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とある妻の礼拝


 「ああ…何て神々しいのでしょう!女神シュテルン様…!」


 そう言われた女性の神官様は苦笑いをうかべていらっしゃった。


 ここ数年、毎朝街の中心にある聖堂に礼拝する事が私と義父様の日課になっていたので、顔見知りの神官様はたくさんいらっしゃる。


 けれど今朝居られた神官様は、一度もお会いしたことがない神官様だった。


 義父には彼女が女神の化身のように見えたらしい。


 「…恐れ多いことです。私はただの神官ですよ」


 神官様のご容姿はこの街においても少々珍しいように思う。


 褐色の肌に薄茶の瞳、白のベールから見え隠れするウェーブがかった長い生成色の髪。


 神官様は西の出身なのだろうか。

 夫の行商について行った折、彼女のような容姿の方をよく見かけた覚えがある。

 旅姿のようなので、巡礼でもなさっているのだろうか。


 神官様は義父の皺だらけの手を優しく包み込みこんだ。そして大袈裟に崇めるように跪いていたのをさり気なく立たせてくださった。


 「おお、慈悲深く、聡明な女神、シュテルン様!

 どうか、どうか私に星の導きを…!!」


 あまりに必死に縋り付くお義父様の様子に、神官様も驚いていらっしゃって、

 流石にこれ以上は困らせてしまうと思いお義父様の腕を少し強引に引っ張った。


 「お義父様…もう行きましょう。

 十分、お祈りはすみました」



 「…なに」



 …しまった。



 「十分、十分だと言ったのか」



 やってしまった。

 反射的にそう思った。

 神経質なくらいに言葉選びに気を付けていたと言うのに…。


 お義父様の持つ杖がカツカツと、聖堂の床を鳴らす。



 「お前は本気で跡取りを授かる気があるのか!


 息子がどうしてもというから、何の利にもならん、お前のような町娘を我が家に迎えたと言うのに…!

 マリア!!


 この役立たず…!!」


 

 お義父様のお気持ちは何となく察していたけれど、

 ここまではっきり言われたことはなかった。


 鉛を背負った気分になった。

 


 「…申し訳ありません」



 他の礼拝者の方たちもヒソヒソとこちらをうかがっている。

 居た堪れない気持ちになっていると、


 「お心をお鎮めください、シュテルン様の御前ですよ」


 神官様の声が響いた。

 お義父様がハッとしたように周りを見渡し、そして神官様を見た。


 「お見苦しい姿を見せてしまいました、大変申し訳ございません…。


 しかしながら、この者ときたら嫁いできてもう三年になるいうのに、後継ぎ一人できぬのです…!


 

 お前の、祈りが足りないのだ!!


 そうでないのならお前は、「そのようですね」


 

 …はい?」




 「奥様はもう少し、真剣に、長く礼拝された方が良いでしょう」




 私は思わず神官様を見つめてしまった。




 「そうでしょうとも、そうでしょうとも!」


 「ですから、奥様はしばらく…


 …あちらの方は?」



 聖堂の入り口付近に、バリーがいた。


 どう声をかけて良いやらというような顔をしていた。




 「…バリー、どうしたのです?

 なぜここにいるのです…?」


 「…ボスがじいさんに話したい事があると」


 「じいさんだと!!お前はいつなったら言葉遣いを直すんだ!!」


 「あー…へいへい、大旦那様?オティリオが相談があると言っています。あの商談の件です」


 「何!それを早く言わんか!

  早く帰らねば!


 やはり、まだまだ私の手がいるようだな…。



 神官様、私はこれにて失礼いたします!」



 馬車に戻っていくお義父様を唖然と見送ってしまった。

 私に対しての怒りはどこへ行ったのか。

 あの変わりよう。



 「…くそボケじじぃが」



 バリーの暴言は取り敢えず聞かなかったことにして、


 「あの、神官様…」


 

 「ふふ…。

 私が何をするまでもなかったですね。


 貴方にとっても、あの方にとっても、一度距離を置いた方が良いと思いました。


 根が悪い方では無いのでしょうから」


 「神官様…」


 「はっ!

 そりゃあんたにとっちゃ根が悪くない人だろうな」


 「バリー!


 申し訳ありません、神官様…」



 バリーの皮肉屋はいつものこと。

 気を悪くされなければ良いけれど…。



 「かまいませんよ。

 バリーさんの言うことは、間違ってはいませんからね。

 信仰心の強さは尊いものです」




 「バリー!!マリア!!何をしている!!」


 「へいへーい、今行きますよー。



 マリア、もう行かないと」

 

 「そのようですね…。


 では失礼いたします、神官様」



 それにしても…あの商談?


 わざわざお義父様に相談しなければいけないほどの大事な商談なんてあったかしら…。 


 もう長いことお義父様の意見を聞くような事はしてこなかったはずだけど。



 数年前から夫であるオティリオが、商家の跡取りとして会社を運用してきた。


 上手くやっているし、むしろお義父様の代より儲かるようになったんじゃないかと、家の者が言っていたぐらいだ。



 「ちょっと待ってください。

 マリアさん?でしたか」


 「…?はい?」



 「あなたにお尋ねしたい事があります。



 貴方の旦那様は、マリアさんを助けてくれますか?


 今、幸せですか?」



 神官様のその真っ直ぐな眼差しはまるで何かを試しているようで、

 全てをのぞかれているような気分にさせた。

 


 過去を振り返ってみても、結果的には幸せだったように思う。


 そして今は?




 ー答えは決まっている。



 

 「私は幸せです」



 今の現状を昔の私が聞いていたら、すぐにでも離縁して逃げなさいと言っているでしょうけど…。


 

 「私はオティリオの事を信頼しています。


 自分でも不思議なくらいです」



 バリーの視線には気がつかないフリをした。



 「…そうです、私にはオティリオがいる。

 それでいいではないですか。


 あの人と二人、これから先も商売が出来たなら…」



 今まで心のどこかで考えていたこと。考えないようにしていたこと。


 神官様に話しているうちに決意が決まっていく。



 「神官様にこんな事言うのは…はばかられるのですが…、もうここに来るのは、今日で最後にしようと思うのです。


 辛いから…。




 夫にも話すつもりです」



 久しぶりに体が軽くなった。

 なにより清々しい気持ちなった。



 「……身体の為にも、その方が良さそうですね」

  



 「…え?」




 「貴方と()()()()女神シュテルンのご加護と星の導きがあらんことを…ー」

 




 どうして彼女の視線は、私のお腹に向けられているのだろう…。




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