その6
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「バククン、かわいそう」
「どうして? バククンは夢を食べちゃうんだぞ」
「でも、わるい夢も、たべてくれてるんでしょ? やっつけなくちゃ、いけないの?」
「そりゃ、そうだけど。でも中にはいい夢だって混じっているかもしれない。何せいっぺんに食べてしまうんだから」
「でも」
「まだ、きみは知らないんだ。どんな夢でも、それを失くすことがどんなに怖いことか」
「でも、バククンはひとりぼっちだよ」
「ひとりぼっち?」
「あんなに広いさばくで、ひとりぼっち。ひとりぼっちで、頼まれてもないのに、おそうじしてくれてる。ぼくなんて、お母さんにあれだけお願いされても、お片づけをさぼっちゃうのに」
「けど」
「それに、バククンをやっつけて、何になるの?」
「みんな、喜ぶさ! 安心して夢を持ち続けてられるんだから」
「でも…… ぼくなら……」
「何をするってんだい!」
「……」
「ご、ごめん。ゆっくりで、いいよ。きみならどうするのか、言ってごらん。おじさん、もう怒ったりしないから」
「ぼくならね、つきのさばくにいって」
「月の砂漠に行って」
「バククンに、タマノリを教えてあげるの!」
「タマノリ? 玉乗りかい?」
「うん、サーカスの。バククンがタマのうえを、コロコロころがるの!」
「でも、ちょっと待てよ…… 玉は、どうするんだい?」
「えっ?」
「だって、バクはとっても大きいんだよ。乗ろうとしたら、ぺしゃんこになっちゃうよ」
「そうかなぁ」
「そうだよ。クマさんが乗る、大きな玉でも、無理だよ」
「じゃあ、タマを夢で作ってみるの」
「夢で?」
「だって、ユミヤだって作れたんでしょ」
「夢でかぁ。うーん…… ストローを夢の中にさして、ふうふう膨らませたら、出来るかなぁ。ゴム風船みたいな玉」
「うん! できるよ!」
「でも、けっこう、時間がかかりそうだよ。大きさが、大きさだから」
「ぼく、がんばる!」
「わかった。玉はちゃんと、出来たって事にしよう。それで?」
「タマノリを教えてあげるの。バククンがタマに乗ってコロコロころがるの」
「月の砂漠をバク君が、夢の玉に乗って、コロコロと転がる。なんだか楽しそうだね」
「うん、バククンはとても楽しいの。はなをプルプルさせてるの」
「イヌのしっぽみたいに? 退屈だったのかな。バクくんは」
「うん。だってさばくには、オモチャもコウエンもないんでしょ。すぐ、あきちゃうよ」
「そうかぁ。でも、やっぱり問題が残るよ、そのやり方じゃ」
「なんでー?」
「バクは玉乗りを覚えて、とっても楽しい。つまらない毎日が、ぱっと明るくなった。でも、それと夢を食べることは別々さ。ひょっとしたら玉乗りでお腹が空いて、もっと沢山の夢を食べてしまうかもしれないよ」
「でも、バククン。きっと、もう、おじさんの夢を食べたりなんかしなくなるよ」
「えっ?」
「だって、バククンにも夢ができるでしょ?」
「うーん」
「タマノリができるようになったら、もっと上手にタマノリしたい、って思うよ」
「そうかっ。そうだね。それこそサーカスみたいにお客さんに披露して、拍手を一杯貰いたいとか。ただ乗るだけじゃなく、玉の上で宙返りしたいとか。思うかもしれない」
「うん。バククンが夢を持つの」
「バク君の夢かぁ」
「そしたら、おじさんの夢をへいきで食べようとか、思わないよ」
「それってこういう事かい? 夢の大切さに気付いたバク君は、ご飯の時もっと慎重に夢を選り分けるようになる。シチューからニンジンを取り出すみたいに、ゆっくりと」
「バククン、ニンジンがきらいなの?」
「いやいや、その逆さ。そうやって選り分けて、本当に要らなくなった悪い夢だけを、申し分けなそうにして食べる。《ごめんなさい、いただきます》って」
「バククン、えらいね」
「うん、えらい。とってもえらい。さっきは怒ってごめんね。バク君に玉乗りを教えてあげるなんて、とても素敵なアイディアだと思うよ」
もう、お日様も、バイバイしている。大きく振る手が無いから、代わりにお空を真っ赤にして一生懸命、別れを惜しんでいるんだ。すっかりオウチに帰る時間に、なってしまったね。
おじさんのお話、楽しかったかい? おじさんは、楽しかった。
暗くなる前にオウチに帰るんだよ。寄り道なんかしちゃいけないよ。
じゃあね。どうか、よい夢を。うん、またね。