぐらいはあるかと思っていた。
ぺしぺしとエイリーの頭を小さな手で叩く宝石獣。
「この子は何て言ってるの?」
リックに問われ、エイリーは自身の頭の上の宝石獣を見上げながら言う。
「えー『エイリーは意気地なしだから今の今まで真実を伝えられなかったことを謝る』だそうで」
それはそう、と思うエイリーはそれを声に出さない、じいっと宝石獣を見上げている。
「『用事も終わったので帰る、息災でな』だって」
宝石獣はエイリーから飛び下りて雪と風が舞う中に潜り込んで一瞬でいなくなった。まるで野生動物の本気の逃走のそれである。
「記憶は曖昧なんだけど、この世界樹から見える場所に村があったところが見えるんでしょ」
リックがエイリーにそう聞くと、エイリーは頷いた。
「そう」
「正直、私の過去にあった出来事を話されても思い出せないかもしれない。でもまあ、私はエイリーとたくさん旅がしたい、とりあえず世界樹もまだまだ登ってみたいし、色んなものを見てみたい」
そう言ってリックは焚き火に凍えた手のひらを向け、そうしてエイリーを見上げて続ける。
「手伝ってくれる?エイリー」
「まかせて!」
リックの身体がこの空気の薄さに慣れるまではまだ三日以上かかるだろう、しかしリックもエイリーも焦ってはいない、むしろ楽しんでいる。
ここまで楽しい冒険はリックにとっていつ以来だろうか、とふとリックは考えた。
ふと記憶が蘇る。
そういえばエイリーは、先代の乗り手に名前を一字削られたと言っていた。
「なるほど」
そう呟いたリックは自身の記憶、そして過去を確信する。失った記憶をいつの間にか手にしていたのかもしれない。
ただ記憶とエイリーという名前が一致しないだけだ。
ふふふ、とリックは思い出し笑いをしてエイリーに言う。
「エイリー、前の乗り手はかなりひねくれものだったみたいだね」
「ああ、あー、彼は自分でも言ってたよ『その方が面白い』って」
エイリーの言う“彼”の話を聞いてリックは納得する。
そして“お父さん”と“彼”が全くの別人だということも理解する。
「一度、前の乗り手に会ってみたかったなぁ」
リックがそう言うと、それを聞いていたエイリーは言う。
「リックと同じ暗殺者だったけど、初代の乗り手と比べて実力は人間の中でも平凡、よく怪我もしていたし瀕死になることも少なくなかった。リックのお父さんとは違って頼り甲斐はなかったね」
随分な言われようだが、エイリーの言うことは紛れもない事実である。
リックの身体が高層の空気に慣れリックとエイリーは中継地から出発する。
一日200メートルずつ高度を上げてゆっくり身体を薄い空気に慣らしていくと、高層7000メートル付近にリック達は一週間かけて辿り着いた。
雪と風に凍えながら進んだ先は、リックにとって驚くべきものだった。
天候が変わらない、温度や湿度は人間が過ごしやすい適温になっており、ただ空気だけが薄い大地。
その大地一帯が一面、色とりどりの花だらけだ。
多少はリックも空気の薄さに慣れているが、ここから先は酸素を吸ったりエイリーがバリアを維持したりして体調を整える。
「ここは・・・・?」
リックがエイリーに聞くと、エイリーは花が咲き荒れる大地を歩きながら言う。
「ここは世界樹高層『忘れられた花の大地』と呼ばれている。冒険者がたくさん居た時代もあったけど、今は人間の出入りも少なくなった。この先を行くと妖精の街があるんだ」
そう言ったエイリーの説明を聞いていると、そのリックとエイリーの頭上を巨大な飛竜が通り過ぎていく、リックがここまでの道程で何度も観た飛竜である。
「あ、プリメラだ」
物資の空輸だろうか、巨大な飛竜が荷物を下層から上層へ、そしてまた下層へと降りていく。
エイリーはリックを背中に乗せたままバリアを維持し、そうして大地の中央へと進んでいくとその奥から木々に囲まれた樹上の街並みを観ることが出来る。
背中に翅を持つ人間のような姿をした妖精たちの街だ。
妖精たちが街の入り口からやってくるエイリーを見つけて集まってくる。
「神鳥様」「神鳥さまだ!」「神鳥様が来られたぞ!」「神鳥様!」「なんと神々しい・・・・!」
そう言った声が妖精たちの街に入ると聞こえて来た。
「お待ちしておりました、神鳥様」
街の入り口から繋がる枝の桟橋中央に一人の妖精が降り立ち、一礼している。
「やあ、何十年ぶりかな、ミリア」
「数百年ぶりかと、エイリー様」
ミリアと呼ばれた妖精は他の妖精よりも大きく、より神秘的だ。
「ここを通って頂上に行きたいんだけど、通ってもいいかな」
エイリーが訪れた要件を伝えると、ミリアは待っていたかのように言う。
「ええ、もちろん。ですがこの先には」
「あー“収集家”か、懲りないヤツだな」
「“収集家”?」
リックがそう聞くと、エイリーは顔をリックに向けて言う。
「高層に棲み付いた飛竜だよ、プリメラの子なんだ。プリメラがボク達を贔屓にしてくれたのは子である“収集家”が迷惑を掛けてもボクやリックが誤って殺さないようにするためだ。あいつは言っても聞かない誇り高き竜でね」
「ふぅん、どっちがやる?」
リックがそう聞くと楽しそうに自身の装備を確認している、装備している酸素マスクも酸素も特に問題なさそうだ。
「おそらくは乗り手様が通ることを強く拒まれるはず」
ミリアがそう言うと、より一層リックは楽しそうにエイリーの背で準備をしている。
「まあボクは負かしたから通ってもいいんだろうけど、リックは初めてだからなぁ」
「やってみる」
ミリアがリックの決断に応じて身を引くようにして道を開くと、エイリーは一瞥して妖精の街を世界樹の枝伝いに通り抜けていく、妖精の街を抜けてしばらく登っていくと広い場所に出た。
リックがエイリーに騎乗したまま周囲を見渡すと、周囲には色々な鉱石や結晶が散在している。
武器や鎧もあれば、魔力の籠った本も散らばっている。
エイリーとリックの存在に気付いて、蒼色の鱗を持つ飛竜が目の前に舞い降りた。
「じゃ、エイリーはここで待ってて」
リックがエイリーの背を蹴って飛ぶように降り、エイリーの目の前に音もなく着地をする。
「がんばれー」
蒼鱗竜はエイリーの存在に気付いているが、既にリックに対して最大警戒と咆哮を放っている。
あのプリメラの子とは想像も出来ないほどの荒くれた飛竜だ。
リックが蒼鱗竜の咆哮に対して構えると、すぐに蒼鱗竜は翼を羽ばたき後ろに飛ぶ、この動きは竜種にとって一撃必殺を誇る最大攻撃だ。
「む、【封牢結界】」
リックがすぐさま蒼鱗竜の行動に対して防御である封牢結界を展開すると、蒼鱗竜の口から咆哮と共に魔力の籠ったブレスが、熱線のように放たれる。
ブレスは封牢結界に阻まれて拡散と霧散を繰り返す、放たれたブレスは止まる気配がない。リックの封牢結界のある足元が熱で赤色し、溶けつつある。
あ、これ止まらないヤツだ、と思ったリックは背後のエイリーを気に掛ける。回避すればエイリーに直撃するからだ。
エイリーはリックの視線に気付いて、頷く。そういったやり取りの余裕は今のリックにあるようだ。
リックが封牢結界を自分ごと動かした。その瞬間にエイリーがブレスの直撃を受けるがエイリー自身はバリアを張っておりそれらの攻撃を一切通さない。
足元の封牢結界を蹴ってリックは跳躍し、跳躍した先でまた封牢結界の内側を蹴り、自身の移動と共に封牢結界を移動させて空を飛ぶ蒼鱗竜の追撃によるブレスを回避していく。それだけで周囲一帯は大火事だが、マグマを吸い上げる世界樹の枝葉はそう簡単に燃え上がることはない。
リックが移動し、空を羽ばたく蒼鱗竜の喉元目掛けて双剣を突き立てようとすると、蒼鱗竜は羽ばたき背を下方へと落として回避し、更に羽ばたいてエイリーを背にして着地する。
それを見たリックが封牢結界を蹴って体勢を変え、蒼鱗竜に目掛けて更に封牢結界を蹴って移動する。
そのリックの移動が更に加速していく、封牢結界そのものが移動しているためにリックが跳躍して駆ければそれだけで更に移動速度は増す。
着地した蒼鱗竜に追い付き、リックが翼を双剣で切ろうとする。
それを見ていた蒼鱗竜は翼爪で双剣を受け、そこで激しく火花が散る。
封牢結界・永久ノ刃を使えば翼爪ごと翼を叩き切るのだが、その選択を取らないリックはかなり手加減をしている。
一合、そして二合目の翼爪と双剣の斬り合い、そうして蒼鱗竜は首を振って反転しリックに尻尾を叩き込む。
リックはそれを見越して蒼鱗竜の足元に滑り込み尻尾を避け切ると、次は蒼鱗竜の左足がリックを踏みつけて来る。
一度ではなく二、三度に渡って体重を乗せた踏みつけはリックの封牢結界を踏みつけており、そこには既にリックの姿はない。
蒼鱗竜がリックを見失った、その瞬間にリックは蒼鱗竜の頭上から双剣を叩き込んだ。
蒼鱗が双剣と交わってギャリギャリと音を立て、このまま刃が通れば首を両断してしまうその瞬間にリックは呟いた。
「【封牢結界】」
ぴし、と蒼鱗竜の首が地面に伏したまま封牢結界は蒼鱗竜の動きを完全に封じる。
リックから攻撃を通すことは出来ないが、蒼鱗竜は動くことさえ出来ずに暴れることすらも敵わない。
「お見事」
エイリーがそう言ってリックに近寄る。
蒼鱗竜は封牢結界内で動くことが出来ないままにブレスを全力で撃つ気だ、リックとエイリーはそれを見て制止させようとしたが次の瞬間に封牢結界内でブレスが爆散する。
「あちゃー」
リックがそれを見て頭を抱えてエイリーと様子を見ていたが、どうやら自爆とはいかないようだ。
蒼鱗が熱と魔力を阻んで口が少し火傷しただけだ、死に絶えるようなものではない。流石プリメラの子だ。
「“収集家”、この子はまだ本気を出しちゃいないよ」
エイリーがそう言うと、蒼鱗竜は抵抗していた力を緩めて落とし、諦めるように首を下に向けて言う。
「私の負けだ、何でも好きなものを持って行けばいい」
「喋れたんだ」
そう言ってリックが驚いていると、エイリーが笑いながら蒼鱗竜に対して言う。
「いや、何も持って行く気はない、ただの観光だよ」
「ただの観光者に負けたのか」
蒼鱗竜は更に落ち込んでいる。決して蒼鱗竜は弱いわけではなかったのだがリックの成長速度が著しく練り上げた技の完成度が高すぎた。
リックが封牢結界を解くと、蒼鱗竜は更に落ち込んだ姿を見せている。それを見てエイリーは言う。
「リックの封牢結界はボクを数秒止めるほど堅牢だからね、それでも諦めずにブレスで破壊を試みたのは君くらいなもんだよ。天晴だ」
ふと、エイリーがイグドラシルフィールドを展開し、蒼鱗竜の火傷や怪我を修復する。
「プリメラはその性質に気付いて何もしなかったから、まだまだ見る目がない」
蒼鱗竜はそれを聞いてまた再び首を下げた。
「それじゃ、ボクとリックは行くけど通っても大丈夫だね?」
「許可するよ」
蒼鱗竜は尻尾だけを振ってリックとエイリーに顔も見せない、リックがそれを見て声を掛けようとしたがエイリーがそれを阻んで言う。
「あれはあれで意地がある誇り高き竜だからね、次に会うことがあればまた強くなっているよ。竜はそういう生き物だからね」
リックはエイリーのその言葉を聞いて、エイリーに騎乗する。
「じゃあまたね“収集家”」
そう言ってエイリーはリックを連れてこの場から去っていった。
「リックも強くなったね」
リックを連れて世界樹を登りながらエイリーがそう呟いた。リックはまるで実感がない、体術や双剣術のそれは元々蒼い髪の男に叩き込まれたものだし、レイラから教わった歩法は言われた通りにするだけで出来ていた。
「そう?」
封牢結界の創意工夫が齎した勝利だったが、今のリックにそこまで強くなった実感はない。
「むしろ弱くなった気がする。少し前なら簡単に息の根を止められるタイミングがあれば確実に殺していたはずなのに」
おそらく今のリックに暗殺は出来ないだろう、記憶が戻りつつある中で瞳に明るみが出てきている。感情が豊かになって発見に驚いたり感動したりする情動がある。
これは暗殺者にとって致命的だとリックは感じている。
「何も殺すことが強さじゃないさ、時にそれも必要なことだけど、むしろ今のリックの方が人間らしくて良い」
「えへへ、そうかな」
「そうだよ」
妖精の街上層“収集家”の巣を抜けてここまで登って来ても世界樹の頂上は見えない、しかしここは既に地上から8000メートル付近にある。
エイリーのバリアがあれば半日とかからずに登り切れる場所ではあるが、エイリーのバリア内から出てしまうとあまりの空気中の酸素濃度の薄さに高山病になってしまう。それで前の乗り手は死にかけたが、この正規ルートなら酸素マスクが壊れてもすぐに下樹すれば命に関わることにはならないだろう。
既にここから木々の間に見える空が青く見えず青黒い、真っ暗とまではいかないがエイリーは半日かけて世界樹を登り切る気でいる。
「今日中に頂上に着くよ」
青黒い空とは違って世界樹は自らが発光している。蛍による蛍光や光り苔の光もあるが、枝葉自体も光っているように見える。
より幻想的で、しかも高所による温度の低下と風を感じない、不思議な場所だ。
「ここも昔は冒険者がたくさん居てにぎわっていたんだけど、世界が閉じた後は見なくなったなぁ」
そう言ったエイリーが歩きながら周囲を見渡している。
下層、中層、高層へと世界樹を登って来たリックだったが、この幻想的な光景と人工物であるボロボロの煉瓦の階段を目にするようになって更に驚いた。
世界樹から落ちてきた瓦礫にもよく似ている造りだ。
エイリーがそれらを歩く速度で軽々と登っていく、幻想的な風景から一変して雲の上にまで登って来てしまった。
「ここが世界樹の最上層【滅びの遺跡】だ、大昔は珍しい種族が住んでいたんだけどいつの間にかいなくなってね。綺麗な煉瓦の街と、古城だけが残ったんだ」
「最上層にこんな遺跡があるなんて・・・・」
リックはただただ驚いている。
造りはまだ真新しいようにも思える。壊れた箇所を誰かが修復して、それが何度も繰り返されたようにも見える。
「リックに見せたいものはここから下界を望む場所にあるんだ」
エイリーはそう言って遺跡の中を歩いていく、世界樹の最上層にこんな文明があったとはリックは想像すらもしていなかった。
「住人は居るはずなんだけど、いないんだよ。何と言えばいいのやら、幻想の中にいるみたいでボク達のチャンネルとは違うチャンネルにいると言えばいいのか」
そう言ったエイリーの説明を聞いてもさっぱり分からないリックはただただ周囲を見渡している。
「ここだ」
遺跡の高台から下界を覗ける。落ちそうだが、落ちてもリックやエイリーなら戻って来れるだろう。
あまりに高すぎて目が回る。
リックはエイリーから降り、自身を守る封牢結界を展開して世界樹から地上を見下ろした。
エイリーが片足の爪で指を差す。
「あそこがリックのいた村」
エイリーの指し示す真下は、円形上の地形の境になっている。
「この円は?」
「ボクがイグドラシルフィールドで覆った場所、その円の中央がボクがいた場所で神と魔が戦争を始めた場所でもある」
まるでクレーターのように円形に窪んでいる、よっぽどのことをしない限りこうはならないだろう。
「ボクは判断を誤った」
エイリーは懺悔するようにリックに対して言い、そして続けた。
「イグドラシルフィールドで村を覆わなければ神々と呼ばれた存在や、魔と呼ばれた災厄も村に影響しないと思ってたんだ。でも魔にとってそれは違った。ボクが判断を間違えなければリックやエウリュアレだって今頃は家族と仲良く暮らせていたんだ」
「エイリー・・・・」
黄金の神鳥にとって涙などは流すことはないが、彼はただ自らの過ちを悔いている。
「リックに見せたかったのはこれだけだよ、時間も経ってしまったし荒れ果てて村も残ってない」
「ありがとう、エイリー」
「ボクは神鳥様なんて呼ばれていたけど、元々はただの鳥なんだ。どんな異能や力に目覚めても一匹の鳥でしかない」
「ううん、エイリーはすごい鳥だよ、私をここまで連れて来てくれたんだから」
「・・・・・・・・・」
エイリーはそれ以上は何も言わなかったが、リックは思い出したように言う。
「そう言えばエイリー、空を飛びたいんじゃない?」
「え」
「この前お父さんが『昔のエイリーは空を飛びたがって高所から落下する変な癖があった』って言ってた」
「いいの・・・・?」
リックはそこまで落下に対して恐怖はない、特に問題ないと頷き見せる。
そうしてリックはエイリーに飛び乗り、手綱を握って言う。
「次はどこに行こうか、エイリー」
エイリーはその場所からリックを乗せて飛び下りた。
高度9000メートル以上の落下だ、エイリーは頼りない翼を羽ばたかせて飛ぶように落ちていく。
あっと言う間に地上が近づくと、エイリーは走り出して綺麗に着地し、背に乗るリックに言う。
「どこにでも冒険につれていくよ、リック」
「うーん、たまには冒険者らしく依頼を受けてもいいかも?」
「悪くないね」
旅の計画を練るリックはエイリーと相談する。
リックとエイリーの話はこれでおしまい。
物語には始まりがあって、終わりがある。
彼らの旅路の最期が決して実りある結末にならなかったとしても、今はここまでだ。
応援してくれると励みになります、色々




