リックと黄金の神鳥Ⅺ
エイリーはルフィナに口頭で説明する。
「特異の力をまず手のひらの上で小規模に発現させられれば次に進める、まずは想像すること」
そうは言っても年端もない少女、何が何だか自覚はなさそうだ。
「例えば花を作り出すことが出来れば特異【創造】で間違いない、もしくは花を大きくしたり出来るなら特異【増幅】だ。目の前で発現しなければボクにはそれらが判別できない」
「エイリーの特異はどんなのなの?」
リックがエイリーにそう聞くと、エイリーは自信満々に言う。
「ボクは特異【最強】だよ」
なるほど、とリックは確信する。何もかもこなすエイリーにとっては最強以外にはない。
「それと【移動】と、あとは何だっけなー」
「ええ、二つもあるの!?」
リックがそう驚いていると、エイリーは頷いて言う。
「そう、ボクは時空の狭間に落ちたのがきっかけなんだけど、その時に【移動】を獲得したついでに【最強】の特異の力もついてきたの」
「わけがわからない」
「ボクもそう思う」
こればっかりはエイリー当人でも理解が及ばないみたいだ。
「むむ」
ルフィナは自身の手のひらの中で特異の力を発現させようとするが、花が出現することはない。
ただ風が生まれてそよ風が吹くだけだ。
「ルフィナの特異の力は【増幅】だね、確定だ」
見ていたエイリーがリックにそう伝える。リックはよく分からない顔をしてエイリーに聞く。
「今のは空気を【増幅】させたってこと?」
「そう、増やして見せた」
ルフィナはきょとんとしているが、エイリーにとってもリックにとっても特異の力は危険な存在だ。
例えばリックの【封牢結界】はリックの能力として発現していて、発現時間に限界がある。【波動剣】と比べると威力の放出を重ねて行う【波動剣】は体力の損耗が激しい、しかしリックの【封牢結界】はその空間の固定、循環、移動のためにそこまで体力は損耗しない。
それにリックは【封牢結界】を発動しながら【波動剣】の発現はできない、これはリックの脳に限界があるためだ。つまり人の身ではそれが限界というわけだ。
ルフィナには特異【増幅】の発現に限界はない、それが特異点が特異点たる理由でもある。
「ルフィナ、今からその力の発現を禁止する」
エイリーはルフィナにそう言って、淡々と説明する。
「使い方を誤れば保留から抹消になるかもしれない、そうなればルフィナはお母さんと居られなくなる可能性が高い」
こんな事を年端もいかぬ少女に説明したところで普通ならば聞き流されたり、無視されるのが当たり前なのだろうが、目の前のルフィナはそれを聞いて理解した上で頷いたように見えた。
エイリーはルフィナの変化にここで気付く。
「知能の【増幅】だね、これは発現後に獲得した能力の副作用か」
「ええと、それはつまり・・・・」
リックが分からないままエイリーに問うと、エイリーはリックに説明する。
「ルフィナは少し普通よりも賢い子だということだよ、それぐらいの認識でいい」
特異【増幅】の発現の際に知能の増幅、つまりは賢くなったのだ。これは母親を守るために行ったものだろう、とエイリーは推察する。
「ルフィナは大丈夫だろう」
そう言ったエイリーと顔を見合わせたリックは頷いた、しかしここであることに気付いてしまう。
「世界樹の実を【増幅】したら量も増えるのかな」
「そっ、それは考えてなかった」
じゅるり、とエイリーのよだれが溢れる。
じいっと見つめるルフィナに対してエイリーは頭を振って想像した自分の身の丈の世界樹の実の想像を打ち消し、ルフィナに言う。
「とにかく使っちゃいけない、ルフィナもルセナも危ない」
「わかった」
それとは別件でルフィナはリックに言うことがあるらしく、ルフィナはリックの手を掴む。
「あのね、リックお姉ちゃんにお願いがあるの」
「ん?」
ルフィナは目を輝かせてリックに対して言う。
「私もリックお姉ちゃんみたいに強くなりたい」
今朝、蒼い髪の男と手合わせをしたところを見られている。なるほどそうかとリックは言う。
「それならお父さんに教わるといいよ、私の師匠なの」
「シックは教えるのだけは上手だからなあ」
エイリーがそう言って笑っている。
「お父さんに頼みに行こう」
リックがそう言うと、ルフィナはリックの手を引いて何も言わない。
「ん?」
赤面しているルフィナの顔をエイリーとリックが見つめ、更にルフィナは赤面する。
「んん?」
そう言ったエイリー、リックと顔を見合わせて互いに察する。
「そう言えばルセナさんからは何も聞いてない」
「男の人に慣れてないのかも」
そう言ったエイリーの予測に対して、ルフィナは頷いている。
「ふむ」
リックは少し考えてルフィナを見つめ、そうして提案する。
「ルフィナ、がんばって」
エイリーも驚く強硬手段にルフィナも驚いている。いくら知能を【増幅】したからと言っても中身は幼子だ。
特異の力が暴走することも考えず、リックはルフィナを連れて蒼い髪の男の目の前にやってきた。
「ん?」
気付いた蒼い髪の男の目の前にルフィナとリックが立ち、そうしてリックはルフィナの背中を押す。
「ルフィナ」
「あ、ああの、あのあの・・・・・」
蒼い髪の男はルフィナとリックが何を言いたいのか分からないが、とりあえず赤面しているルフィナを見ている。
「・・・・・・・・・強くなりたい、です」
そう言ったルフィナに対して蒼い髪の男は少し考えている。
おそらく特異の力を上手く使えば他を圧倒できるほどにルフィナは強い、エイリーとリックがルフィナを寄越したということはそこまでの危険性を孕んではいないということだが、さてどうしたものかと蒼い髪の男はルフィナを見つめる。
「いいだろう」
その言葉を聞いてルフィナと後ろ聞いていたリックが笑顔になっている。
「まずは感情を消す訓練からだな」
そう言った蒼い髪の男の言葉を聞いて、ルフィナとリックは愕然とする。
「そう言えばシックは生粋の暗殺術を持つ、暗殺者だった」
遠くで聞いていたエイリーが目を細くして呆れて見ている。
ルフィナは鍛錬初日から大きく躓いた。
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その暮らしは数カ月も経つと慣れてしまった。
あちらの世界で奴隷の民として生まれ、奴隷として扱われてきたが家事は母から教わったものだ。
王族に仕えていた頃を懐かしむこともあるが、今は疲れれば自由に休めるので苦しいということはない。
それに初めて自由に使えるお金を貰えた、この世界のお金の使い方や価値をエウリュアレさんから教わった。
最近は値切る術も覚え、市場で安く買って得をすることが趣味になってきている。
娘のルフィナに木剣を買い与えることが出来た。
何が欲しいか娘に聞けば、木剣が欲しいとルフィナは言った。
娘に欲しいものを買い与えてやれるなど親としてこの上ない喜びだった。
大きな鳥に「ルセナはどんな力が使える?」と聞かれ、手のひらサイズの顔のない竜を作れてしまった。
彼は「なるほど」と言った後に、この力の使用を禁止した。
特異の力と言うらしい、大変危険な力で使い方を誤るとここでの暮らしが難しくなるのだと彼は言った。
自分にとってこの特異の力は感謝こそあるが、多用することはない。
余りある力も発現を望んでいなければそこまで問題はない、それよりもルセナにとって一番大事なことは、娘のルフィナが成長する姿を見られることだ。
蒼い髪の男、名前はシックという、変な男だ。あまり大きな声では言えないが、悪い人ではないと思う。
家事をするだけで給金が貰え、食事を作るだけで喜んでくれる。
度々出掛けては泥だらけだったり、血だらけで帰ってくるが、何をしている人間なのだろう。
あまり詮索し過ぎたり知り過ぎたりしてもいけない、この暮らしが長く続くように気を付けないと。
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リックはそわそわしていた。
黒化病がこの世から消えて数カ月、ルセナとルフィナの経過は順調で特に問題はない、王都のギルドに行ってはエイリーと日帰りの依頼をこなす日々だ。
A級冒険者のリックにとって個人で達成できない依頼はない、この数カ月は何かが足りなかった。
リックに対してエイリーは言った。
「リック、旅に出よう」
エイリーに言われてリックはすっかり忘れていた。
蒼い髪の男を探す旅、黒化病を治す旅、それらはリックにとって真っ暗な壁ではあった。先の見えない不安と追い込まれる時間、ただそれはリック自身が楽しんでいたことでもあった。
「何処に行こうか、エイリー」
そう言ったリックはとにかく旅の準備を始める。
様子を見ていた蒼い髪の男も妹であるエウリュアレも、リックが旅をすると言い出して納得したように頷いた。
リックはエイリーの乗り手なのだから、一つの場所に留まってられないのだろう。
ルセナとルフィナにも同じように旅に出ると言うと、二人は驚いた顔をしていた。
元々、奴隷の民であった彼女達には旅に出るという理由も意味も分からないからだ。
ルセナは話を聞いて終始分からないような顔をしていたが、ルフィナは違った。
リックのそんな話を身を乗り出して聞いて、同行しようとしていた。さすがに蒼い髪の男、エウリュアレ、ルセナ、そしてリックに反対された。
リックが旅の準備を始めてすぐに出立の日が決まった。
その日になると最初ルフィナは拗ねて部屋から出てくるようなことはなかったが、最後には渋々エイリーとリックを見送った。
リックとエイリーは旅をする。
今回の旅は目的がないため、リックはエイリーに行き先を任せた。
どうしてもリックを連れて行きたいところがあるらしい、エイリーにとっても大事な場所だ。
世界樹の麓が近づくにつれ、リックはエイリーの食欲を疑ったが今回はそうでもないみたいだ。
眼前に世界樹が近づくと、エイリーは言う。
「異世界の聖王国シングラーヴァに生まれた世界樹は実ることはあるけど、あれでもただの若木なんだ。ここまで成長すると空から何が落ちてくるか分からないから注意しないといけない」
「空から?」
リックがエイリーの言葉に反応すると、エイリーは世界樹に覆われた空を翼と嘴で指し示した。
瓦礫が落下速度を加速させて降ってくる、とても大きい。
もはや爆撃と変わらない、かなりの質量でリックとエイリーの目の前に落ちる。
エイリーのバリアと、リックの封牢結界の傘で砂埃を回避するが、これらは常人であるなら直撃すれば即死しかない。
「世界樹の上には文明があるんだ、昔からあるからたまにああやって旧文明の瓦礫が落ちて来ることがある」
大きい、とても大きい世界樹は空をも覆う。
飛竜がこちらに向かって飛んで来る、小さい点から次第に大きく、大きく、エイリーとリックを遠くから補足して飛んで来る。
「エイリー、すごく飛竜が飛んで来るけど」
「あー、知り合いだから気にしなくていいよ」
雷鳴のように轟く咆哮と共に巨大な翼を羽ばたかせて、落ちるように着地する。
エイリーとリックはその巨大な飛竜の爪先ほどでしかない。
「人語は喋れないから、少しこちらの言葉で話すよ」
エイリーがそう言うと、飛竜もエイリーも声を出さなければ身動き一つもしない。
リックにとってそれらの会話が何を話しているのか想像もつかない。
しばらくすると、飛竜は烈風を巻き起こして跳躍し、世界樹の樹上まで飛び去って行ってしまった。
もはや災害に等しいそれらの行動のおかげで、周囲の瓦礫が少し片付いた。
「で、なんて言ってたの?」
リックがエイリーにそう聞くと、エイリーは言う。
「今年の世界樹の実は豊作、糖度も増して果肉たっぷり」
耳を疑ったリックだったが、どうやら真面目な話らしい。それもそうだ、エイリーにとっては主食たる世界樹の実だ。
わざわざ超巨大な飛竜が言いに来るあたりが如何にも馬鹿らしいが、エイリーならあり得るとリックは想像する。
「行こうか、一応バリアは張ってるけど頭上には気を付けてね」
エイリーとリックは世界樹の麓へと歩く、世界樹は見えていても麓へは人間の足で数日かかるだろう、そんな巨大さだ。
「そう言えばアリエスが別れ際に『一生に一度だけでもいいから本物の世界樹を見て触れてみたい』って言ってたな」
エイリーがそう呟くと、リックは呆れながらも言う。
「あはは、アリエスは異世界の人なんだからここには来れないでしょ、来れたとしても生涯ここから離れなさそう」
「確かに離れなさそう」
エイリーはそう言ってリックと互いに笑い合っている。
世界樹の実と種を異なる世界に持ち込んだエイリーとしては、その影響も危惧しないといけないわけだが、アリエスに対しては特別といった感じがある。
世界樹への道を征く先々で旅人や商人の荷馬車とすれ違う、皆が皆、頭上を警戒している。
道中で名産品のヘルメットを販売している店もあったが、瓦礫が落ちてくればそれもただの気休めだ。
「ここは人と知性を持つ魔獣や精霊が住んでいるから、争いは起きない。それでも争いが起きればまずは樹兵隊が対応する」
エイリーがそう言って木の兜鎧を身に付けた人間を見やる、世界樹の枝葉で作ったそれら装備は堅く柔らかいために衝撃を受けてもダメージにはならないだろう。
樹兵隊の検問所を素通りで通る、見知った間柄ではあるようだ。
気付いた新兵が「ちょっとそこの」と言いかけて、熟練の樹兵に止められている。装備の色の深さでそれらの熟練かどうかが区別できる。
熟練の樹兵は新兵に「黄金の羽を持つ神鳥様だぞ、止めたとしても俺らでは止められない」と言っている。
リックはそれを耳にしてエイリーを見やる。
「ボクはここの常連だからね」
たぶん何度かエイリーはそれで大暴れしているんだろうなと想像できるリックだ。
世界樹の麓周辺は大きな街もある、ほぼすべての旅人や商人はその街を経由して世界樹へと登っていくのだが街の管理は人の手では負えないため、竜種が管理している。
寿命も長く、五百年ほど生きてしまう竜種ほど人化の術に長けていて人間とさほど見分けがつかない。
異世界で竜人族に会ったが、あれとは違ってこちらは完全な竜、おそらく源流の始祖になるのだろうと思う。
エイリーとリックが街の入口へと辿り着く。街の直上はそれら竜種の一族が管理する結界に守られていて、通行料が発生する。
竜種の兵はそれら通行料をエイリーからは取らず、道を空けて「どうぞお通り下さい」と言った。
黄金の神鳥の話は竜種の兵に既に伝達されていて、情報がかなりの精度で統制されている。
リックが通行料を払おうとしたら断られた、貰ったら上からお叱りを受けるらしく、竜種の兵は笑顔で道を開いてくれた。
それらを見たリックが財布を荷物に仕舞ってエイリーに聞く。
「エイリーはここではどんな存在なの」
「あー、うーん、何度か暴れた」
ああ、とリックは呆れて想像する。
「竜と鳥は近しい存在であるために仲が悪いこともあるんだ、特にボクは鳥でありながら絶対の存在だからね」
エイリーがそう言いながら街の往路を進む、結界の中の街並みは古い瓦礫と新しい煉瓦の継ぎ接ぎだが建物の造りはしっかりしているし、通りは古代煉瓦の石畳だ。
その往路を馬車が行き交う、エイリーがその場所を通って馬車と同じ速度で世界樹の麓へと走っていく。
「む」
街の中央に差し掛かると馬車が止まり、エイリーがそれを避けて進むと後続の馬車もそこで止まる。
路の中央に女性が立っている。
周囲が静まり返っていて、交通が完全に止まっている。
リックはそれらを見渡し、目の前の女性を見て腰の剣に手を掛けた。
「エイリー」
物凄い殺気だ、とリックは警戒する。竜やそれに近しい者と対峙した際に感じる刃物のような純粋な殺気、常人では起こせないような威圧だ。
「あれさっきの大きな竜、ボク達を歓迎してくれているみたいだ」
エイリーがそう言って女性の立つ路の真ん中に近寄ると、着物を着た女性は微笑んで言う。
「久方ぶりに死合おうか、エイリー」
「どういう風の吹き回しだ、プリメラ」
エイリーがそう言って女性を威圧している、竜種だから女性と言うよりメスと言った方が正しいのかとリックはちょっと考えている。
このぴりっとした緊張の中でも慣れ始めていて、リックはそんなことを考えるようになるまで成長したと言ってもいい。
「せっかくだから今のエイリーが強いのか確かめたくなった」
竜種は戦闘狂いが多い、特にこの街と世界樹一帯を支配する竜種の中でも指折りの存在が彼女だ。
「いいけど、今の乗り手はリックだから。この子も一緒でいいの?」
「私は構わん」
プリメラがそう言って口の端を釣り上げて笑う、リックが面倒そうにエイリーに言う。
「えー、私も戦うの」
「ほら、リックのアレ使えばいいじゃん」
エイリーが期待するリックのアレを聞いてリックは溜息を吐いて頭を抱える。
「【封牢結界】」
パキッ、とプリメラを封牢結界が一瞬で囲む、少し発動までの時間が速くなっている。
おそらく出られないだろうとリックとエイリーが封牢結界の中を見つめ始めた、プリメラは封牢結界に対して腕力で挑むがどうにもならない。
「ボクをその場に止めるだけでも大した技なのに、ボクよりも弱い存在に使えばそうなるよね」
「あははは」
リックがそう言って笑っている。
目の前のプリメラがどうもしようもないので、リックは仕方なく封牢結界を解いた。
「ボクらの勝ちー」
「くっ・・・・・」
プリメラは怒りを抑えて扇子で顔を仰ぎ、口元を隠して言う。
「そこの小娘、リックと言ったな」
「うん」
ぱち、と扇子を閉じてプリメラは澄まし顔で言う。
「其方もこの街の通行を許可する、竜を閉じ込めておける結界なぞ人間ではあり得ぬこと故な」
「ええと」
リックが反応に困っていると、エイリーが補足して言う。
「つまりボクと同様、顔パスってこと」
「わーい」
顔を覚えられて未来永劫その名前が街に刻まれるということを喜ぶリックはまだ知らない。
竜種の中でも最たる強さを誇る竜王プリメラに土を付けたことなど知る由もない。
応援してくれると励みになります、色々




