その8
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そうだ! 思いついたぞ!
魚の小骨が喉に引っかかった時、何とか《けほっ、けほっ》とそれを吐き出そうとする。気になって、夜も眠れなくなるからだ。大抵の場合、気が付くと何時の間にか無くなってしまっているものだけど、そうならないくらい深く突き刺さっていたとしたら、どうだろう。
ある日バクの喉元に、小骨が刺さる。あの長い舌でも、引っこ抜けない程しっかりと突き刺さっている。そうなったら、いよいよ事態は深刻だ。《けほっ、けほっ》は《うげー、うげー》となる。身体の中全部を捻るようにして、とらなくちゃいけない。その勢いにつられて、お腹の中の、夢の固まりも吐き出されるんだ。小骨と一緒にどすんと大きな夢の固まりが砂の上に、落っこちる。
可能性としてはそんなに高くないかもしれないが、こんなに大きなバクをやっつけるよりも、ずっと上手くいきそうだ。
バクの喉に小骨を突き刺す算段だって、たった今、出来た。
夢の弓矢だ。こいつをバクへとぶつける。タイミングはあくびの瞬間。寝息が止まった次の瞬間だ。バクは口を大きく開き、空気を一杯に吸い込む。それに合わせて、矢を放つ。すると、喉元に小さな矢がプスリ。
失敗したら、そのまま矢はごくりと飲み込まれてしまうけど、それはそれでしょうがない。成功してしまえば、これほど素晴らしい夢は、他に無いだろうから……
思わず、手に力が篭り、ぎゅっと握り拳を作ってしまった。すると、ごつごつと痛くなる筈なのに、妙にしっくりと馴染んで、手の平に心地良い感覚が返ってきた。目を落とすと、拳の隙間から光が溢れている。開くと、そこには滑らかに輝く、夢があった。何処か、懐かしい光だった。
それは、忘れてしまったあの日の夢の光なのだろうか。それとも、たった今、生まれたての光なのだろうか。どちらにせよ、とても頼もしく瞬いていた。
それを両手で掴んで、真っ直ぐに前へと伸ばす。神への捧げ物のようなポーズを取る。左肘はぴんと張ったまま、右肘を後ろへと引く。すると一本の線が出来る。想いを込めると、それは一筋の矢となった。右手には矢の根元が掴まれていて、それを離せば、左拳が向かう先へと放たれる。あとは、あくびをする時を待つだけだ。
前とは違って、どうしたことか、心は弾んでいた。
万が一失敗しても、もしかしたらあの子の玉乗りの夢が続くかもしれないからだろうか。
この巨体で、短い足で、器用に玉を転がしていく。
滑って、落っこちると、地震が起きたみたいに砂漠が揺れて、砂煙が辺りを跳ねる。
やっぱり、何だか楽しそうだ。
暢気そうに眠っているけど、そんなの聞いたら、びっくりして飛び起きるだろうな。
或いはあの子の方こそ、びっくりするかもしれないぞ。
ある日、月の砂漠に行ってみると、聞いていたより、ずっと小さなバクが一匹。
その代わり、太陽みたいに大きな夢の固まりが、月の砂漠を照らしている。
どんな顔をするだろう……うん。そうしてしまおう。
寝息をたてる轟音が止まった。大きな鼻がひくひくと震えて、口が開き始める。
貫いても、砕け散っても、これで終いだ。
いくぞ! バク君!