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その8

       。 ::  ゜ o  .. ○ 。 ゜ 。 ::. 。


 一面の砂が淡く光り、視界一杯に広がっている。

 背中の方のずっと高い所から、ズゥーッ、ズゥーッ、と風が鳴り響いている。

 慌てて振り向くと、土の山みたいなバクが短い手足を畳んで、猫が座るようなポーズをとって、寝息をたてていた。


 また、月の砂漠へと来てしまった。前に来た時は喜び勇んでバクをやっつけようとして、その余りの巨体にたじろいでしまった。だから、次来る時はもっと喜び勇んでバクをやっつけてやろうと思っていた。でも、よりによって今。何もこんなに悩んでいる時に。

 バクを見上げると、五階建てだった筈が、八階建てになっていた。暫く見ない間に、一回りも二回りも、大きくなっていたのだ。ぞぅっと、悪寒が走る。バクは夢を食べて、大きくなっている。そんなこと、思いもしなかった。


 震える指先でポケットを探る。そこに夢をしまっていたのだ。なのに、妙にごつごつとしている。手に取ってみると、あれだけ滑らかで強く輝いていた夢は、でこぼことしていて光も随分と弱々しいものになっていた。

 夢はどうにか形にしようとしている内に、何処か違ったものになってしまう。どんなに注意を凝らしても、その大切な部分が、剥がれ落ちてしまう。心の奥底へ閉じこめていた筈なのに、何時の間にか、失くしてしまっている。だけど、この夢だけはそうではないと、信じていた。

 沢山の人に分けようと、物語にして、現実へと無理して持ち込んだせいだろうか。肝心な部分を忘れてしまって、そのままにしてしまうくらい、ぞんざいに扱ったせいだろうか。あの時の夢とは、すっかり変わってしまっていた。

 でも、あの時の夢って、どんな形だったのだろう。はっきりと思い出せない。忘れてしまっただけならいいが、もう戻ってこないかもしれない。でこぼこの鈍い光のこの夢が、今ここにある夢の全てなのかもしれない。

 それでも、思い出さないと。バクをやっつけなくちゃ。でも、やっつけた後、どうするんだっけ?


 バクの毛皮を部屋にでも、飾るのだろうか。

 違う。こんな土色の毛皮を飾っても、ちっとも嬉しくないし、誰も喜ばない。


 バクの肉でも、みんなで食べるのだろうか。

 インパラみたいに、塩コショウと共にこねて、ハンバーグにでもして。

 違う。違う! 夢を食べるバクを食べて、何になるのだろうか。それに、ちっとも美味しそうじゃないじゃないか。


 ああ、くそっ。考えが纏まらない。

 いや、待てよ?


 ハンバーグみたいにミンチになったものをこねこねして、一つの形に纏める。あの大きなバクの中身は、そうなっているんじゃないか? 食べられてしまった沢山の夢があの中で、混ぜられ、捏ねられ、大きな一つの固まりになっているんじゃないか?

 そうだ! きっと、それは太陽のように大きくて明るい宝石になっている!

 月の砂漠に太陽が灯る。どうだろう。これなら、玉乗りの夢に負けないくらいに素晴らしい夢じゃないか。ずっと昔に夢の欠片を食べられた人だって報われるし、他のみんなも幸せにするくらいの大きな温かい光が、月の砂漠に浮かぶんだ。

 夢をいっぱいに溜め込んでいると考えれば、バクの巨体だって、それが日に日に大きくなってることだって、何だか楽しく納得してしまう。この大きさの分だけ、月の砂漠の太陽がでっかいのだと思うと、却ってわくわくしてしまう。


 《どうだい?》と首を一杯に上げて、バクに問いかけてみる。遥か上空で、耳をパタパタさせるのは、はたして《いいよ》のサインなのだろうか。そう思っていた矢先のことだった。

 定期的に鳴り響いていた轟音が止んだ。バクの寝息が止まったのだ。すると、戸惑う間も無く、バクはその大きな口を開けた。真っ赤な舌と、その奥の真っ黒な闇が、目の前を覆う。瞬間、砂が舞い、足が浮いた。空間ごと、バクの口へと、吸い込まれる。思わず目をつむった。食べられる! おしまいだ!

 次の瞬間、風は逆側へと吹いた。それに乗って、後ろに吹っ飛ばされる。吹っ飛ばされながら、目をどうにか開けると、口をすぼめたバクの顔が映った。それも一瞬で、きりもみしながら、視界は一気に砂の海へと落っこちた。そのまま、したたかに身体を強く打った。月の砂漠の砂はとても柔らかかったけど、プールで飛び込みに失敗して、腹から水面にぶつかった時みたいに、痛くてヒリヒリした。ようやく顔を持ち上げると、吹き上げられた月の砂漠の砂が、きらきら舞っていた。


 それは、バクのあくびだった。すやすやとしながらも、バクはあくびをしたのだ。それに。《ふあぁぁぁぁ》と大きく息を吸い込むのと《ふぅーっ》と大きく息を吐き出すのに、巻き込まれたのだ。

 運が良かった。あとほんのちょっとでも近くに寄っていれば、吐き出す前にそのまま吸い込まれきってしまって、食べられていたかもしれない。

 しかし、前に来た時はこんなあくびなどしなかったのに、どうしたことだろう。あの子の言うように、何にも無い月の砂漠の退屈にいよいよ耐えられなくなって、あくびをする癖でもついてしまったのだろうか。

 しかし、あくび……。吐き出す……。


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