とある傭兵への依頼
庭木の木漏れ日が心地よい。
何の花かは分からない。白い花のアーチを超えた先に小さなガゼボが見えた。
父に手を引かれそこに行くと、彼女がいた。いつも遠目で見ていた、真っ白な綺麗な人。
「…イーサン、この子が?」
「そうです。…ルイス、挨拶を」
俺は柄にもなく緊張して、真っ直ぐ彼女の目を見られなかった。
緑の匂いに混じって紅茶の香りがする――
リリリンッ
この時間に鳴るはずのないベルの音がするので、机の上に突っ伏していた頭を持ち上げた。酒の匂いが充満している。
オーウェンを待っている間に少し寝てしまったようだ。
リリリンッ
「っ、今行くよ!
全く何回も鳴らさないでくれ…」
俺はヨロヨロと立ち上がり嫌々下に降りた。
「おかしいな、表の鍵は閉めたつもりだったんだが…」
「裏から入らせてもらった。依頼がある」
「…裏だとぉ?」
「…そもそも今何時だと思って、
……あんた貴族か?」
「いかにも。
言葉遣いには気をつけたまえ」
酒でぼやけた頭が一瞬で覚醒した。
地味ながら質の良さそうな装いと、どことなく品の漂う雰囲気が、貴族のそれであった。
「失礼致しました…。
ですが…その、
お貴族様が、この傭兵ギルドに依頼ですか…?」
「そうだ。
とある女性の護衛を依頼したい。」
「護衛…?」
「隣の子爵領までの道のり、関所の手前まで。
彼女には貸し切った乗合馬車に乗るよう言ってある。」
「乗合馬車?
ご自分の立派な馬車があるではないですか」
「立派な事が問題なのだよ。
調べられたらすぐにどこの家の物か分かってしまう」
「それがまずい事なんですか」
「ああ、まずいね」
「………」
「むろん、相応の報酬は出す。これでどうだ。
これは口止め料も含まれている。
詳細は口外しないでもらいたい」
目の前に包みの一杯の金貨が置かれた。
…きな臭い匂いがする。
貴族ならお抱えの騎士を持っているはずだ。
何かバレたらまずい事があるというなら、なおさら、傭兵なんかに頼るより騎士の方が都合がいいのではないのか。
俺の直感がやめておけと言っている。
さて、どうするか…。
しばらく遊んで暮らせるだけの金貨が目の前にある。
何より借金が返せる。
「……。
分かりました。
引き受けましょう、その依頼」
頭の中のやめておけと言う声を何とか誤魔化して、俺は目の前の包みを受け取った。
多少のリスクも背負うことにしよう。
「感謝する」
貴族様がにっこり微笑んだ。
「乗合馬車は子爵領側の関所の付近に手配してあるから、そちらに行ってくれ」
「…承知致しました」
「では三日後に。
…君は中々、身なりのわりに品がある。
これきりになる事が惜しい男だ。
己を誇るといい」
「…はぁ、」
そう言って、貴族様は満足そうに裏口から出ていった。
その後すぐにオーウェンが入ってきた。
この男もギルドに所属している。
「ルイス、誰か来たのか?
馬車が裏通りから走っていったが」
オーウェンは酒瓶をいくつも持っていて、そう言えば彼と二階で飲んでいたんだったと思い出した。
「依頼を引き受けた」
「…っ、
勝手に依頼を引き受けたのか!?
またギルド長にどやされるぞ!!」
「ほれ、受けとれ」
「何だよこれ、」
彼に金貨を数枚投げやった。
「口止め料だ。ギルド長には内緒にしといてくれ。
依頼の詳細は話せない。そういう契約だ。
ギルド自体への取り分は依頼が完了してから収めるよ」
「…本当に大丈夫なんだろうな」
「ギルド長も金さえ収めれば文句はねぇだろ」
「そうじゃない、その依頼が本当に大丈夫かって話だ。
…あの馬車、随分立派だったが、妙なことに巻き込まれてはいないだろうな」
口止めされているからという事もあるが、こいつにもギルド長にも、詳細は話さない方がいいだろう。
もし何かあった時、ここの連中を巻き込みたくはない。
「金持ち坊ちゃんの道楽に付き合わされるだけだ!
安心しろって!」
「あっ!おい!」
オーウェンが買い足しに行っていた酒瓶を持って二階に上がっていく。
「さっさと飲み直すぞー」
鼻息混じりに呑気な様子で二階に上がっていくルイスを見て、オーウェンは前向きに捉えることにした。
「あいつは腕が立つし、まあ…いざとなったら逃げられるか…」
結局二人は朝方まで飲み続けた。