58.先生の真実
学校が始まって2週間が経過していた。未だアロイス先生の姿は見えなかった。
使えないとわかっていたが、ネックレスをお守りのように握りしめ日々を過ごす癖がついていた。
3時限目の授業が終わったあと、クラス担任から呼ばれた。
「フランテールさん、お客さんが来てるよ」
私はアロイス先生の顔を思い浮かべて走り出した。面談室のドアを急いで開けると、居たのはステファニーさんだった。
「······ニーナちゃん」
「ステファニーさん······」
ステファニーさんは眉尻を下げて笑った。
「貴女に言うべきか、迷ったの。でも知らせないまま失うのはきっと何よりも残酷だと思ったから」
心臓が、嫌な音をたて始めた。
「アロイスは王立魔法団の病院にいるの」
ひゅっ、と喉の奥で音が鳴った。バクバクと脈が聞いたことの無い音を立て、頭の中で反響する。
「一緒に行きましょう」
ステファニーさんは私の手を引き、馬車で病院まで移動した。カタカタと震える手をステファニーさんはずっと握り続けてくれたが、私の頭には何も入って来なかった。
病室の前には『面会謝絶』の札が掛けられていた。ドアを開けると、懐かしいアロイス先生がそこにいた。
「······先生······っ!」
ぼたぼたと、涙が留まることを知らずに落ちていく。
どうして。
先生はあちこちに包帯を巻いていた。
身体中に管が繋がれている。
なんで。
「······ニーナちゃん。これから話すことは他言無用よ。貴女にも守秘義務が課せられる。事前に申請してきたわ」
「ステファニーさん······」
ステファニーさんは、私を先生の前の椅子に座らせてくれた。
「アロイスは、ずっと戦争に行かされていたの」
言葉が出なかった。
「アロイスの魔力は、他を圧倒する量と力がある。この子は自分の魔力を使って、協定の有る国からの依頼を受けて戦地で人道被害が拡大しないようにするために各国を渡り歩いて尽力してきたの」
ステファニーさんは静かに視線を落として私の手に自身の手をそっと重ねた。
「アロイスは、学校に配属される前、いくつも魔法研究で特許を取得していたわ。全て、無関係な民衆を暴力から守るためのものよ」
ステファニーさんの眉が寄る。
「ここ2年くらいはずっと落ち着いていたの。年末にクーデターがあるまでは」
私は黙って聞いていた。
「アロイスは無関係な人々を守るために緊急招集されたの。『次元魔法』ってあの子から聞いたことない?現実世界から扉を介して異空間や別地域に繋げるの。一人でも多くの人を守るために、戦地の一般市民を異界の安全な空間に避難させていたの。」
あの、ダンジョン魔法。
先生は人を守る為に作ったのね。
「でも魔法発動中に襲われてしまった。次元魔法は解除され、一般市民は近隣の街に散り散りに逃げたど、アロイスは発動中の強制解除の反動でほとんど全ての魔力を放出してしまった」
「ニーナちゃん。アロイスは魔法使いの中でも特殊な魔力をしているの。応急で魔力を注入しようにも、この子と相性の良い魔力はほとんど存在しないの」
「私達はただ、弱っていくアロイスを見ることしか出来ない。アロイスが愛した貴女には、最後にちゃんと見て欲しくて········」
流れていた私の涙が止まった。腕で無理やりぐっと拭いた。私は微笑んだ。
「有り難う、ステファニーさん。私、私は······」
「ニーナちゃん、遅くなってごめんなさい。もっと早くに······」
「いえ、ステファニーさん。まだ間に合う」
落ち着け、私。
呼吸を整えて息を大きく吐く。
アロイス先生は何と言った?
『私本体の三人分の魔力を時間をかけてたっぷりと注いでおきました。貴女の周りには何時でも私の魔力が漂っている』
鍵穴のネックレスを強く握りしめる。
『魔力を血液に流すイメージで、体内に少しずつ具現化します』
『魔力球のような大きな物ではなく、血液に乗るように小さく、細かく、緩やかに、少しずつ』
アロイス先生
あなたが教えてくれたから私は間違えない
あなたの言葉を私は疑わない
管のついた身体の隙間を縫って、心臓の真上にネックレスを置いた。その上から、片手を置き、もう片手を首の脈にぴったりとくっつけた。
「良かった。先生が私の先生で」
後ろからステファニーさんが小さく声をかけて来たが、もう私には聞こえなかった。
「アロイス先生、私はやっとあなたの役に立てる」
目を瞑り先生の魔力を思い出す
紫色のキラキラ光る温かい光
私が愛したあなたの輝き
目を開けゆっくりと魔力を発動した
血液に流すイメージ
入り口は砂時計のように小さくすぼめる
小さく、細かく、緩やかに、少しずつ
具現化していく
ネックレスのアメジストに祈るように伝える
アロイス先生の身体に戻って
アナタの主の身体が呼んでいる
私の魔力で後押しするように流す
手のひらに先生の魔力が動き出すのを感じた。
一度流れ出すと、ゆっくりだったはずの流れがだんだん速くなってくる。
ぐんぐんとアメジストから流れ出す膨大な魔力に、合間に私の魔力を流しながら囁いた
「戻って、戻って」
何かが弾けた。
砂時計のような入り口が大きく開ききり、先生のアメジストの魔力と共に一気に私の魔力が流れ出した。
止められない。濁流に飲み込まれるようだ。
身体がキツくなり、視界が霞み始めた。
いや、まだ止めない。先生が助かるまでは絶対に止めない。
生きて、アロイス先生
もう一度笑って
もう一度その手で抱き締めて
あなたの役に立つ私の唯一の方法
あなたの傍で私の全てを捧げること
流れ続ける魔力の荒波の中、私は意識を失った。




