9.先生と私のごはん
オバケ騒動以来、クラウスヴェイク先生は私に対して言葉尻がちょこっと優しくなった。以前はバカだの、間抜けだの言われていたがそれも無くなり、ちゃんと名前で呼んでくれるようになった。
私は思った。多分先生は努力をしない人が嫌いなのであって、ちゃんと努力さえすれば人並みに優しくすることが出来るのだ。
今日も授業はきっちり厳しいものだったが、以前のあの鬼のような宿題は出なかった。
「ニーナ、これを片付けたら一緒に帰りますよ」
私は素直に頷いた。以前と変わったもう一つの違いがコレだ。
先生は授業後必ず寮まで送ってくれるようになったのだ。恐らく号泣した私がよっぽど衝撃的だったのだろう。確かにあの日の私は目は赤いし、隈だらけだったし、どちらかというと私自身がオバケに近かった。
学校の玄関を出ると、今日もスーツの端っこを掴んで先生の後に続いた私は道がいつもと逆なのに気づいた。
「クラウスヴェイク先生、道が・・・」
「ごはん食べに行きますよ」
先生はそのままいつもの道とは反対方向に歩いていった。
ゆっくりと道を歩きながら、先生がいつもより歩く速度を落としてくれているのがわかった。クラウスヴェイク先生の足の長さは正直異常で、彼が少し早く歩いたら、私は走らなくてはいけないだろう。
先生の後をついていき、辿りついたのは小さなレストランだった。何だか、お伽噺に出てきそうな可愛らしい店内に、優しそうなおばさんが「いらっしゃい」と言って笑って迎えてくれた。
「今晩は、ステファニーさん。なんかこの子に美味しいの出してもらえますか?」
先生も笑って挨拶していた。どうも先生は常連さんのようだ。
カウンターに並んで座り、私が店内をキョロキョロしてると「ステファニーさんの料理は絶品ですよ」と言って横にいる私に眼鏡を外して微笑んだ。
少しドキっとした。
いつもと立ち位置が違うからかも知れない。こんな風に横並びで話すことなんて無かったから。
先生は外した眼鏡をベストのポケットに入れ、私は出されたオレンジジュースと先生はワインで乾杯した。
「美味しい・・・!」
ステファニーさんが出してくれたのはチーズがたっぷり入ったグラタンと、お野菜がたくさん入ったスープだった。熱々のチーズが口の中でハフハフと蕩けて、私は満面の笑みでグラタンを食べていた。
横で先生が真っ黒な手袋外してドリアを食べながら、ハフハフする私を見てクスリと笑う。
「ニーナは授業の後、いつもごはんはどうしているのですか?」
「いつもは寮食ですが、闇魔法の授業の日は食べたり食べなかったり······」
「寮食が閉まってしまうのですか?」
「いや、早く復習したくて、自室でお菓子とか口にいれながら過ごしたりしてて······」
「つまり食べてないんですね」
「お、お菓子食べてます」
「お菓子はごはんじゃありませんよ」
先生は頬杖をついて長い足を組み、ふーっと息を吐いた。
「どおりで、春から痩せていくと思ったら」
「?」
私が痩せたら何か不都合でもあるのだろうか。
「分かりました。闇魔法の日の夜ごはんは、私が責任を持って食べさせます」
「え?!」
どうしてそんな話になったのか。
「教え子が、自分の授業のせいで痩せたり寝不足になられては、私に立場がありません」
「そ······それは私が勝手にしていることであって、クラウスヴェイク先生のせいでは······」
「黙りなさい」
「すみません」
何だか申し訳なくて、両手でモジモジしてたら、横からドリアが乗ったスプーンが伸びてきて「ほら、食べなさい」と言われた。
た······食べなさいと言われても。それ、先生のスプーンだし········。
「ほら、口を開ける」
だ······だってそれ、さっき先生の口にも入ったのに······!
「はい、あーんして」
先生······!それじゃ離乳食食べる赤ちゃんですよ······!!
私は覚悟を決めて顔に力をいれたまま口を開けたが、酷く恥ずかしい。滑り込む様にスプーンが入ってきて、ドリアを咀嚼した。
「美味しい·····」
ステファニーさんの料理は魔法なのだろうか、美味しくて笑みが零れた。
先生は私が食べる様子を満足そうに見つめ、またスプーンを差し出してきたのでまた恥ずかしくなった。
「先生、私一人で食べれます」
「食べれないから痩せたでしょ。ほら、あーんは?」
先生は私の口に何度もドリアを運び、嬉しそうに笑った。
その様子をステファニーさんがにこにこと見つめ、「あらあら」と言って笑った。