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リックと黄金の神鳥  作者: sick
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リックと黄金の神鳥XIV



 リックとエイリーが世界樹中層の湯宿「雪花」に宿泊して三日目、少し動くだけで息切れしていたリックだったがようやく慣れてきた。


 ユキはリックに色んなことを教えた。


 蒼い髪の男の性格から、粗野なところ、雑なところ、仲間のこと、みんなでした冒険のこと。


 リックはそれらが少し羨ましく思う、そこにエウリュアレが居て自分がいないことを不思議に思う。


 エイリーはリックに何かを見せるために世界樹へと登っている。


 何かは分からないけど、リックは何かが引っ掛かっている。


 忘れていることもあるみたいだ、とエイリーを見て考える。


 エウリュアレは妹だ、記憶が曖昧だがはっきりと分かるし面影もある。


 リックはエウリュアレのことを自分自身の半身のように思う。


 どこか何かを忘れている気がする。


 世界の管理者であるマキナと出会ったとき、父と母の顔を見た。


 リックは父と母のことを覚えている。


 忘れていないのだ、記憶は確かにある。


 この世界樹が見えた時から、まるでこの場所を最初から知っているようなそんな気さえしている。


「うーん」


 エイリー、エイリー、あの鳥はそんな名前だったか。


 なんかちょっと違うような。


 思い出せるのはその日の父と母とエウリュアレとの会話。


『私ね、おおきくなったら冒険者になるの』


『そう、それはまた大変だ』


『神鳥様は「いつか私を好きな場所に連れていってくれる」って』


『あの神鳥様がね』


『エウリュアレ、リック、あまり神鳥様に近づかないようにね』


『どうして?』『えー』


『みんな怖いんだ、神鳥様は気まぐれだから』


『※※リーは優しいよ?』『やさしー』


『とにかく、なるべく近付かないように』


『はーい』『はーい』


 場面が変わってリックは頭の中のもやもやを整理する。


「もう少しで思い出せそうなんだけどな」


 そう呟いてリックは頭を抱えた。


 エイリーとユキは今日も庭先で朝の訓練をしている。リックも起きて準備が出来ると参加できるようになってきた。


 今回のユキの武器は剣らしい、レイラが使っていた剣に似ている。


「いくよ、エイリー」


「いつでもどうぞ」


 エイリーには余裕がある。おそらくユキの剣は業物だろうがエイリーにその刃は届かない、あの黄金に輝く羽毛が刃の切っ先を滑らせるのだ。


 羽毛に刃を当てさえすれば良い方で、まずそれが難しい。


 エイリーは必ず避けるか片足で掴んでくる、もしくは嘴で掴むか弾くかだ。どれも鋼鉄ではないが接触したときに鈍い音が響く、薄いバリアに刃が接触した時の反響音だ。


 まずエイリーの蹴りを回避することが難しいのだが、それでもエイリーは人間が反応できるように手加減をしている。


 べしゃっとユキがエイリーに踏みつぶされて降参した。


 見ているリックの方を向き、エイリーはユキから足を退けて言う。


「おはようリック」


 ユキが起き上がり、砂埃を払ってリックに言う。


「おはよー、リック」


 リックがエイリーから手合わせを誘われてやらない理由はない。


 双剣の片方を引き抜いて、右手に逆手で持ってリックはエイリーの目の前に立った。


 ユキが少し離れたところまで歩き、エイリーとリックに声を掛ける。


「じゃ、始め!」


 始まった瞬間に、リックは右手の剣に対して波動を纏わせる。


「【封牢結界・永久ノ刃】」


 刃を波動が帯びてより長い剣となる。エイリーはそれを見てその刃が振り抜かれる前に距離を取った。


「お」


 ユキがそれを見て感心している。あのエイリーが距離を取ることなんて滅多にないからだ。


「武装」


 更にエイリーは何も装備していない状態から鞍にツメ、兜に至るまで完全に武装する。その様子はあからさまにリックの作り出した波動の剣を警戒している。


「いつか使うかなって思ってたけど、ついにその技を使ったね。リック」


「これは思いついただけなんだけど」


 リックがそう言うと、エイリーは武装した爪の先で指差してリックに言う。


「その刃はボクに届き得るものだよ」


 使っているリック本人に自覚はない、リックにとってはおそらく初めて使ったようなものだ。


 リックはゆらりと脱力し、体重全てを足に込めて地面を蹴り前に踏み出した。暗殺術における歩法の一つだ。


 そのままエイリーの首元に刃をリックが振りかざすと、寸前でエイリーは片足でその刃を掴んだ。


 エイリーの爪の武装はエイリーの魔力によって重力を操作する物だ。重力を掌握してリックの刃を爪に触れる前に押し止めているが、リックの刃とエイリーの爪でギャリギャリと音と火花を立てて鍔迫り合いをしている。


 刃を作り出したリック本人の予想以上に高威力で切れ味が鋭い、エイリーは軽く押し止めているように見える。


「ボクが武装をしなければ足がちょっと切れてたかもしれない」


 リックが刃を引き、更に二撃、三撃とエイリーに対して刃を滑らせるが、エイリーはそれらに軽く対応していく。


「ちなみに弱点は」


 ふ、と目の前のエイリーが消える。ユキの転身でもなく、ただ残像を残してリックの背後に立ったエイリーがリックの身体を掴んでべしゃりと踏んだ。


「防御が疎かになること」


「あう」


 エイリーに踏まれたリックは武器に纏わせた波動を解除するが、ここから抜け出せるような策はない。


「こ、降参」


 エイリーに背後に立たれて踏まれてしまった場合、抜け出すことは不可能だ。


 リックはエイリーに足を退けて貰って自身に着いた土ぼこりを払っているが、どうにもこれは朝から風呂に入らねば落ちない汚れだ。


 武装解除したエイリーの兜、鞍、爪が空間に収納されていく。


「流石、エイリーの乗り手だね。エイリーが武装を装備するぐらい警戒したのは初めて見たよ」


 ユキがそう言ってリックに手を差し伸べる。お互いが土埃だらけだ。


「あはは、負けちゃいました」


 そう言ってユキの手を借りて立ち上がるリック、ユキはそのリックの顔を見て驚いている。リックはエイリーに武装を装備させたことの重大さに気付いていない。


 エイリーはこの世界においての異質、そのエイリーに対して届きうる刃を持つということはリックもまた異質なのだということに、当の本人は気付きもしない。


 ユキがエイリーの武装を引き出すには決定的に力が足りない、それは常人ならば誰であれ当たり前のことだ。


「あー、お風呂いこっか」


 土まみれのリックを見てユキがリックにそう提案する。


 流石のユキも友人の娘が土だらけになっていては、湯宿の女将として許せない。


 リックも中層の空気に大分馴染んできたみたいだ。


 エイリーはリックとユキが温泉に行く背中を見続け、振り替えるリックに翼を振る。


「さて」


 少し荒れた庭をエイリーは見下ろした。


 道具は揃っていて整地できるのでエイリーは地面をきっちりならして行く。蹴った箇所は土が飛んで穴が空いていたが、エイリーはその穴をしっかりと埋めた。


 終わった後はエイリー専用の小屋の中で過ごす、中層の湯宿「雪花」はエイリーの巣のようなもので過ごしやすい。


 おそらくあと二日、三日でリックの身体は高所に慣れ、高層へと出発するだろう。


 リックの記憶喪失は最早マミの診断を不要とし、快方へと向かっていて、それまでの無感情な様子とは違い感情的な顔を見せるようになった。


 少しの刺激さえあれば、リックは完全に記憶を取り戻すだろう。


 もしかしたらその先でエイリーは不要になるのかもしれないし、そうならないかもしれない。


 複雑な感情が入り交じるエイリーだが、特に慌てることはない。


 前の乗り手が言っていたように成るように成るのだろう。





 リックは薄い空気にようやく慣れ、出発の日が訪れた。


 装備も充実し、ユキともお別れだ。


「また降りたときは挨拶に来るよ」


 エイリーは見送るユキに対してそう言い、リックもその言葉に頷く、湯宿は格別な居心地だった。


「あはは、また来るといいよ。シックによろしくね」


 ユキはそう言って手を振る。


 滞在の間、リックはユキと手合わせを何度もしたが一度も勝てなかった。エイリーに届く攻撃力がリックにあったとしてもユキには熟練の技があるためだ。


 もはや老獪と言えるほどに強かった。


 ユキにとってもいい運動になったのだという、調子が戻ってきていて途中から更に強くなっていた。


 リックはエイリーの背から遠くのユキに手を振る。


「強い人だった」


「レイラの方がまだ強いよ」


 エイリーがそう言って鼻を鳴らす、リックはそれを聞いて耳を疑った。


「えぇ」


「シックの友人の中には上位に立つ冒険者達が居るんだけど、レイラはその中の一人。シックはそこまで強くないんだけどね、教えるのが上手いんだ」


 リックはレイラの動きを思い出すが、飛び抜けて勘が良いとしか言いようがないと思っている。


 それらが勘ではなくただの読みだったのなら、確かにユキをも圧倒できるのかもしれない。


「ユキさんが負ける姿が想像できない」


 リックの言葉を聞いてエイリーは言う。


「ボクは何度か見てるからなぁ、それでも勝負は分からないものさ」


 エイリーはリックを背に乗せて中層を枝から枝へと階段状に出来た道を走っていく、この道は中層にいる住人達や冒険者が作ったものだ。


 古い継ぎ接ぎの道もあれば、新しい素材で出来た道もある。

 

 古すぎて朽ち果てた道、もはや繋がってない枝と枝、登るだけ登って高層へと登る。


「ここからは登ったり降りたりして高層への身体を作る。体調が悪くなったらすぐに降りて過ごす感じ」


 リックはそう言って自身の身体を確認している。


 エイリーはどの環境にでも適応するが、リックは生身の人間だ。急激に高度を上げれば命の危険がある。


 リックが少しでも辛そうになれば、エイリーは戻って高度を下げて様子を見る。


 それを高度4000メートル付近で少しずつ数日に分けて繰り返す、湯宿「雪花」があった中層入り口が天国だったと錯覚するかのような過酷さだ。


 それでも世界樹は以前として細くはならない、まだ中層の中心に近い場所だ。


 ただ登るだけならそこまで問題にはならないが、リックとエイリーは世界樹に住み着く魔物の相手もしなければならない。


 魔物の種類も豊富だ、蝙蝠や甲虫、四足獣、翼竜までいる。


 相手にすればリックはすぐに呼吸が乱れるが、それらは滅多に寄り付いてこない。


 世界樹の主そのものにリックが乗っているからだ。


 たまに勘違いした魔物も現れるが、エイリーはそれらを一蹴してしまう。


「この世界樹においてボクに敵う存在はいない、だから主だというのに向かって来る。若いヤツほど身の程を知らない」


 リックはそのエイリーの言葉を聞いてにこりと笑う、呼吸に忙しくて声も出ない感じだ。


 高度4000メートル付近ともなると、気温も下がり吐く息も白くなる。


 火竜のコートは空気中の魔力を呼吸するように取り入れて熱に変えてくれるので寒さは感じない、ただただ空気の薄さが厄介だ。


「はあ・・・・はあ・・・・・」


 この中層の高度でしばらく過ごさなければいけない、おそらく少なくても一週間、二週間の滞在になるだろう。エイリーのバリアによる快適さはあっても酸素だけはどうしようもない。


 他の冒険者が使った中継地点に辿り着き、そうしてリックはエイリーを止めて言う。


「ここをしばらく拠点にしよう・・・・」


「おっけー」


 エイリーにとっては見覚えのある場所だ、何度も登っているのでこの場所が安全な場所だということは分かる。


 依然として世界樹は世界樹の樹木のままだ。太さは変わらず枝は道になっているし、風で飛ばされてもまず落下ということはないだろう。


 リックがエイリーから荷物を下ろしてテントの設置をしていると、突如として雷鳴のような唸り声が鳴り響く、おそらく飛竜だろう。しかも超大型の飛竜、ここ一帯はその飛竜の縄張りだ。


「・・・・・・」


 エイリーは何も言わない、飛竜の声を耳にしてはいるだろうが危険は少ないのだろう、とリックはエイリーを見る。


「あれはプリメラだね」


「え」


 エイリーにとっては驚くこともないが、リックにとっては驚きを隠せない。


「『がんばれ』だって」


「い、今まで聞いていた飛竜の声はプリメラの応援だったの?」


 リックに問われ、エイリーは頷いている。


「プリメラには世界樹の支配を任せているからね、異常があればすぐに現着できるよう世界樹の周囲を飛び回っているのさ」


「警戒して損した」


 そう言っているリックの呼吸は落ち着いているようだが少し荒い、しばらく滞在すればそれも慣れてくるだろう。


 リックは慣れた手付きでテントを組み立てて、その近くで火を起こして取ってきた新雪を焼く。


 ユキから持たされたお茶を淹れて、それをエイリーにも飲ませて一人と一匹で身体を休ませる。


 おそらく渡されたお茶は高級品に近いものだろう、世界樹中層入り口付近の名産品だ。


 ほんのり甘く、それでいて優しい、湯宿でも同じものを飲んでいた。


 道中でリックは木の実や乾燥させた果物を食べていたが、ここでも食べる。ユキに言われたが世界樹の中層以上では頻繁に木の実や乾燥させた果物を摂取しないといけないらしい。


 エイリーは自分で取ってきた世界樹の実をリックにも食べさせている。まるで親鳥だ。器用に果実を摘み取って専用のカバンの中に入れて持ち帰ってくる。


 新鮮な世界樹の実はかなり甘く、果汁もあって渇きに飢えることはないし、エイリーの選んだ世界樹の実に外れはない。彼は匂いで世界樹の実が食べられる状態のものかどうかを判断しているみたいで確実なものをリックに持って帰ってきているみたいだ。


 この中継地点に滞在し、二日間は空気を身体に合わせるためにリックは活動しない。体調を崩さないために木の実類や乾燥させた果物を間隔を空けて三時間ごとに摂取しないといけない。


 およそ人の住める場所ではないが、高層には街や衰退した古代都市があるらしいから驚きだ。


 エイリーには稀に訪問客が現れる。


 四足獣や飛竜、小妖精、昆虫類、鳥類など、この世界樹に住む者達だ。


 彼らはエイリーが先祖代々脈々と続く円環の中で世界樹の主であるということを知っている者達だ、彼らは交互に隙を見て挨拶に来る。


 リックはそれらの者達を観察していて、スケッチまでして自分の日記に書き記している。


 エイリーは彼らの中で叡智を存分に与え、そして祝福する。


 元々エイリーは人語を話せるわけではなかった。どちらかというと獣語の方がはっきりとしたカタチで伝わるらしく、その言語は言葉を介さない。ただ見ているだけだし、あちらもただ見ているだけだ。


 それでもしっかりとした会話をしている。


 なかなか神秘的だ、とリックは筆を取る。


 その光景は四足獣に囲まれる光景であったり、甲虫や蝶に全身を包まれていたりもすれば、一体の飛竜と何か会話していたりもする。


 エイリーは彼らが近づくのを許しているし、彼らはエイリーを恐れることはない。


 リックはエイリーを見ていると、何故自分が次の乗り手に選ばれたのか不思議に感じる。


 彼にはおそらくリックに伝えていない目的がある。


 それを話すことはないが、話さなくてもリックは何か記憶の片隅で思い出している。


 世界樹に来てからというものの、夢を見る。


 大きな災いが始まって、見つからないように隠れる夢だ。


 もはや鮮明に思い出しているのかもしれないが、はっきりとは思い出せない古い記憶だ。


 忘れていた何かを探して見つけたのはいいが、意味をはっきりと思い出せない感覚に近い。


 リックはエイリーと共に世界樹を登ることで、この記憶が輪郭を成すことを知ることができる確信がある。


 この旅はリックの起源を探る旅だ。



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