とある出発
大通りはすっかり賑わっていた。
「いらっしゃいいらっしゃーい、採れたての野菜だよー」
「隣国から珍しいお菓子が手に入ったんだ、おひとつどうだい」
「これなんかどうだい、塩漬けにしてあるんだ。日持ちするよー」
お財布の中身と見比べ、思わずため息が出る。
その誘惑だらけの朝市をぬけた。
どうしてこんなにお給料が少ないの。
王都の神官様は贅沢しているのに。
美味しそうな朝ごはんを優雅に摂取しているんだろうか。
それに引き換え、私の朝ごはん…。
朝ごはんどころか、しばらくの私のご飯はこの小さな人参と芋。私は馬なの?
「ああどうか…。
お菓子の食べ過ぎでお腹を下して、間に合わずに恥をかきますように」
「ねぇお母さん、あの神官様何に向かってお祈りしているの」
「しっ!見てはいけません」
ああいけない…、
目の前に落ちていた馬の糞を見ていたらつい。
お祈りの姿勢を正して、今度こそ関所に向かう。
神官という職に就いて私が最初に良かったと思った事は、関所の出入りにおいて税金がかからないと言う点である。
関所の門付近に、自警団の兵士の方がいた。
ここは街を守る騎士が少ないので、自警団が組織されている。
「こんにちは、神官様。もう街を出ていかれるので?」
「はい。
大変お世話になりました」
私がここを通った時も、この兵士の方だった。
「…参考までにお聞きしたいのですけど、ここから子爵領まで、どれくらいかかるものでしょうか?」
「…間の宿場町に泊まるとして、二日はかかるんじゃねぇですかねぇ」
「そうですか…。ありがとうございます」
やはりもう少しご飯の確保はするべきだっただろうか…。
私がそのまま門を通り過ぎようとすると、慌てて兵士の方に止められてしまった。
「神官様、徒歩で行くつもりですか?」
「?
そうですが…?」
「二日くらいってのは、馬車で行ったらって話ですよ!
ほらあそこ、いつもあそこから乗合馬車が出てます」
彼の指差す方には一つの馬車があった。
女性が一人乗り込む所のようで、この兵士の声に驚き振り返ってしまった。
「いえ私は―…」
お金を無駄に使うわけには…
「この乗合馬車は貸し切りだぞ」
背後から現れた男がそう言った。
面倒なことになったと、隠すことなく顔に表している。
「…もしかしてあなたが?」
こちらの様子をうかがっていた女性が馬車から離れ、こちらに歩いてくる。
「そうです。
俺が依頼を受けた傭兵のルイスです」
「そうですか…。
私はエレーナ。あの方から話は聞いています。
今日はよろしくお願いします」
「という事で、神官様には悪いが、今日この馬車は貸し切りなんだ。他を使ってくれ。
な、そうだろう、御者」
「え、えぇ…。
…貸し切りにするよう頼まれました」
「何だって!乗合馬車をか!何故!!
自分のがないなら貸し出し馬車を使えばいいだろう!!」
「…そうは言っても、その分の報酬はもう頂いてしまいましたので…!
それにあと数刻もすれば仲間の馬車があちら側から来ます。どうしてもというならそちらにご乗車ねがいます」
そう言って御者の男はそそくさと御者台に乗り込んでしまった。
「一体いくら貰ったんだか!全く!
…神官様、すいません。
生憎とこの街の人間は自分の荷馬車をお持ちの方が多く、乗合馬車の類のものは本数が少ないんです…」
「いえ…本当に私は…」
「乗ってください」
「ーはい?」「何だって」
「いいのかい?そりゃあ良かった!!」
女性は微笑んで私の手を掴み、そのまま馬車に案内する。
私は困惑しながら連れられて、結局馬車に乗り込んでしまった。
「おい、いいのか…」
「私がいいのだから、構わないでしょう。
それに神官様を蔑ろにしたら、バチが当たってしまいそうじゃない。
出してください」
「…知らねぇぞ」
そうして馬車は走り出した。
ああ、金欠なのに………
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「隊長、馬車が森に入っていきます」
部下の男が望遠鏡から乗合馬車を発見するとそう報告した。
男たちは川を挟んだ向こう岸の森に潜んでいた。
彼らは盗賊のような格好をしているが、傍らの馬は立派で毛並みも良く、小綺麗にされている。
「報告によると一人余計な客が乗ってしまったようです。それがその、神官様だそうで…」
「何だと?」
「…作戦を中止しますか?」
「………この際、仕方がない。予定通りに進めてくれ」
隊長と呼ばれた男が馬に乗り、後ろから馬車を追いかけるように並走する。
続いて数人が彼の後を追った。