私のお祈りと三日前
「行くぞ、マリア!!!」
「ちょっと、バリー…!」
二人がバタバタと馬車に乗り込んで行く。
私は笑顔で見送った。
車内で更に揉めているように見えるが、もう私の知るところではない。
馬車がその角を曲がって見えなくなった。
すっかり静かになった聖堂で、私は息を漏らした。
女神像がこちらを見下ろしている。
星の向こうにいらっしゃるお父様へ。
拝啓
こちらは別段、物騒な事もなくつつがなく平穏な日々がおります。
お父様はいかがお過ごしでしょうか。
お母様と仲良く過ごされていますか。
私は各地に巡礼をすることにしました。
ここは小さな商業都市です。
目移りする物が多くて困ります。
この聖堂は、この街に一つしかないということもあって人の出入りが激しいです。
もしかしたら貴族の方がお忍びに来られるかもと期待していましたが、来るのは商人ばかりでした。
もう少しここで様子を見ようと思いましたが、人手不足のようなので、このままではここで永久就職する羽目になってしまいそうです。
早々に退散しようと思います。
一度テオの所に帰ってあげることにします。
臍を曲げていなければいいのですけれど…。
あのご老人と似通っている所があるんですよね。
勿論、あそこまでこじらせてはいないですけど。
……。
「あのご老人…。
せっかく初孫が産まれたのに、なかなか会わせてもらえずこの上なく嫌われてハゲますように…」
「…リリー?」
アビゲイルさんが目をぱちくりとさせていた。
どうしてここに…。
この時間はいつも病院で奉仕活動していらっしゃるのに。
「シスター達が私を呼びにきたのです。
厄介なご老人がいらっしゃって貴方が困っているかもしれないと…」
心配させてしまいましたか…。
「とても信仰心の厚い方でしたよ、あのご老人。
何やら色々とご事情がありそうでしたが…
まあおそらく、……、結果的には丸くおさまることでしょう。」
私は置き手紙にするつもりだったものを渡した。
私は改まってお別れを言うのは苦手なのですが、結局直接言う羽目になってしまいました。ですが…
「…貴方に女神シュテルンのご加護と星の導きががあらん事を」
涙目でそっと抱きしめてくれるアビゲイルさんに、少しだけお母様の匂いを感じました。
またここに立ち寄る時は、もう少し長くここに滞在しようと思います。
敬具
そちらでは心穏やかにお過ごし下さい、お父様。
娘より
…というか聞かれていただろうか、私のお祈り。
お腹の中でばかり話していると、たまに声にも出してしまうんですよね。
気をつけないと…。
******
深夜、とある場所の裏通りに立派な馬車が停まっていた。
「ここで待っていろ」
「はい」
馬車から若い一人の男が降りて来た。
そこは裏口なのでドアノブも少々汚れている。
思わずしかめ面になってしまった。
私は持っていたハンカチで直ぐに手を拭いた。
ギルドに明かりは灯っていたが、人の気配はない。
むしろそちらの方が都合がよい。
「…おい、誰か居ないのか」
受付けらしきテーブルの上にはベルが置いてあった。
はしたなく大声を上げたくはなかったので、すぐにそれを使わせてもらった。
リリリンッ
ギルド中にベルの音が響き、煩わしそうな声が聞こえて来る。
階段から一人の男が降りてきた。
「おかしいな、表の鍵は閉めたつもりだったんだが…」
大柄な男だ。
頬から首にかけて傷跡がある。
…好都合かもしれない。
「裏から入らせてもらった。依頼がある」
「…裏だとぉ?」
「…そもそも今何時だと思って、
……あんた貴族か?」
「いかにも。
言葉遣いには気をつけたまえ」