8.鬼教師の優しさ
号泣の末無様な姿を晒した私は、なんとか落ち着きを取り戻し帰り支度を始めたが、いざ廊下に出ようとして、足が震え始めてしまった。
なんとか精一杯の虚勢を張り、「有り難うございました、帰ります」と背後の先生を見ずに挨拶したけれど未だ恐怖心は消えていない。
頑張って一人で廊下に出ようと、鞄を抱き締めながら歩き出すと、後ろから先生の声がした。
「待ちなさい。今日は、寮まで送っていきます」
「········クラウスヴェイク先生が?」
「他に誰がいるんですか」
先生は自分の鞄に荷物を詰め、「ほら、いきますよ」と少し渋い顔をしながら先に廊下に出た。
廊下は暗くて、歴史あるこの学校だとオバケも年季が入っていそうで想像するだけで怖かった。だけど今は目の前にクラウスヴェイク先生の大きな背中が見えたから、少し怖く無くなった。
先生の歩くスピードは少し早くて、足の長さの違いを感じる。
置いていかれたくなくて、思わず先生のスーツの端っこを掴むと、ふと、先生が振り返ってこちらを見た。
ああ、スーツ掴まれるの嫌だよなと思って、掴んだ手をパッと離したら、「ちゃんと掴まってなさい」とぶっきらぼうに言われ、私はきょとんと彼を見返した。
何だ、思ったより優しいとこあるじゃない、鬼教師のくせに········と思ったけど、口には出さず黙って先生の後ろを歩き続けた。
先生が寮の正門まで送ってくれたので、私はお礼を口にすると「ご飯食べて早く寝てください」と言われた。
「あ、はい。すみませんでした」
申し訳なく謝ると、じっとこちらを見ていることに気づく。
「········先生?」
「········目が真っ赤です。それ以上に隈が酷い。昨日徹夜でもしましたか」
「あ、はい。勉強してて········」
そう言うと先生は深くため息をついて自分の口を手で覆った。
「努力は必要ですが、そこまでしては身体を壊します」
「あ、ごめんなさい········」
「········そうさせたのは私の方ですね」
頭の上にポンと手を置かれ、先生はまた口から吐息を漏らした。
「ほら、もう行きなさい。よく、休んで」
「クラウスヴェイク先生、名前で呼んでくださって有り難うございます」
思いがけなく優しい鬼教師に思わず微笑むと、先生も笑った。
「お休みなさい、ニーナ」
その日、シャワーを浴びてご飯も食べずに私はベッドに飛び込むと死んだように眠った。
不思議とオバケのことは思い出さなかった。