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くつとおんなのこ

作者: 純な峠

 気付いたら、ボクは女物のハイヒールの靴になっていた。しかもやたらと可愛らしい。優しげなピンク色で、つま先には白くて大きめのふわりとしたリボンがついている。「パンプス」という種類のものらしい。

 正直、靴になるのだったら、カッコイイ黒のスニーカーとかになりたかった。何せボクは男なのだ。人間で言うと、男が腐女子により強引にメイド服を着させられているような気分だと思う。マジ気持ち悪い。しかもこれは脱げないのだ。マジ気持ち悪い。ホント気持ち悪い。……あまりにも気持ち悪すぎて三回も言ってしまった。


 まあそんなわけで、ボクは今、他の可愛らしい靴たちと一緒に靴屋に並べられている。右隣にはこれまた全体的にレースがふんだんにあしらわれた白のパンプス。左隣はこれまた大きなリボンのついた赤いパンプスだ。……と、思ったら、さっきから「カワイイ!」を連呼しながらボクたちをじろじろ見ていた明るい茶髪の女の子たちがその赤いパンプスを買っていった。

 ああ嫌だ、とボクは思った。何度も言うがボクは男なのだ。こんなフリフリとかヒラヒラとかキラキラとか、女の子らしすぎる空間は気持ち悪いだけなのである。ここに並べられてからもう一週間にもなるが、未だに慣れないどころか、耐え難い気持ち悪さは倍増している。女の子たちから「カワイイ!」なんて言われても嬉しくない。靴であるボクには、異性にモテたいとかそういう感情は一切無いのだ(そもそも相手は人間だし)。ボクが望んでいた言葉は男子からの「カッコイイ!」だったし、そんな靴になりたかった。だってボクはおと(以下略)


 突然、ボクの体が浮いた。人間の手に取られたのだ。ぼーっとしていて気付かなかったが、そういえばさっきから目の前に影があったような気がする。

 暫く見られた後、また元の位置に戻された。どうせまた茶髪でケバくてフリフリした服を着たギャルだろう、と思いながら目の前の子を見ると、予想に反して、黒髪で眼鏡をかけた女の子が立っていた。古典的なセーラー服で、スカートは膝丈。ん? と思う。この靴屋に来るには珍しいタイプの子だ。

 その子はその後も隣の白のパンプスを見つめたり、違う棚の靴を手に取ってみたり、またボクのところに戻ってきたりと何だかんだで一時間ほど靴屋を徘徊していた。ボクがその子に手に取られた回数は今のところ五回。優柔不断すぎる……。けれど、何だかボクはその子が気になって仕方がなかった。

 女の子はまたボクをじいっと見つめ始めた。そしてまた手に取る(六回目だ)。暫くボクを凝視した後、その子は薄汚れたスニーカーと白の靴下を脱いでボクを履いた。ぴったりだ。その子は決意したように少し頷くと、ボクを脱ぎ、靴下とスニーカーを履き直し、そのままボクをレジに持っていった。


「6900円です」


 ボクはその女の子に買われたのだ。


+++


 一ヶ月が経った。

 ボクは今、黒髪で眼鏡の女の子の家の下駄箱にいた。隣にはボクを買った時履いていた薄汚れた白のスニーカー。明らかにボクだけが場違いだった。女の子はたまにボクをじっと見つめることはあっても、ボクの出番が来たことは未だに無い。いつもセーラー服に、隣のスニーカーを履いて出かける。

 この子はどうしてボクを買ったんだろう、と、最近考えることが多くなった。別に履かれたくてたまらないわけではなかったが、こうも出番が無いと悲しい。一応ボクは靴で、靴は履かれるために存在しているのだ。履かれないというのは、自分の存在を否定されるのと同じなのである。見つめられるだけなら、靴じゃなくても出来る。


 不意に、たんたんたん、と足音がした。案の定、女の子が階段を降りてくる音だった。多分二階には女の子の部屋があるのだろう。

 女の子はこちらに近付いてきて、またボクを見つめた。その女の子に、ボクは何となく違和感を感じた。

 ……あ! ボクは気付いた。今日の女の子は眼鏡をかけていない! コンタクトにでもしたのだろうか? それに……! ボクは思わず女の子に見惚れてしまった。女の子はいつものセーラー服では無かった。ふわっとした白の膝上スカートを履いている。上は淡いピンクのTシャツに、デニムのジャケット。あのボクのいた靴屋に来ていたような女の子たちよりもずっと地味だったけれど、ボクにはこの子が、今まで見たどの女の子よりも輝いて見えた。

 女の子は暫くボクを見つめた後、ボクをレジに持っていった時と同じ顔で強く頷いた。女の子はボクを手に取り、ボクに足を入れる。運命のようにぴったりだ、とボクは思った。

 女の子は力強く玄関の扉を開いた。


+++


 女の子が向かったのは、10分ほど歩いたところにある公園だった。公園に着くと、ほっとした顔をしながらベンチに座る。けれども何処かそわそわしていた。何度も腕時計を見る。

 ここまで来ると、靴であるボクにも女の子が何をしようとしているのかは察しがついていた。

 15分後、遂に女の子が立ち上がる。


「ごめん、ちょっと遅くなった」

「うっ、ううん! こちらこそごめんね、突然呼び出してしまって」


 上を向くと、女の子の目の前には高校生くらいの男子がいた。女の子は顔を赤らめている。

 ボクは女の子の足が震えているのを直に感じた。


「あのっ、」


 女の子の足の震えが大きくなる。


「あのっ、ずっと、好きでした……! つっ、付き合って下さりますか!」


 ……たどたどしい告白。女の子はとても純粋で、ボクは思わず吹き出してしまいそうになった。

 それは目の前にいた男子も同じだったようだ。男子は少しきょとんとした後、クスッと笑った。


「いいよ。……僕も君が好きだ」


 それまで緊張して足を震わせていた女の子は、ぱあっと明るい顔になった。

 そんな女の子を見て、目の前の男子も笑った。


「ていうかさ、」


 男子が口を動かす。


「その靴、カワイイね」


 女の子が嬉しそうに「有難う」と言う。ボクも嬉しかった。

 ボクは今、自分がこの可愛らしいピンクのパンプスになって良かったと心から思った。カッコイイ黒のスニーカーになんて、ならなくて良かった、と。


 ボクは男である以前に、靴なのだ。

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