とある神官の呟きと思い違い
人のいなくなった聖堂で、その神官はふぅと息をついた。
女神像を見つめていると、あの子の顔が思い浮かぶ。
数ヶ月前に旅立ったあの神官のことだ。
「リリー?」
お祈りをしていた彼女が振り返った。
「アビゲイルさん…!」
「シスター達が私を呼びにきたのです。
厄介なご老人がいらっしゃって貴方が困っているかもしれないと…」
「まあ厄介などと…。とても信仰心の厚い方でしたよ、あのご老人。
それにもうお帰りになられました。
何やら色々とご事情がありそうでしたが…
まあおそらく、……、結果的には丸くおさまることでしょう。」
「……。
そうですか。
何もなかったのなら、それで良いのです。
安心いたしました。
ところで、
…その格好は、」
彼女は旅装束だった。
「私やシスター達に、何も言わずに行くつもりだったのですか?」
決まりが悪そうに視線を逸らすので、思わずちょっとした皮肉を言ってしまう。
「…アビゲイルさん達がお忙しそうでしたので、お邪魔をしては悪いかと思ったのです…。
それに手紙は残していくつもりでしたよ、ほら、この通り」
彼女から手紙を受け取ったはいいものの、
やはり残念な気持ちになってしまう。
彼女に好感を抱きはじめていたということもあるけれど、
立て続けに同僚の神官達が、王都の神殿に引き抜かれていってしまったせいで少しばかり業務がかさんでいた。
「…私が忙しいと分かっているのなら、もう少し滞在していて欲しかったです」
「…、」
「…
ああ、いけませんね…
つい…。
よりによってこんな引き止め方…。
本当にごめんなさい。
貴方にはすでに、十分手伝っていただきました。
雑用から何から何まで。
シスター達も見習いばかりで慣れない仕事が多かったので、助かったと言っていました」
「…アビゲイルさん、私こそお世話になりました。
貴方に見つけていただけなければ、私は今頃道端でぽっくり逝っていたことでしょう」
彼女と出会ったのはほんの数週間前、
聖堂の前で倒れていた彼女を急いで医者に見せにいった。
飢え死にしかけていたと聞いて、さらに驚いた。
「次はどこに行くつもりですか?
巡礼の途中だと言っていましたけれど」
ただでさえ巡礼をする神官は珍しい。
女性の一人旅で、飢え死にしかけた経験あり…。
…本当に大丈夫だろうか。
「その事なんですが…。
一度故郷の教会に帰ってみようと思っているんです。
…実は言うと、私を育ててくれた神官様にも何も言わずに出てきてしまっていて。
そろそろ顔を見せに帰らなければ愛想を尽かされてしまいそうで」
「全く!貴方って人は…!」
この向こう見ずなところのある彼女のことをさぞや心配なさっていることでしょう。
「アビゲイルさん。
本当に、ありがとうございました。
王都の神殿にもいずれ行くつもりではあるので、道中この街にもまた訪れることになるでしょう。
その時はまた、お手伝いさせて下さい」
「リリー…
約束ですよ。」
私は彼女をそっと抱きしめた。
この小さな体に何事もありませんように…。
「…貴方に女神シュテルンのご加護と星の導きががあらん事を」
彼女は今頃どこを歩いているのだろうか。
あまりに急な旅立ちだったので、なんの土産も持たせてやることができなかった。
無事帰路につけているといいのですが…。
あら…?
聖堂の入り口に、品の良いご夫婦が立っている。
周りをきょろきょろと見渡して、私を見つけると
「あの…
お尋ねしたい事があるのですが…」
そう尋ねてこられた。
「何でしょう?」
ああ、この方。
いつぞやの厄介なご老人と一緒に、いつもお祈りをされていた女性。
「あの時の…
褐色の肌で生成色の髪の神官様はいらっしゃいませんか?
神官様にぜひお礼を言いたいのですが…」
「お礼、ですか?」
彼女の手にはお菓子の包みのようなものがあった。
「彼女は元々ここの神官ではありません。
数ヶ月前に旅立ってしまいました…」
「やはりそうでしたか…。
あの日旅姿をしていらしたので、もしかしたらもういらっしゃらないかも、とは思っていたのです…。
私達も近々、この街を離れることにしたんです。
そうですか、残念です…」
「…いつになるかは分かりませんが、
巡礼の途中、また立ち寄ると言っていました。
伝言をいたしましょうか?」
「…!
お願い出来ますか、
貴方の言うように、
私にも星の導きがありましたと…」
幸せそうにお腹に手を当てて。
「…っ!!まあ、本当に!!
おめでとうございます!!!」
奥様と旦那様は苦笑いをしていた。
「…実はその時、バリーのやつが…、
私の部下がその神官様に大変失礼な物言いをしてしまったようで…。
この件に関しては私にも責任の一端があるので、私の方からも謝罪と、
感謝をしたいと思っていたんです」
ー「貴方とあなたに女神シュテルンのご加護と星の導きがありますように。
……マリアさん。
貴方が何に対して導きを求めているかにもよりますが、
どちらにせよ、医者に診てもらうことはおすすめします。
その子はすでに星に導かれ、貴方の元へやって来ています」
―「へ…?」
―「……っあんた、最低だな!!
慰めのつもりか!!?
女神の加護だの星の導きだの、もううんざりだ!!
俺は、オティリオに頼まれてここにいたんだ!!
あのじじぃのせいでマリアが傷つかないよう、助けに入るつもりで!!
なのに……、くそっ
行くぞ、マリア!!!」
―「あ、ちょっと!バリー…!」