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60.答え合わせ

 


 少しずつ日差しが見えて、雪が溶け始めた。あれから2週間が過ぎ、私は退院した。


「流石にもう歩けるんですけど」

「ダメです。黙って私に抱かれてなさい」



 退院後、寮に戻るつもりがアロイス先生の手配により私はそのままアロイス先生のおうちにお姫様だっこのまま連行された。今週はそのまま先生のおうちで様子を見て、来週から学校に復帰予定だ。


 先生方の温情により期末テストは免除され、補講だけで単位が貰えるそうだ。但し、春休みも授業漬けの毎日が待っている。


「今日から貴女は私の家で暮らしてもらいます」

「すみません。長く寝てた影響で、耳から幻聴が聞こえるのですが」

「大丈夫です。心から身体のお世話まで余す所無く私がやりますよ」

「いえ、それは結構ですので」


 謎のヤル気に満ち溢れていたアロイス先生と共に、久しぶりにダンジョンハウスの黄金の鍵を開けて入る。


「疲れたでしょう」


 優しくソファに下ろされ、紅茶を入れてもらう。何から何まで至れり尽くせりで、私は全く疲れていない。


「先生のほうが疲れちゃいますよ」


 ソファに並んで座り、じっと私を見るアロイス先生に私は笑った。


「いえ、私はご馳走を頂くので」

「ごちそう?」


 ソファに座る私に跨がり、先生は私に顔を近づけた。


「1ヶ月以上我慢したんです。少しは私に貴女を堪能させてください」


 直ぐに唇が触れ合う。浅く啄みながら、何度も何度も触れた。だんだん深く確かめ合うように舌が絡み合う。角度を変えて、吸われて、呼吸が乱れる。


「ニーナ、愛しています」

「アロイス先生、私も」


 甘く吐息を吐いたら、先生の両手が私の胸に触れた。ゆっくりと形を変えて、確かめるように指が動く。


「あ······センセ······っ」


 心臓の鼓動が速くて、壊れてしまいそう。


 シャラン、鍵穴のネックレスが揺れた。


 もう一度深く口づけられた後、先生は私の耳元で囁くように問う。


「ニーナ、私に魔力を流した時、貴女の限界まで流し続けたのは、あれは貴女の意思ですか?それとも只の制御不足ですか?」


 魔力を流した時········あれは確かに私の意思。全てをアロイス先生に捧げる覚悟だった。


「私の意思です」


 そう伝えると、悲しそうな顔で先生はため息をつく。


「私を生かす為に、自分を犠牲にしたと?」

「そんな尊い考えではありませんが、結果的にはそうなりましたかね」

「貴女は、本当に酷い」


 先生が私の首を舐め始めた。首筋から耳まで丹念に舐めあげられ、耳朶を()まれ、また首まで戻って何度も吸われる。


「私に貴女の犠牲の上で生きろと?」

「そんなことは········」

「自分のせいで貴女を失うところだった」

「私は先生の役に立ちたくて」

「貴女が死んでしまったら全ては無意味だ」


 噛みつくようにキスをされる。


「ごめんなさい······でも、私も先生を失う寸前だったの」


 少し視界がぼやける。烏の濡れ羽のような漆黒の髪を掻きあげて伝える。


「怖かった、先生がいなくなって。何もわからなくて。生きているのか、死んでいるのかすら」


 手も唇も震えだす。あの時の恐怖をどう言葉に出来ようか。


「ステファニーさんに連れていかれた病室で、アロイス先生が包帯だらけで、たくさんの管に繋げられてて」


喉の奥が痛い。あの時感じた心の痛みは居間だ私の身体が覚えている。


「目の前で、救う術も無く弱っていく先生を見たら私も死にそうになったの。でも、必要なのは魔力だと、そう聞いたとき」


 私は先生の頬を撫でた。


「私は歓喜した。先生を助けられると。また笑うあなたに会えると。考えて行動した訳じゃなかった」


 頬に涙が伝い、喉が焼けつくように苦しかった。


「······つまり、私が危険に晒されれば、貴女を失う可能性が増えるということですね」

「······先生?」

「よくわかりました。私は魔法団を辞めます」

「え?!」

「ステファニーさんから聞いたのでしょう?魔法団にいれば、またああいうことがあるでしょう」

「でも、先生はあのお仕事に随分尽力したと······先生は特別な思いがあったのではないですか?」

「別に。自分はいつ死んでも構わないとは思ってましたがね」

「私がもし邪魔したのなら······」

「貴女より優先させるものなんてこの世にない」


 絶句した。私の為にお仕事を辞めるだなんて。さすがにそれは申し訳なさすぎる。


「それとも、仕事がないので甲斐性なしだと思われますか?」

「それはないですけど、私のせいで······」

「これは最早自分の為です。安心なさい。それに、すぐという訳ではないですよ」

「え?」

「貴女が卒業するまでは、貴女の先生でいなくてはいけませんからね。それは誰にも譲りません」


 紫水晶のキラキラした光を放ち、アロイス先生はとびきりの笑顔で言った。



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